2003年7月2日

日本弁護士連合会
人権擁護委員会委員長 殿

人 権 侵 害 救 済 申 立 書

  申立人  別紙申立人目録記載の通り

(連絡先)〒107−0062
東京都港区南青山5丁目10番2号
第2九曜ビル505号室 葉山法律事務所
国労5・27臨大闘争弾圧を許さない会
電 話 03−3797−3690
FAX 03−3797−3950

 申立人らは、東京地方裁判所刑事10部裁判長青柳 勤による申立人らの保釈請求却下決定と、それによる長期勾留の継続に対し、下記の通り人権侵害救済の申立を行う。

第一 申立の趣旨

 申立人らは昨年5月27日に行われた国鉄労働組合(以下、国労という)の臨時大会の当日朝、代議員宿舎前で大会会場へ向かう代議員に対して、ビラまき・説得活動を行ったところ、警察は、国労臨時大会から5カ月もたった昨年10月に、このビラまき・説得活動を「国労大会の開催を阻止しようと企て」「多数の威力を示し暴行を加えた」として、申立人ら8名(国労闘争団員2名、国労組合員5名、国鉄闘争支援者1名)を「暴力行為等処罰に関する法律」違反を適用して不当逮捕・起訴した。この逮捕・起訴は国労という労働組合の最高決議機関である大会の意志形成活動に対する警察権力の不当な介入であり、労働組合の団結活動、団結自治に対する不当な侵害である。労働運動に対する不当な刑事弾圧以外のなにものでもなく、起訴それ自体違法、不当な行為である。申立人らは刑事被告とされ、東京地裁刑事10部において刑事裁判を闘っているが、不当逮捕されてから9カ月になろうとする今日においても未だ身柄は東京拘置所に勾留されたままである。
 申立人らはこれまで昨年12月24日、本年2月14日、本年5月12日と3回に亘って東京地裁刑事10部に対して保釈請求を行ったが、東京地裁刑事10部はいずれも検察官の「不相当であり、却下されるべき」との意見をそのまま追認して、保釈請求を却下している。 かかる決定とそれによる長期勾留の継続は後述するように申立人らの人としての基本的人権及び国労闘争団・国労組合員としての団結権行使を著しく侵害するものであり、適切な救済措置を講じられるよう求める。

第二 申立の理由

1、当事者

(1)申立人らの内、松崎 博己及び羽廣 憲は1987年の国鉄分割民営化攻撃の際、JRから採用差別(解雇)された労働者であり、現在国労九州エリア本部小倉地区闘争団員である。富田益行は国労近畿地本兵庫保線分会に、原田隆司は国労近畿地本豊岡分会に、東元は国労近畿地本環状地域分会に、橘日出夫は国労近畿地本奈良電車区分会に、小泉伸は国労近畿地本吹田地域分会に、それぞれ所属する現職の国労組合員である。
 向山和光は国鉄闘争を支援する労働者である。
(2)国労5・27臨大闘争を許さない会(略称「許さない会」)は、佐藤昭夫さん(国鉄採用差別事件最高裁訴訟参加申立代理人)、加藤晋介さん(鉄建公団訴訟主任弁護士)、土屋公献さん(元日弁連会長)、高山俊吉さん(弁護士)、宮島尚史さん(労働法学者)、北野弘久さん(憲法学者)、山口孝さん(経営学者)、立山学さん(評論家)、六本木敏さん(元国労委員長)、針生一郎さん(美術評論家)、芹澤壽良さん(労働問題研究家)、師岡武男さん(評論家)らの発起人呼び掛けで昨年12月19日に結成された。その後、大和田幸治さん(全国金属機械労組・港合同事務局長)、武健一さん(全日建運輸連帯労組関西地区生コン支部委員長)、手嶋浩一さん(元国労九州本部書記長)、岩崎隆次郎さん(元福岡県評事務局長)、下山房雄さん(九州大学名誉教授)、石村善治さん(福岡大学名誉教授)ら6名が新たに発起人に加わった。会の目的は■被告、家族を守り、保釈・奪還をかちとる。■裁判闘争を支援し、勝利をかちとる。■地域・職場で弾圧の不当性を訴え、運動を広める。賛同会員は6月4日現在1537人である。現在まで、毎回の刑事裁判を傍聴し、被告とされた8名の仲間とともに無実・無罪を勝ち取る闘いを行う一方で、全国各地に「許さない会」を結成して、この運動を広めている。既に、九州、宮城、東京・南部、兵庫、広島で「許さない会」が結成されており、近々には東大阪、東京・三多摩、東京・東部、北大阪、群馬、神奈川、新潟などで結成が予定されている。

