弁 護 人 冒 頭 意 見
2003年4月21日
弁護人 河村 健夫
第9部 闘争団の解雇撤回闘争の前進と「四党合意」の破綻は本件ビラ撒き・説得活動の正当性を裏付けている
――与党3党の「四党合意」からの離脱=国労執行部方針の誤りの露呈
(1)国労本部の除名策動をはねのけ、新たな訴訟闘争の前進を実現
闘争団は、2002年5月27日の臨時大会以降も、国労本部の除名攻撃に屈することなく解雇撤回闘争の新たな継続・発展を実現した。このことは、国労本部側の不当性及び被告人達の行為が正当性を有することを裏付ける重要な事実である。
@ 各種の訴訟提起・法的手段の提起
国労本部の「四党合意」推進路線に対し、闘う闘争団は、解雇撤回闘争を継続して闘い続けるために訴訟を含む新たな法的手段を提起した。
その一つが最高裁に対する第3者訴訟参加であり、2001年4月26日に212名、その後2002年1月28日に54名が追加参加をしている。
また、鉄建公団を相手とし、解雇無効を訴える鉄建公団訴訟は、2002年1月28日に283名で提訴した。
さらに、4党合意は不当労働行為であるとして各地の地方労働委員会に救済申立を行っている。
A 5・27臨大の除名攻撃にもかかわらず、一大裁判闘争として発展する鉄建公団訴訟
a.5・27臨大で国労中央は、闘争団切り捨て統制処分の方針を打ち出したが、これに対し、5・27以後、訴訟闘争は新たな発展を実現している。
b.訴訟の経過
2002年9月26日、第1回口頭弁論が行われたが、その反響は大きく、大法廷96枚の抽選券を求めて300名を超える傍聴希望者が集まり、社会的に大きく注目されていることを示した。弁論に際しては、稚内闘争団の上出さん、美幌闘争団遺族の三浦さんが陳述し、裁判長は、被告鉄建公団側に対し、抽象的で機械的な答弁書では判断する側として不充分であると、具体的な反論・立論を促した。
その後現在に至るまで5回の弁論期日がもたれているが、いずれの期日においても原告が意見陳述を行い、傍聴者が大法廷を埋め尽くし、裁判は着実に前進している。
なお、訴訟の進行中、でっち上げ暴力事件を口実とする国労組合員に対する解雇を無効と認めた横浜人活事件判決(02・8・29横浜地裁)が出された。その中では、@清算事業団としての地位は、鉄建公団職員の地位に引き継がれる A清算事業団としての地位は、再就職促進特別措置法の失効(90・4・1)によって失われるものではない、ことを認めた。これは鉄建公団の責任を問う有力な根拠となりうるものである。
c.大衆闘争としての発展
第1回口頭弁論に際して、闘争団30名が北海道・九州から上京した。支援含めて300名が法廷に集まり、法廷は傍聴者であふれた。また、闘争団・国鉄闘争勝利共闘会議は同日、JR総行動へ取り組み、鉄建公団・国土交通省など関連機関へも要請行動を行った。 特に、JR東日本本社前で怒りの大シュプレヒコールが周囲を席巻するなど、公判ごとに大衆闘争として発展している。
d.鉄建公団訴訟原告団が多田謡子反権力人権基金・人権賞を受賞
さらに、12月には、鉄建公団訴訟原告団が、「多田謡子反権力人権基金」(代表 佐伯千仭・立命館大学名誉教授)第14回人権賞を受賞した。選考理由「企業内組合化にするため被解雇者を切り捨てようとする労働組合を追及し、失われた名誉と利益の回復のために闘い続ける被解雇者とその家族の方々に敬意を表し、かつ今後も長く続く闘いへの支援の意を込めて」というもの。
e. 国労本部の態度
2002年1月の提訴に対し、国労本部は、「裁判所で頭から玄関払いになりそうである」「支離滅裂な暴論」(最高裁・ILO研究プロジェクト「鉄建公団訴訟についての見解」同年1月)と非難していた。
しかし、上述したような訴訟の着実な前進及び訴訟を支える社会的な支援の強化という現実に直面し、国労本部の主張は全く正当性がないことが明らかになった。
B 自民党甘利氏の証人喚問を決定した「四党合意」地労委