2、国労5・27臨時大会とはどのような大会であったのか

 申立人ら8名が逮捕される口実となった、昨年5月27日の国労臨時大会は、いわゆる「4党合意」に反対する国鉄分割・民営化で首を切られた国労闘争団の統制処分が最大の焦点になっていた。実際、この臨時大会で国労本部は、一部闘争団員の査問委員会送致を 決定した。また、反対派闘争団員へのカンパによる生活援助金(毎月2万5千円)の凍結や現在最高裁で係争中の採用差別事件の訴訟取下げも確認された。1987年の国鉄分割・民営化にともなうJR採用差別=不当解雇という国家的不当労働行為に対して、「解雇撤回・地元JR復帰」を求めて15年間続いてきた闘いを、国労本部が最後的な幕引を謀ろうとして開かれたのがこの大会であった。
 2000年5月30日、自民・公明・保守の与党3党と社民党との間で「4党合意」が交わされ、国労は■「JRに法的責任がない」ことを認めよ、■それを大会を開いて決定せよ、■そうすれば人道的観点から解決を図る、と迫られた。これは「解雇撤回闘争をやめろ」という無条件降伏に等しい要求であった。ところが、国労本部は「これをのめば政府・与党が解決に動いてくれる」という幻想をふりまきながら受け入れた。
 このような国労本部の対応に対して、国労闘争団は当然にも強く反発し、国労本部を弾劾し、「4党合意」受け入れを決めようとして開かれた2000年7月1日の臨時大会以来4度の大会を通して激しい内部対立が続いた。これほど大会を重ねても意思統一ができないのであれば、「4党合意」受け入れは断念する、あるいは一旦は白紙に戻すべきところ、あくまで「4党合意」にしがみつく国労本部は解雇された当事者である国労闘争団の強い反対を無視し、かえって「これがラストチャンスだ」などと言って、闘争団に恫喝を加えながら、2001年1月27日に5度目の大会を開催し、それも大会会場である社会文化会館周辺を機動隊を導入して包囲し、傍聴者を規制した上で、「4党合意」受け入れを強行採決したのである。
 しかし、このような非民主的な大会運営、大会決定を容認しない「4党合意」反対を貫く闘争団員とその遺族ら280余名は国鉄清算事業団を承継する鉄建公団を相手にJR採用差別=不当解雇撤回の裁判を提起して、立ち上がった。その一方で、「4党合意」に反対する申立人らを含む国労組合員の一部は「4党合意」そのものを国労に対する支配介入、 国労組合員に対する不利益扱いの不当労働行為として東京、千葉、新潟、秋田、大阪、鳥取、福岡の各地方労働委員会に救済申立を行って闘った。千葉、大阪、福岡地労委では審問が重ねられ、「4党合意」の座長で、自民党筆頭副幹事長の甘利明の証人採用を決定するまでに至った。
 こうした反対派の闘いによって、「4党合意」が実効性を持たなくなった事態が生じたことに業を煮やした政府・自民党は、公明党・保守党を謀って、国労本部に対して、2002年4月26日付「3与党声明」を発し、鉄建公団訴訟原告団を同年5月末までに除名処分にしろ、そうでなければ「4党合意」から離脱するという最後通牒を突き付けた。この「3与党声明」の意を受けて開かれたのが5・27臨時大会であった。

3、5・27当日に申立人らが行ったビラまき・説得活動

 5・27臨時大会に対して、闘争団員をはじめ国労組合員や国鉄闘争支援者らが数多く大会会場付近に集まり、国労本部を糾弾し、闘争団員の除名処分の策動に抗議の声を上げた。しかし、大会会場の社会文化会館周辺は、国労東京地本の要請で出動してきた1千人にのぼる警視庁機動隊がバリケードを張って、公道を封鎖し、国労組合員の通行さえ排除され、大会会場には一歩も近付けない、ビラもまけないという異常な状況におかれていた。申立人らは、この日、早朝本部派の宿舎になっていた「東京グリーンホテルお茶の水」(神田淡路町)に向かい、そこで、宿舎から大会会場へ向かう本部派にビラをまき、説得活動を行おうとした。傍聴からも排除され、大会会場にも近付けない闘争団員、国労組合員、国鉄闘争支援者にとって、本部派に自らの訴えをぶつける方法はそれ以外になかった。申立人らは、ホテル入口前の路上で、「闘争団の除名反対」「機動隊導入反対」を訴え ながら、本部派組合員にビラを手渡そうとした。しかし、40数名いた本部派組合員らは一団となってホテル玄関から出てくると、立ち止まろうともせず、ビラを配ろうとする申立人らの手を払いのけ、突き飛ばし、体当たりなどして、問答無用で迎えのバスに乗り込んで行ったである。先にバスに乗り込んだ本部派組合員は後から来る本部派組合員に対して、「早く乗れ」とばかりに手招きし、ビラの受け取りを拒否し、申立人らの訴えを聞こうともしなかった。
 警察はこの行為をとらえて申立人らを「暴力行為等処罰に関する法律」違反という戦前 労働運動、水平社運動、農民運動を弾圧するために作られた治安弾圧法を適用して逮捕したが、申立人らの行為は目的においても、手段においても国労組合員として全く正当かつ当然な行為であり、刑事罰に問われるようなことではない。

4、この弾圧は労働運動への警察の支配・介入である

 警察・検察はこの刑事事件を「中核派が徒党を組んで、国労大会を妨害しようとして、国労本部派組合員に集団で暴行した」事件として描こうとしている。しかし、これは全くの虚構にすぎない。前述のように、申立人らは「4党合意」に反対し、「4党合意」を推進して鉄建公団原告団の除名を決めようとする本部派組合員に対してビラをまき、説得活動をしようとしたのである。これは明らかに国労という労働組合の方針をめぐる内部対立であって、労働組合なら日常茶飯事のことである。賛成派、反対派がお互いに自説を述べ合い、討論して結論を導き出して行く、これが労働組合の組織運営である。その過程で、賛成派と反対派が激しい討論をするときに、多少のこぜり合いや、相手に詰め寄って、身体的接触があるのも日常茶飯事のことである。むしろ、そうした激しい討論こそが労働組合の組織と運動を活性化するのであって、極めて健全な姿である。従って、今回の事案もそもそも、刑事事件になどなるべくもない事案なのだ。警察が介入することなどもっての他である。いわんや一方の側、すなわち「4党合意」賛成派に組して、あるいは「4党合意」推進派を唆して、反対派を排除するために申立人らを陥れて刑事事件をデッチあげるなどあってはならないことである。
 刑事裁判は本年2月3日に第1回公判が行われ、今日まで8回の公判が行われているが、すでにこの段階で警察と国労内「4党合意」賛成派(推進派)との間にこの刑事事件を作出するための事前謀議がなされていたのではないかという疑いを否定できない事実が明らかになっている。
 警察・検察はこの刑事事件作出の事実を隠蔽するために、「中核派が徒党を組んで、国労大会を妨害しようとして、国労本部派組合員に集団で暴行した」と事件の本質をねじ曲げ、「過激派」事件に仕立て上げようとしているのだ。
 まさに、今回の逮捕・起訴は、憲法や労組法が保障する労働者の団結活動、労働組合の団結自治の破壊そのもののデッチ上げ刑事弾圧である。

5、申立人らは一刻も早く保釈されなければならない

 申立人らは昨年10月に不当逮捕されてから今日まで9カ月になろうというのに、東京拘置所に勾留されたままである。上述したように、逮捕そのもの、起訴そのものが全く違法、不当なものであって、直ちに釈放されなければならない。裁判を強制されていること自体、申立人らとその家族にとっては精神的苦痛以外のなにものでもない。逮捕されただけで、世間からは犯罪者扱いされるのである。
 申立人らのうち、富田益行、橘日出夫、原田隆司、東 元の4名は現職のJR西日本会社の職員である、小泉 伸はJR貨物会社の職員である。JR会社はこの5名に対して、現在までのところ、「事故欠勤」扱いをしているが、取り扱いの裁量は専らJR会社にあるので、これ以上の長期勾留が続けば「解雇」になる虞れがある。解雇になれば、収入は途絶え、家族は路頭に迷うことは必至である。そればかりか、「解雇者」は社会的に様々な差別を受け、ハンデを背負って生きていかなければならなくなる。このようなことを申立人らに課すことがあってはならない。
 その上で、申立人らの保釈を必要とする個別の事情を以下に述べる。

 申立人 松崎博己

 ■松崎は、1990年3月31日に国鉄清算事業団から解雇されて以来、国労九州エリア本部小倉地区闘争団の団員となって、不当解雇撤回・原地原職奪還の闘いを担いつつ、そのもとで本件申立人羽廣憲らとともに日豊オルグ班を結成して、物品販売活動で生計を立ててきた者である。
 物品販売活動での収入は、国鉄に勤務していた時の賃金には到底及ばず、この16年間、家計の苦しさは、毎月の家賃、電気代、ガス代の支払いにも事欠く時がしばしばで、血のにじむような苦労の連続であった。そして、家計のやりくりがどうにもできなくなて、ついに農業の大半を担うことで手一杯だった妻照代さんが、さらにケアワーカーとして病院に勤務するようになったのである。
 そうして何とかしのいでこれたのも、生活費収入の基本である物品販売活動を、一年中欠かさず行っているからである。日豊オルグ班の物品販売活動は、夏冬一時金の支給の時を選んでの年2回はもちろん、全国の労働組合、個人を対象とした通年の物品販売活動である。
 日常的には月曜日から金曜日まで毎日、福岡県下の多数の教職員組合を対象に昼休み、放課後と2回、松崎、羽廣の二人で計4回各学校に行って即売会を行っている。1回の売上高はそれほど大きくなくても月額にすると、月の収入の3分の1か半分近くを占めており、最も安定した収入である。
 それは、闘争団である松崎、羽廣が直接各地の組合の組合員に訴えているからである。また、夏の一時金の時にはそれに備えて4月末には新しいカタログを作り5月に、冬の時には10月末に新しいカタログを作って11月にそれぞれそれを持って東京・関東圏と関西地方に分かれて何百件もの労働組合訪問を行っている。この訪問も、九州の闘争団の人が来て支援を訴えているということで、財政的には苦しい状況の中でも多くの労働組合が支援をしてくれるのである。
 こうして16年間、即売会、全国へのカタログ販売活動を2人の血のにじむ努力で継続してきたからこそ、何とかかろうじて生計を立ててこれたのである。
 現在、支援の人たちによって物品販売活動を何とか継続しているが、即売会での収入は松崎、羽廣が行っていたときとは比べようもないほど激減している。また、すでに7月に入り、普通なら羽廣が東京にオルグに来ている頃である。そして、松崎は関西にオルグに行くのである。
 このまま勾留が続けば、それもかなわなくなり、夏季一時金の時を対象とした販売に   よる収入が激減することは目に見えている。6月下旬から7月、8月上旬にかけての収入は、通常月の収入に対し3倍近い収入があり、夏と冬にそれがあればこそ、毎月の赤字を何とかクリアしていけたのである。それも今断たれようとしている。
 2002年10月7日の逮捕から実に9カ月もの長期勾留によって、松崎、羽廣が16年間に亘って築き上げてきた生計の道ががたがたに崩れてきている。
 残された家族は一体どのようにして生計を立てていったらいいのか。これまでの主収入である夫の収入では食べていけないから共稼ぎをしてきた。その主収入源を断たれて貯金を取り崩して生活しているのが現状である。このままさらに勾留が長引けば、物品販売活動の取り戻しは不可能になり、一家の生計は全く立たなくなってしまう。■松崎は、国鉄に勤務すると同時に農業を妻とともに営んできている。日常的には妻照代が主に農業を行っているが、一番重要な田植えの時期、その準備という点では4〜5月は秋の稲刈りと同様一番男手が必要であり、松崎はなくてはならない存在なのである。妻照代の上申書(4月21日付)にも、すでに田植えの準備が始まっているのに夫が勾留中のため、通常の2倍以上働かなければならず肉体的にも精神的にもくたくたになっていることが述べられている。
 田植えの前にもこの3月頃より品種の選択、苗床をどうするかなど、いつもなら夫がやってきたことを全部妻照代がやらねばならなくなった。何とか田植えまでにこぎつけたものの、これからは田圃の水の調整がまた一大事である。松崎は5〜6月頃はいつも午前3時とか5時とかに水の様子を見に田圃に出かけ、また毎日事務所に出勤する前に田圃を一回りしていた。このまま勾留が続けば、このようなことをこれから妻照代が毎日夫に代わって行わなければならなくなった。年齢も50歳を過ぎ、毎日病院勤務をしながらこれをやり続けることは不可能である。
 その上、79歳の実母の面倒も見ているのである。すでに妻照代は「疲れすぎて眠れ   ない毎日」だと激しいストレスを訴えている。このままいけば、病気で倒れてしまう危険性も高いと言わざるを得ない。一刻も猶予なく、松崎の保釈がなされなければな   らない。
 ■さらに、松崎、羽廣は、「4党合意」の取り消しと謝罪を求めて福岡県地方労働委員会に申立を行っている。(平成12年(不)第8号不当労働行為事件)
 この審問・調査も、松崎、羽廣らが勾留され、勾留執行停止申立も認められなかったため、この3月まで中断していた。しかし、余りに長期の中断は労働委員会への申立という性格から言って許されないものである。「4党合意」問題は、本件刑事裁判とも重大な関係を持つが、松崎、羽廣らへの切迫した不利益扱いに対する申立である以上、松崎、羽廣にとって自らが出席できないまま審問・調査が行われるのは余りにも不合理である。本年3月19日、5月12日に開催された審問にもいずれも出席できていない。7月14日にも審問が行われるが、今のままでは出席することはできいない。長期勾留は自分らの申立てた不当労働行為救済事件にも出席できないという不利益を松崎らに強いている。
 ■検察官が、松崎が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは、事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいというべきであり、断じて容認できない。