「四党合意」地労委闘争も新たな展開
地方労働委員会は、その審問の進行中、四党協議の座長であった自民党甘利明氏の証人採用を決定した。具体的には、千葉、大阪、福岡地労委で証人として採用することを決定し、大阪では7月8日、福岡では9月9日に証人尋問を行うという決定まで行った。
なお、被告人のうち松崎・羽廣は福岡地労委、富田・東・原田・橘は大阪地労委の申立人である。
ところが、 国労本部委員長は甘利の証人尋問について「残念」と発言するなど、国鉄解雇闘争を敵視する発言を公然と行った。
また、国労本部高嶋委員長は4・6本部主催の秋田地本オルグで次のように発言した。
「労働委員会は甘利氏に対して証人喚問を要求している。このことについて甘利議員から『どう思っているのか』と本部に聞いてきた。『国労三役としての指導が甘い』と言われた。残念な結果である。国労に対する不信は大きい。『これで和解金の支払いが困難になった』というのが与党の考え方である」
この発言は、4党合意に反対して労働委員会への申立を行った国労組合員や解雇された国労組合員を切り捨てようとしている本部の姿勢を端的に表すものである。
(2)70回大会で処分決定できず不正義を自己暴露した国労本部
@ 国労本部、処分対象者286名を査問委員会へ送致
国労本部執行部は、5・27臨大決定に基づき、処分対象者を査問委員会へ送致した(7・10中央委員会)
国労本部による具体的処分は、鉄建公団訴訟、最高裁第三者参加申立の参加者を対象とし、大会決定違反、解決妨害行為等を理由に、1.統制処分の対象となる2件に対して中心的な役割を起こしている者、2.鉄建公団訴訟原告団として中心的役割を担っている者、3.2件に対して、参加申立・原告となっている者、4.どちらか一方に参加している者、に4区分し、「規約第33条(処分)4項」を量定とし、合計286名の組合員を査問委員会に送致したものである。
A 説得力のない本部の「訴訟取下げ」オルグ
これに先立ち、5・27臨大前の4月、国労本部は、北海道、九州などに「訴訟取り下げ」オルグに入った。すなわち、査問対象者が余りにも多数であると、その行為を弾劾しにくくなるため、オルグを行って上記各種法的闘争を行っているものから訴訟などの取下げを得ようと画策したのである。
と同時に、3党声明により政府与党側から見捨てられようとした国労本部が、政府与党に対して、訴訟取り下げの説得活動は十分に行ったというアリバイ作りのために行われたオルグでもあった。
オルグにおいて本部の説明は、ILO派遣などを通して本部も解決に向けて努力しているなどと弁明に終始した。
提訴取り下げについては、4党合意地労委で、甘利を証人申請(千葉、大阪、福岡地労委で証人尋問を決定)していることについて、甘利から抗議が来ているとか、鉄建公団訴訟については、和解金支払いは当初から鉄建公団と考えていたが、この訴訟で困難になった、などとまったく説得力のない話しかできなかった。
当然にも参加した闘争団員から、「具体的解決案はあるのか、示せ」という追及が行われたが、これに対しては何の展望すら示せず、黙るしかなかった。
また、6月19日にも、「国労中央執行委員会の訴え」にて「訴訟等の「取り下ろし」を行わない場合は、解決の救済対象者から除外することとなり、査問委員会での統制処分の対象となります」と恫喝し、本部役員が北海道各地闘争団をオルグした。
このオルグは、各地区本部や闘争団を通さず、闘争団員個人宅を抜き打ち訪問するという方法で行われた。訪問を受けた闘争団員が「今回のオルグで改めて理解できるような解決案とかを持ってきたのか」と質したのに対して、本部側役員は「何もない」と返答するなど、3党声明を受けて、何が何でも闘争団を切り捨てたい、その為のアリバイとしてのオルグ活動であることが露呈した。