  申立人 羽廣 憲

 ■羽廣は、1990年3月31日に国鉄清算事業団から解雇されて以来、国労九州エリア本部小倉地区闘争団の団員となって、不当解雇撤回・原地原職奪還の闘いを担いつつ、そのもとで本件申立人松崎博己らとともに日豊オルグ班を結成して、物品販売活動で生計を立ててきた者である。
 物品販売活動での収入は、国鉄に勤務していた時の賃金には到底及ばず、この16年間、家計の苦しさは、妻幸代も看護師として働いていたが、毎月の生活費は火の車であった。それでも何とかしのいでこれたのも、生活費収入の基本である物品販売活動を、一年中欠かさず行っているからである。日豊オルグ班の物品販売活動は、夏冬一時金の支給の時を選んでの年2回はもちろん、全国の労働組合、個人を対象とした通年の物品販売活動である。
 日常的には月曜日から金曜日まで毎日、福岡県下の多数の教職員組合を対象に昼休み、放課後と2回、羽廣、松崎の二人で毎日計4回各学校に行って即売会を行っている。1回の売上高はそれほど大きくなくても月額にすると、月の収入の3分の1か半分近くを占めており、最も安定した収入である。
 それは、闘争団である羽廣、松崎が直接各地の組合の組合員に訴えているからである。また、夏の一時金の時にはそれに備えて4月末には新しいカタログを作り5月に、冬の時には10月末に新しいカタログを作って11月にそれぞれそれを持って東京・関東圏と関西地方に分かれて何百件もの労働組合訪問を行っている。この訪問も、九州の闘争団の人が来て支援を訴えているということで、財政的には苦しい状況の中でも多くの労働組合が支援をしてくれるのである。
 こうして16年間、即売会、全国へのカタログ販売活動を2人の血のにじむ努力で継続してきたからこそ、何とかかろうじて生計を立ててこれたのである。
 現在、支援の人たちによって物品販売活動を何とか継続しているが、即売会での収入は羽廣、松崎が行っていたときとは比べようもないほど激減している。また、すでに7月に入り、普通なら羽廣が東京にオルグに来ている頃である。そして、松崎は関西にオルグに行くのである。
 このまま勾留が続けば、それもかなわなくなり、夏季一時金の時を対象とした販売による収入が激減することは目に見えている。6月下旬から7月、8月上旬にかけての収入は、通常月の収入に対し3倍近い収入があり、夏と冬にそれがあればこそ、毎月の赤字を何とかクリアしていけたのである。それも今断たれようとしている。
 2002年10月7日の逮捕から実に9カ月もの長期勾留によって、羽廣、松崎が16年間に亘って築き上げてきた生計の道ががたがたに崩れてきている。
 残された家族は一体どのようにして生計を立てていったらいいのか。これまでの主収入である夫の収入を断たれて貯金を取り崩して生活しているのが現状である。このままさらに勾留が長引けば、物品販売活動の取り戻しは不可能になり、一家の生計は全く立たなくなってしまう。
 ■申立人羽廣の家族は、妻と逮捕時には中学3年の長女祥子、中学2年の長男久志、小学3年の次女真紀の子供の4人である。今年の4月には、それぞれが進級した。育ち盛りの子供の教育費、生活費の出費は大きくなるばかりである。特に、長女の祥子が大分県大分市内の看護学校に進学したため、出費は一挙に増えているし、長男の久志も来年は高校進学である。こうした状況にあって、一家の大黒柱が勾留され、収入の道を閉ざされていることは、申立人羽廣にもその家族にも耐え難い重圧を与えている。これ以上の勾留は、兵糧攻めによって申立人を屈服・転向させ、無実でありながら罪を認めさせるかのように仕向けていると言わざるを得ない。
 ■財政問題だけが深刻なのではない。小中学生の幼い子供たちにとって一番重要な人間形成期に父親が勾留されていて不在であるということは、大きなマイナスである。妻幸代は、長男の久志がこの4月、中学3年になって柔道部の主将になり、初段に向けての練習も含めていろいろ悩んでいる姿を見るにつけ、いつも息子の相談相手になってくれていた父親がいないことの大変さをつきつけられている。長女祥子も看護学校1年生となり、今後どういう進路を選ぶのか父親と相談したいのである。夫に代わって必死に子供の相談にのってはいるのだが、父親でなければ打開できない相談事が多い。特に長男久志は、これまで父親の助言で大きく伸びてきたため、このままでは子供は挫折してしまうかもしれないのである。幼い次女真紀は、特に父親に甘えて育ったため、4月21日の本件刑事裁判第5回公判までは父親の状況を知らず、「お父さんはいつ帰ってくるの」と母親に聞く毎日だったのである。そのため、これ以上父親に会わさないでいるのに忍びなく、一応事情を説明して4月21日の公判の傍聴に初めて連れてきたのである。これ以上の羽廣の勾留は、家族の人権を著しく破壊するものである。
 ■さらに、羽廣は松崎と同様、いわゆる国労「4党合意」の取り消しと陳謝を求めて福岡県地方労働委員会に申立を行っている。羽廣の勾留によって蒙っている不利益については前記松崎の■項記載の通りである。
 ■検察官が、羽廣が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは、事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいというべきであり、断じて容認できない。

  申立人 富田益行

 ■申立人富田は、西日本旅客鉄道株式会社神戸土木技術センターの会社員という身分は保持しているが、2003年1月から無給になっている。昨年12月はたった10486円しか支払われていない。それにもかかわらず会社には、共済会費、健康保険、生命保険料などを総合福祉課、神戸支社経理課に毎月合計113207円を支払わなければならない。その上に、家のリフォームで会社から借金をしていた額の返済を毎月52000円支払っている。これを含めると、会社に毎月165207円支払っている。妻和子の給料は、生活費と学費、ローンなどでほぼ使ってしまうため、会社への支払いは預貯金を解約するなどしてなんとかやりくりしているという現状である。この4月には、4人の子供のうち三女である友里が専門学校性になり、授業料、学校経費などかなりの出費となる。申立人富田の無給状態がこれ以上続けば家計が破産してしまうのは目に見えている。
 ■息子裕介はこの春小学4年になったが、昨年10月7日、登校前だったので自分の目の前で父親が逮捕されたことのショックは大きく、しばらく元気がなかった。最近ようやく気持ちが落ち着いてきたところだが、日頃父親との関わりが大きかっただけに寂しさは人一倍である。心配をかけまいと口には出さずじっと我慢しているが、我慢も限界の時期を迎えている。
 ■2003年2月23日に妻の父親が脳梗塞で倒れ、未だ意識がはっきりせず危険な状態が続いている。父親は、申立人富田のことを心配しており、また孫たちを不憫に思って心を痛めていたことが、倒れる大きな原因ともなったと思われる。
 ■9カ月にもなる長期勾留で、家族全員がストレスで、押し潰されそうな状態にある。特に、妻和子は仕事が忙しくほとんど休みもとれないため本件刑事裁判の公判の傍聴も、夫との面会にも行けず、生活に追われていて肉体的にも精神的にも限界に来ている。
 ■申立人富田は、大阪府地方労働委員会にいわゆる「4党合意」撤回と謝罪を求めて、申立人東、同橘、同原田とともに申立を行っている。(平成12年(不)第53号)申立人5人のうち4人が勾留されているため、逮捕直後から現在まで審理はストップしたままである。この不利益は甚大である。
 ■検察官が、富田が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは、事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいというべきであり、断じて容認できない。