8月には、国労本部が8・28中央委員会で、「北海道オルグは4党合意での解決にあたり、最後の説得活動である」との「本部の決意」を表明し、これを受けて8月31日、北海道オルグが旭川で実施されたが、内容はこれまでと全く変わり映えのないものでしかなく、国労本部による「訴訟取り下げ」オルグは完全に破産した。
B 7−8月定期大会を開催できない国労本部
上記の情勢を受け、国鉄解雇闘争がますます発展しつつある事態が明らかになり、国労本部は方針に窮した。そのため、定期大会を通常の時期に開催することができなくなった。
国労の定期大会は通常、7月、遅くても8月には開催される。ましてや本部は、「8月開催の全国大会は、解決水準を批准する大会にする」と明言していた。
5・27臨大において、査問委員会は、処分案を決定し、直近の大会に答申することになっていた。すなわち国労本部にとって、次に開催される定期大会は、具体的に処分を決定する場であった。しかし、286名につき除名を含めて処分するというのは前代未聞の事態である。そのため国労本部は、大会開催を決められず引き延ばしていたのである。
しかし、8月の「訴訟取り下げ」を迫る「最後の説得活動」が破産に終わり、国労本部は大会の11月開催を表明せざるをえなかった。
C 11・24定期大会で処分決定できず先送り
このような情勢を受けて開催された11・24大会では、国労本部は結局具体的に処分を決めることができなかった。
査問委員会は大会で、「11月15日開催した第11回査問委員会で、答申を第70回定期全国大会に提示することができないことを確認し、引き続き、結論を得るために継続設置する」と報告した。
査問委員会といっても、査問委員長は、中央執行副委員長であり、査問委員も中央執行委員と重なっている。すなわち、査問委員会は国労本部の意向をそのまま反映する構造となっており、査問委員会の方針はそのまま国労本部の方針と見てよいものである。
従って、査問委員会が処分を先送りしたと言うことは、実質的に見て国労本部が処分できなかったと言うことである。
D 処分の先送りは、国労本部の不正義性のあらわれ
そもそも、286名もの大量の組合員に対する除名処分ヲ行うとしたならば、それは労働組合として前代未聞の事態であるし、労働組合の本部が「解雇撤回闘争を闘うが故に除名などの処分を行う」ということの不正義は余りにも明らかであるから、組合員を納得させることはできないのである。
その後、査問委員会から、2003年2月から3月にかけて33名(九州7名北海道27名)に対して出頭通知が送付された。33名の選別基準は不明であり、査問委員会は286名全員を対象に手続を進行させることに対する批判を恐れたものと言うほかない。
しかも、査問手続においてはわずか30分間事情聴取を行うこととされている。16年間人生をかけて闘ってきた闘争団員に対して、わずか30分間の「事情聴取」を行うことをもって、手続を尽くしたと仮装しようとするものであり、手続的瑕疵が存在することは明らかである。これに対して、査問委員会の事情聴取の対象とされた闘争団員は、国労闘争の意義について明らかにし、国労本部の変質を追及する闘いに立ち上がっている。
(3)「与党三党の離脱声明」による「四党合意」の破綻
@ 闘う闘争団員の除名を求めた自民党・甘利
5・27臨時大会で、統制処分の手続を開始すること(査問委員会への送致)を決定したが、一方で、闘争団は動揺せず、鉄建公団訴訟等、解雇撤回闘争の新たな継続・発展を実現していた。
この事態は、自民党甘利にとっては想定外の事態であり、「8月定期大会で除名処分を決定せよ」と国労本部に迫った。
2002年6月6日、4党協議後の記者会見の席上、自民党甘利は、「国労の組織の総意として『JRに法的責任がない』ことを大会で認めたが、相変わらず多人数が訴訟を起こしているということでは困る」「確信犯を絞り込んで」「8月定期大会で除名せよ」と恫喝した。