 「申立人東 元

 ■申立人東はうつ病をわずらっている。1997年に発病してから最近までの病状については、主治医である木村医師が東京地裁刑事10部に再三に亘って上申書、意見書を提出して述べている通りである。これに対し、東京拘置所の医師は「診察した結果、抗うつ剤を主剤とした薬物療法を継続している。その後は、不眠以外に精神症状の発現は見あたらない」「勾留には耐え得ると思料する」と検事の照会書に対して回答している。
 「不眠以外に訴えていないから大丈夫」という東京拘置所の医師の所見に対して、木村医師はそれが病状の精一杯の訴えだと言っている。木村医師は、「精神病で苦しんでいる人は、その苦しさを全て医師に訴えるかどうかは、その医師が信頼できるかどうかにかかっている。自分を弾圧し、拘束している拘置所の医師に今最大限訴えるとしたら不眠以外にはない」と言う。
 現在、東の「不眠」は新たな段階に入っている。弁護人が4月16日に接見した時に「眠れない」と新たに訴え、4月21日の公判日の仮監接見でも同じことを訴えた。東は、不眠による症状悪化を恐れ、拘置所の医師に睡眠薬を増やすように要求し、現在服用している。その効用で、5月9日の弁護人接見では「眠れている」と伝えている。
 現在服用しているのは、ベンザミン(睡眠誘導薬)20mg、ヒルナミン(向精神薬)50mg、ビルチア(ヒルナミンによる副作用を抑える。眠くなる)50mgであるれを主治医である木村医師に報告したところ、ベンザミンは5mg〜10mgの投与が普通であり、20mgというのはかなりの量であること、そして精神を高める薬であるヒルナミンの量も多いし、ビルチアの投与量も多い方と言える、と回答している。ということは通常の患者が服用するよりもかなりの量のベンザミンを服用しているから、「眠れる」ようになったのであり、現在の一応の「精神的安定」も通常より多めに服用していることで何とか保っていることがわかる。
 今の状態からさらに「不眠」を訴えるようになったらどうなるのか。もっと強い薬、もっと多くの量となって行くのは必然である。現在の東京拘置所の医師の治療は治療とは言えない。ただただ勾留を維持するために、今うつ病が爆発することを抑えるための薬の投与をしているのであって、治療とはほど遠い。結果として快復が不可能な ところまで行き着き、人間破壊されてしまった時に、東京拘置所の医師は「勾留に耐えられない」と回答するだろう。これは取り返しのつかない事態だ。
 このまま病状が悪化すれば、公判廷で防御権を行使するための思考力、判断力、集中力、持続力も低下し、ついには公判を維持することすら困難になってしまう。
 ■逮捕以来9カ月の長期勾留は、東の病状を悪化させているばかりではなく、経済的にも家族の生活を脅かし、妻理恵の苦しみは非常に大きい。
 東の給料は、昨年11月まら無給になっている。共稼ぎでようやく生計を立ててきていたため、東の手取りで約23万円の給料が入ってこなくなったことの打撃は大きく、日常的な必需品の購入を切り詰め、何とか毎月支払わなければならないものを優先するというぎりぎりの生活を余儀なくされている。
 毎月支払わなければならないものは、家賃65000円、水道・光熱費20000円、駐車場代10000円、共済関係の保険3605円、子供の学費12000円、ローン返済7000円、生命保険料7600円、ガソリン代5000円、子供の習い事4000円、夫への仕送り20000円、計154205円である。
 その上に、西日本旅客鉄道株式会社からの給料はゼロになったにもかかわらず、会社員でありつづけるために会社へ諸費用を支払わなければならない。住民税8000円、共済会費300円、厚生年金32144円、健康保険12992円、介護保険1600円、合計55136円である。これを全部支払ったら食費にまわす金はない。止むを得ず会社に掛け合って、東が保釈になってから再勤務するまで、厚生年金、健康保険、介護保険料の計46736円の支払いを猶予してもらっている。しかし、すでにこの7月で未払いが9カ月分で420624円になる。東がいつまで勾留されるのか、未払い分がどれだけ増えて行くのか、返済額が膨大になるにつけ、妻の苦しみは大きくなる一方である。
 ■妻理恵の悩みは、夫の病気、家計の苦しさに止まらない。小学2年になる息子朋久が父親の長期に及ぶ勾留によって精神的に不安定な状態になっていることが大きな悩みになっている。子供にとっては、大好きないつも一緒に遊んでくれた優しい父親がいないこと、小学校2年生になって1年生の時にはなかった悩みもいろいろ生じているのに、いつも相談相手になってくれた父親がいないことは、子供に大きな精神的苦痛を強いている。学校に行けばクラスの友達から「お父さんはどこいったん」と聞かれて、「お父さんは何も悪いことはしていない」と大好きな父親を信じてはいてもどう答えていいかわからず、週のうち半分は学校に行けないこともある。担任の先生の協力を得て何とか登校しているといった状態が続いている。
 父親である東は、息子朋久を目の中に入れても痛くないほど可愛がっており、もし、息子のこのような状態を知ったら、心配の余りうつ病を一気に促進させてしまう危険性が大きい。そのため、妻は息子朋久と一緒に夫と面会しているが、息子に学校の休みがちな状況については絶対に話さないように口止めをしている。このこともまた子供にとってはストレスになっている。長期勾留は子供にまで犠牲を強いている。
 ■さらに東の父親(69歳)の病気の悪化である。これまで遠方に居住していたのだが、肝臓と胃の持病が思わしくなく、息子の東が面倒を見るから近くに引っ越してくるように言われて、それまでの仕事を辞めて、昨年10月に引っ越しをしてきた。ところが非腰の直前に息子の東が逮捕されてしまった。取りやめるわけにもいかず引っ越したのだが、息子は勾留されたままであり、嫁である理恵も自分の生活で精一杯でとても義父の面倒まで行き届かない。精神的にも生活費のことでも不安が募る一方という状況の中で、持病の肝臓、胃の調子も悪化し、この頃では腸の具合も悪く、ついに病院通いという事態になっている。
 また、妻理恵の実母は高齢で現在介護保険を受けている。娘として面倒を見に行きたいのだが、一切合切を引き受けて毎日働きながら悪戦苦闘している理恵にはその時間も肉体的ゆとりもない。
 ■東も前記富田同様、「4党合意」の撤回と謝罪を求める労働委員会闘争の申立人である。勾留によって蒙る不利益は前記富田の■項記載の通りである。
 ■検察官が、東が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいと言うべきであり、断じて容認できない。

  申立人 原田隆司

 ■申立人原田は、西日本旅客鉄道株式会社に勤務して今年で勤続27年になる。毎月の給料があってこそ、妻と共稼ぎでなんとか生計を立ててきた。その給料が、原田の勾留によって今年から支払われなくなってしまっている。
 長男恒久は、高校3年生で大学進学となれば膨大な費用が必要となる。また次男の望は中学3年生で来年の高校進学に新たな出費は不可避である。三男の択も小学6年で来年は中学生になる。3人にかかる教育費を考えると、これ以上の勾留は許されない。
 ■3人の子供たちはこの4月にそれぞれ高・中・小の最高学年生になった。これからの自分たちの進路をどうするか、どこの学校に行くかなど人生にとって重要な節目にあ   る。その時に相談したい父親がいないことは子供たちにとって大きな痛手となっている。子供たちの進路をめぐる相談は今後切迫してくることが十分に予想される。子供たちにとって最も重要な時期に父親がそばにいるか否かは天と地の差がある。
 ■さらに深刻なのは、逮捕以来原田が一貫して心配している農業問題である。父親が年老いたため営農を引継ぎ、この間は何を作付けするのかに始まり、確定申告まで全て原田が行っていた。2町の田畑の耕作も実父母だけでは無理で、原田が相当手伝いをしてここまでやってこれたのである。
 今年は原田が勾留されていたため、結局他人を雇って田植えをせざるを得なかった。しかし、2町の田畑を年老いた実父母だけで耕作して行くことは全く不可能である。1日も早く原田の手助けが必要である。
 確定申告については、荒本平和商工会事務局の池本秀美氏の協力を得て、期限ぎりぎりに申告をすませることができた。
 ■実父は田畑の耕作の責任をとることになり、また老夫婦のみで耕作しなければならないことから疲労が重なり、息子を心配する心痛もあいまって、2人とも一気に体調を崩してしまっている。白内障を患い、また胃検診で要再検査と言われるなど、非常に心配な状況が続いている。
 ■原田は高脂血症で、ローコール20グラムを服用していた。薬だけでなく、食事療法も大切である。拘置所では全くそれができない。
 ■原田も前記富田、東と同じく大阪地労委に「4党合意」撤回と謝罪を求めている申立人である。勾留によって蒙る不利益については前記富田の■項記載の通りである。
 ■検察官が、東が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいと言うべきであり、断じて容認できない。

  申立人 橘 日出夫

 ■申立人橘の給料は、2003年1月から無給になっている。しかし、雇用関係を維持して行くために、会社に対し保険料などを毎月59378円支払わなければならない。家賃は4万円、家のローンと車のローンが毎月10万円かかる。橘が勾留中のために支払えずに滞っていたローンの返済が計31万円あったが、ボーナスで何とか支払った。直接の生活費以外では毎月20万円の出費では、これまでは預貯金で何とかしのいできたが、これ以上長期の勾留が続けば、やりくりのしようがない。
 ■橘は八尾市で79歳の実母と53歳の姉と同居している。そして、東大阪に住む妻の住居と半々の生活を送っている。そうした不自由な生活形態を取らざるを得ないのは、姉の君子が「障害者」のため一人では身の回りのことができず、高齢の母親一人では面倒を見ることができないからである。優しく面倒を見てきてくれた息子を獄に捕らわれて以降、実母は嫁の弘子の大変さを思い、手助けを借りずに必死に娘と2人の生活を送っている。しかし、肉体的、精神的疲労は大きく、最近は高血圧がひどくなり、頻繁にめまいを起こしている。これ以上、橘の手助けがない状態が続けば、疲労で倒れてしまうことは目に見えている。
 経済的にも、これまで実母と実姉の2人は橘の扶養家族となっていたのだが、それも無給となった今、年金だけでは家賃を払うにも苦しい生活となっている。
 ■妻弘子は、義母ばかりか姉君子の状態も思わしくない状態が続いていながら、仕事が忙しく、夫に代わって面倒を見ることができないもどかしさに、いらだちを覚える毎日を送っている。これ以上、2人の身体が悪くなったらどうしようかと不安でいっぱいである。その上に、家賃の切替え、親戚づきあいなど夫がいなければわからないことだらけで子供がいないだけに気を紛らわすこともできず、心痛は大きい。
 ■橘も大阪地労委に「4党合意」撤回と謝罪を求めて前記富田らと申立を行っている。また、大阪地労委に国労バッジ取り外し強要の中止を求めて申立を行っている。(平成13年(不)第47号事件)橘が勾留中のため、これらの事件はいずれも中断している。この不利益は甚大である。
 ■検察官が、橘が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいと言うべきであり、断じて容認できない。