なお、12月3党離脱後の記者会見の中で、甘利は、この6月の4党協議の際に、「3分の1は引き続き闘っていきますと言うんじゃ合意にならない」「反対する人の数を減らすということについて社民党側と打ち合わせしました」「とにかくせめて2ケタであるならば、(解決案は)できます、という話はありました」と言っている。
甘利の認識による「3分の1の反対派(300名に迫る鉄建公団訴訟原告、最高裁第三者訴訟参加申立者)」を2ケタまでにする、つまり、大量の切り崩しと、残った組合員の除名を求めたのである。
かかる甘利の恫喝に屈し、国労本部は解雇撤回闘争に取り組む組合員の切り捨て、大量処分を行おうと画策したが、その余りの不正義性ゆえにいずれも失敗したことは上述の経過のとおりである。
A 11・24大会で除名できなかったことを理由にした、与党3党の離脱声明
2002年11月24日の大会では、国労本部の当初のもくろみとは異なり、解雇撤回闘争に取り組む組合員の切り捨て、大量処分を実行することができなかった。
大会直後から与党3党は4党合意の破棄を決め、同年12月6日破棄通告を行った。鉄建公団訴訟取り下げ問題、処分問題で進展のなかったことを理由とした「与党3党の離脱声明」によって、「4党合意」は最後的に破綻した。
離脱声明は次のように言う
「国労の組織内部は、この4党合意による人道的解決に反対し紛争の長期化を望む勢力が台頭し、……最高裁への第三者参加申立が行われ、……鉄建公団を相手に283名による提訴がなされるなど、国労の組織内を統一できていないという矛盾が拡大する状況となってきた」「その後(5・27臨時大会後)半年間で、国労執行部は、鉄建公団訴訟の取り下げについて、北海道・九州地区で説得活動を行ったが、その活動は、説得に向けて誠実に努力を尽くしたとは到底言えるものではなかった。その結果参加する闘争団員283名のうち4名しか説得することができず、訴訟はなお係属している。また、闘争団員の処分についても、査問委員会は設置されたものの事情聴取すら行われなかった」
(4)「四党合意」の破綻は、国労本部の破産
@ 4党合意の破綻は、従来の路線の誤りを裏付けるもの
4党合意の破綻は、国労本部にとって、真摯に自己の路線が誤りであったことを認める機会となるはずであった。事実、4党合意の破綻を受けてILOに提出された国労委員長からの書簡においては、「『4党合意』は、組合活動への介入ともとれる与党の諸要求にも真摯かつ忍耐強く対応してきた国労の努力にもかかわらず、ついに実を結びませんでした」と記載され、4党合意が不当労働行為であることを、国労本部が認めていたのである。
A 「四党合意」推進の誤りを認めず、「政治解決案」の幻想にすがる国労本部
ところが、国労本部は、「四党合意」の最終的破綻という現実に直面しながら、「四党合意」を推進してきた誤りを認めるのではなく、政府・自民党に「解決案を出してくれれば」とあたかも、闘争団、国労組合員が納得するような「解決案」が出る可能性があったかのような声明を出した。
国労本部声明は、次のように言う。
「与党3党は国労が「四党合意」を受諾したにもかかわらず、具体的な解決案作成作業に着手することなく、解決のために必要だとして国労に条件を出し……」「具体的な解決案を示さず、一方の当事者である国労のみに譲歩を迫り続ける与党3党の不誠実な態度」
「本問題が政治の場で解決すべきものであることはなんの変わりはない」
また、記者会見においては、寺内書記長が「国労としては先に解決案を示してくれれば、与党が言っているように闘争団もまとまると言ってきた」「鉄建公団訴訟を起こした闘争団だって案が出れば考える、案が出れば取り下げると言っている」等と述べている。
B 「解決案」の現実は、「ゼロかプラスアルファ」の選択
では、国労の言う「解決案」とは何であるのか。それは「ゼロかプラスアルファ」であり、到底闘争団や国労組合員の納得のいくものではなかった。