  申立人 小泉 伸

 ■申立人小泉は2002年11月から無給になっている。しかし、雇用関係の維持のために、毎月会社に健康保険料17328円、厚生年金38171円、所得税10950円、住民税8100円、雇用保険2541円、共済会2880円、出納担当5050円、互助会300円、合計85320円支払っている。
 その上に、火災保険6600円、住宅ローン55607円、光熱費約40000円、これだけで102207円で、食費以外に約19万円どうしても必要となる。
 生活費を徹底的に切りつめる生活を送っているが、到底まかないきれない。預貯金の取り崩しで何とかしのいでいるが、この夏には底をついてしまう。
 ■経済的な苦しさに加えて、入院中の実父の病気が急変していることが気掛かりである。実父は長い間原因がはっきりしないまま寝たきりで入院生活を送っていたのだが、急に話すことが全くできなくなり、また食事も一切とれなくなっている。わずかに意識があるだけという病状が続いており、その意識状態もいつ失われてしまうか保障できない状態に入っている。何としても、意識があるうちに実父に会いたい。
 ■妻の鈴美は、零細企業で働いており、休みを取ることもままならず、義父の付き添いもできず、年老いた義母にまかせきりになっている。義母が倒れてしまうのではないかと心配である。
 ■息子裕は28歳であり、結婚を間近に控えている。しかし、小泉が長期勾留となているため、母親一人を置いて家を出ることもできず、結婚できない状態になっている。
 ■小泉の腰痛が悪化している。また、めまいや手のしびれもひどくなっている。
 ■検察官が、小泉が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいと言うべきであり、断じて容認できない。

  申立人 向山和光

 ■向山は入籍してはいないが引地真理子と結婚していて、妻真理子は仕事の関係もあって仙台に住んでいる。妻真理子には高齢の父母がおり、この父母の将来の生活についてどうするか、向山と相談する必要がある。
 ■また、妻真理子には先夫との間にできた2人の子供がいるが、子供たちは向山を新たな父親として慕っている。父親と会えない事態は子供たちの人間形成にとって決して好ましい影響を与えない。また家族の絆という点でも悪影響を与えるものである。
 この子供たちの将来の人生設計について父親として相談に乗ることは重要なことである。
 ■検察官が、向山が「本件犯行を全面的に否認したこと」をもって、保釈不相当とするのは事実上、長期勾留をもってえん罪の自白を迫るものであり、「人質裁判」「拷問」に等しいと言うべきであり、断じて容認できない。

 以上の事情を考慮すれば、「個人の基本的人権の保障」をまっとうするために、申立人らが釈放されるのは当然である。

第三 結語

 以上のように、申立人ら8名はいわれなき罪状で不当逮捕・起訴され刑事被告として刑事裁判を強制されている。そして、9カ月にも及ぶ長期勾留を強いられている。解雇の虞れ、生活破壊、健康問題、こどもの教育問題、親の面倒など経済的、精神的、肉体的負担は限度を越えている。一刻も早く保釈を勝ち取り、家族ともども生活する場に戻ることが急務である。これは人として生きる最低の権利だと考える。
 東京地裁刑事10部は検察官の意のままに、申立人らの保釈を認めず、長期勾留を続けさせている。憲法は基本的人権の尊重を高らかに謳っているが、刑事被告人とされた者にはこの適用外とされているのが現実である。裁判所は、検察が「過激派」事件と主張しただけで、それを鵜呑みにして、予断と偏見をもって審理に当る一方で、被告とされた者を見せしめ的に長期に勾留している。これは明らかに申立人らの基本的人権の重大な侵害である。
 司法改革が声高に語られているが、刑事被告人の取り扱いやその人権をないがしろにしている現実はいささかも改善されていない。
 「憲法と人権の砦」たる弁護士会は今こそその任務を全うすべきであろう。
 よって、以上のような重大な人権侵害が惹起している事態を放置することなく、貴会が適切な救済措置をとられるよう求める次第である。

              申 立 人 当 事 者 目 録

  〒800−0332 福岡県京都郡刈田町大字鋤崎552

            松崎 博己

  〒824−0071 福岡県行橋市大字徳永587番地の2

            羽廣 憲

  〒564−0004 大阪府吹田市原町3−48−1

            富田 益行

  〒623−0031 京都府綾部市味方町薬師谷300番地の10

            原田 隆司

  〒578−0934 大阪府東大阪市玉串町西3−1−4−505

            東  元

  〒581−0822 大阪府八尾市高砂町4−35−6−198

            橘 日出夫

  〒673−0003 兵庫県明石市鳥羽1504−4

            小泉 伸

  〒132−0025 東京都江戸川区松江1−10−7

            向山 和光

  〒107−0062 東京都港区南青山5−10−2
            第2九曜ビル505号室 葉山法律事務所

            国労5・27臨大闘争を許さない会
                  資 料 目 録

1、申立人の妻(松崎照代、羽廣幸代、富田和子、原田明美、東 理恵、橘 弘子、小泉鈴  美、引地真理子)の上申書

2、起訴状2通

3、被告人意見陳述集

4、平成15年6月9日付保釈請求却下決定(添付 平成15年5月13日付求意見及び同  日付け意見)

5、リーフレット「国労組合員と国鉄闘争支援者への弾圧を許してはならない」

6、小冊子「国労組合員ら8名への弾圧を許してはならない」