2002年7月11日、国労委員長及び北海道・九州の闘争団家族6名が甘利訪問した際に、甘利は次のように述べた。
「人道的見地とはどういうことかよく理解してほしい。法廷闘争で争ったら闘争団の負けとなる。闘った方が筋が通るが、雇用はゼロ、解決金はゼロ、この選択しかない」
「国労執行部には『決断したらこんなすばらしい案が出るというのはやめてほしい。JRが自主的にやるのだから頼むよということしかない』と言っている。何千万円の解決金、全員の雇用など幻想を言ってはならない。ゼロかプラスアルファ。ゼロよりはいいかの選択という現実をいうべきと国労執行部には再三申し上げてきた」。
すでに7月段階で、具体的な解決案などないことが明白になっていたのである。
「具体的な解決案を示さず、一方の当事者である国労のみに譲歩を迫り続ける与党3党の不誠実な態度」(国労声明)と言うが、そもそも「四党合意」は元々、国労に一方的な屈服を迫るものなのである。それを国労本部は、政府・自民党に「誠実な態度」があり、「具体的解決案」があるかのような幻想を描き出し、組合員をだまし続けてきたのである。
国労本部は、組合員をだまして「四党合意」を推進しようとした誤りと破産を反省し、総辞職すべきである。
(5)闘争団を切り捨て国労を解体しようとする国労本部
被告人ら「四党合意」反対派は、5・27臨大において、国労本部が「与党三党声明」を受け入れることは、闘争団を切り捨て、国労を自ら解体する行為であると主張した。
この主張が正しいことが、「四党合意」の破綻を受けた国労本部の、新たな屈服、路線転換方針によって明らかになっている。
2003年2・15第173回拡大中央委員会方針では、闘争団を切り捨て、国労を解散し、JR総連のような労使協調路線による組合への変質が、あからさまに打ち出されている。
@ 与党3党の離脱声明の本質は国労の解体攻撃
政府・自民党の狙いは一貫して、闘う労働組合としての国労の解体にある。「四党合意」も、その「離脱声明」も、その目的達成のための政治的手段である。結局、「四党合意」のいう「不採用問題の解決」とは、国労を解体し、政府・自民党、JR資本に忠実な組合へと変質させようとするものでしかない。
A 離脱声明に屈服し、自ら国労を解体しようとする本部執行部
2003年2・15第173回拡大中央委員会方針では、以下のとおり闘争団に責任を転嫁する新たな屈服路線が表明された。
a.「四党合意」破綻の責任を居直り「一部闘争団員の妨害行動」に責任転嫁
「一部闘争団の「四党合意」での政治解決を潰すことを目的とした妨害行動は、最高裁への第三者参加申立、鉄建公団訴訟と拡大され、昨年4月の与党声明、12月の「四党合意」から与党の離脱声明のなかでも最大限利用されてきた」「国労の解決方針に団結せず、解決阻害行動を繰り返し続けてきた一部闘争団員は、その目的を「四党合意」に基づく解決をさせないことにおき不団結行動を拡大し続けてきたが、「四党合意」による政治解決が喪失した以降もその運動や組織を解散しようとせず、自分たちの行ってきた全ての行動をさらに拡大し正当化をはかろうとしている。「四党合意」を喪失させてきた責任を取ろうとせず、鉄建公団訴訟を国労が取り組むべきと公然と主張し、自ら国労に団結しようとする意志は全くない」
しかし、問題の本質は、労働組合として、国鉄闘争=1047名の解雇撤回闘争を放棄するのか、貫徹するかという点にある。国労本部のいう「一部闘争団員の解決阻害行動」とは、本来の国労の基本方針にのっとり、国鉄闘争を貫徹する闘い以外のなにものでもない。
b.「新たな政治解決の枠組み」のために闘争団を切り捨て
「採用差別事件の解決は政治解決を基本とする従来の方針を継続することを確認」「新たな政治解決の枠組みの実現に向けて闘いを継続する」「国労は採用差別事件発生から今日まで、不当に雇用を奪われた闘争団の仲間を柱に、国労組織が闘争の責任を持ち、解決の闘いを最優先させ最大の課題として取り組んできた。しかし、新たな解決を求める闘いが長期化と困難も想定されることを踏まえれば、組織の現状、闘争団の現状と併せ、大きな区切りとして、新たな状況に応じた組織・闘争体制を見直し、組織と運動に展望を見いだすことが重要である」「新たな局面での解決をはかるため、闘争団組織の整備をはかる」
かかる方針においては、「新たな状況に応じた組織・闘争体制」という名のもとに、「最大の課題として取り組んできた」闘争団闘争を国労という組織から放棄する意志が明らかに語られている。申し訳程度に「新たな政治解決の枠組み」などと言っているが、4党合意は破棄されており、具体的な展望はなに一つない。要は、闘争団を切り捨てて闘争をやめるから、「新たな政治解決の枠組み」を作ってくれと、政府・自民党に依頼しているに他ならないのである。
c.国労組織の企業別組合への再編=国労解散へ
「15年間組織に手を付けず、国鉄時代の企業内労働組合を単一体として維持してきた」
「国労の最大の闘争課題である採用差別事件を解決するためには、一番よい組織形態」であった。
「15年経過した現在、国労組織の現状、組合員の意識・JR各社間の較差実態は大きく変化し、特に国労組織の現状は、採用差別事件の解決をめぐる混乱と併せて、団結の回復が何よりも重要である」「労働組合の責任である社員の生活と労働条件を守る運動は、その大半が会社別であり、エリア本部にある」「JR発足以降のJR各社採用者をはじめ組織拡大運動が取り組みやすく、復帰者にも理解しやすい組織が重要である」「国労組織を今後どういう方向に定め、どのような運動を進めていくかを率直に議論すべき」
単一体としての国労組織を、JR各社別の労使協調組合、企業内組合に再編しようという意図が語られている。国労本部は、自ら国労を解散しようとしているのである。
その一環として、2002年11月24日の大会に、ストライキ基金の流用案が提出されている。大会では反対意見から採択を行うことができなかった流用案の内容は、1991年から営々と積み立ててきたストライキ基金を、国労本部職員の退職金や全国の地方組織であるエリア本部の基金に流用するというものであり、かかる行為は「このストライキ基金は、ストライキによる賃金カット補償以外には使用しないこととする」という同基金運用規則1条に明らかに違反するものである。
殊に、流用先を各エリア基金としている点は、単一体としての国労組織を解体しようとする意図が露わになっているものである。
(6)まとめ:労働組合の活動として被告人達の行為が正当であり、国労本 部の行為が不当であることは明らか
本件については、以下の事実を忘れてはならない。すなわち、本件による身柄拘束がなされたのは2002年11月であった。この時期は、国労本部は4党合意に屈服しつつあり、しかし、国労内には解雇撤回党争の新しい動きが強まっていた時期であった。つまり、本件は、11月24日の大会に向け「4党合意に反対すると身柄拘束されるぞ」と国労組合員を脅し、4党合意をどんなことがあっても国労全体に強要し、国家的不当労働行為を貫徹しようとするために行われたでっち上げの事件なのである。
しかし、当然にも、4党合意は破綻した。
このことは、本件被告人達の身柄拘束が違法不当なものであることを明白に示している。
5・27臨大以降、国労では、一方で、闘争団が新たな解雇撤回闘争を発展させている。
他方で、「四党合意」が最終的に破綻し、国労本部は、「四党合意」以上の屈服路線をとり、国労を自ら解散しようとしている。
労働組合の目的に沿う方針を堅持しているのは闘争団の方である。そのために国労本部闘争団員に対する除名を実施できずにいるのである。
以上の事態は、「四党合意」に反対し、国労の旗を守るために、5・27臨大方針に反対した被告人らの主張の正当性と、ビラ撒き・説得活動が緊急かつ必要な国労の組合員としての活動であったことを証明している。