2010年1月4日 更新

ここでは、以前静岡市で走っていた貨物線や専用線の痕跡を調査した内容を紹介しております。
注意)東洋モスリン専用線は戦前までの路線名です 戦後は静岡瓦斯線となり、3つの支線がありました。
No3は、静岡駅南口から、曲金まで通っていた貨物線跡を紹介します。



線名 東洋モスリン専用線(戦前)(通称 静岡南貨物線)
戦後は東洋モスリン跡に鐘淵紡績支線、そのまま南下で大浜製紙支線
(昭和30年代に消滅)本線は静岡瓦斯(ガス)線となっていました。
また松林工業薬品の支線もありました、たぶん写真7の広い道路に引込み線(貨車留置場)
があったと思います。
(間違い、写真12が正解)
調査年月日 2002年11月21日
調査場所 静岡駅南口〜小鹿1丁目
廃止日 不明。恐らく昭和44年頃 1968年の写真にはまだ路線はあった。
当時の地図 字体が右から書かれている事から戦前の頃と思われる。
写真1 静岡駅南。塀の高い車の駐車場沿いの境が専用線ルート
写真2 工事事務所の下(自動駐車場)が専用線ルート
右の看板の下の少し高いコンクリートは当時のもの。
写真3 東進ハイスクール裏のもっこり膨らんだ箇所に専用線のバラスト
がアスファルト下に埋まっている。矢印方向に進む。
写真4 森下小学校を東に進むと、またもっこり道路発見。
集合住宅の1F部分が盛り上がっているのが分かる。
ここも、かつては鉄道が走っていた。
写真5 見れば分かると思うが、この細道が専用線跡だ。
本当はもっと幅がある。このカーブがいかもって感じだ。
写真6 細い川の右を矢印に沿って線路があった。
(黄色矢印先のブロックが若干新しく見えるのは廃止後に埋めた名残か?)
このまま、南幹線道路、八幡山まで続く。
写真7 ここの先が一番、専用線の痕跡が分かる場所。衛生試験場付近。
人通りの少ない道路なのにこの広さは異常です。
たぶんここが松林工業薬品の支線(貨物留置場)跡だと思います。(←間違い。写真12参照)
黄色で書いた線に沿って南幹線に突き当たる。
写真8 南幹線を渡ってすぐにある未舗装の部分。
細い川の右側に沿って八幡山付近に進む。
左の建物もこの線路に沿って建っている。

新情報!2009年2月2日更新
ここからまっすぐ南下するもう一つの支線が存在しました。
これは住友金属プロペラ工場へ続く路線です
戦後は大浜製紙支線となりました。
ここにその証拠の写真があります。1946年米軍撮影。
その写真の一部を下に載せておきました。黄色い矢印の箇所
良く見るとその下にも怪しい支線があり、これが大谷線だと思います。
間違っていたらメールを頂けると嬉しいです。



1946年、米軍が撮影した航空写真。
黄色い矢印が恐らく大谷線だと思われる。山側に支線が分岐し、資材を積荷しているような感じだ。

これは、昔 日本が満州国を建設している映像の一部だが、これが上の写真の右の枝分かれしている箇所に
非常に似ている。(ここでは山から岩を貨車に積み込んでいる映像)
また、上記写真には無いが、これに似た路線が北方向にもう1箇所ある。恐らく上記写真のように
山から資材を削り出していると思われます。

上写真の砂利あたりが廃線跡。それに沿って、当時からあった建物が斜めに建っている。
その先にもっこり(隆起)箇所が数カ所見ることができます。
写真10 この周辺は、斜めに建っている家が多い。下写真
もちろんそれは、廃線跡沿いに建てたためだ。なので地図を見ると
痕跡が分かる。この写真もその斜めに建った家の1つ。
また八幡山付近の細い道路に、所々、もっこり(隆起)部分が何箇所か見ることができる。
これも線路跡で踏み切り跡も確認できる。
写真11 ツインメッセ静岡付近(下写真の大きな建物)小黒2丁目あたり。
昔は、ここは大きな紡績工場があった。支線に続く跡が道路として
残っていた。
まだ静岡産業館(現:ツインメッセ静岡)が着工前はここは広大な更地で、ここで度々
サーカス(木下サーカス)が公演していて1981年 小学生だった私はここで夕方、
山積みになっていた枕木を見た覚えがあります。
恐らく紡績工場支線の枕木が放置されていたかもしれません。
写真12 下の矢印が松林工業薬品支線です。支線といってもすぐに本線に入るような退避線に
なっています。現在はスーパーもちづき辺り。(掲示板書き込みより判明 THANKS!)
その下が済生会病院付近の5差路の広い交差点。
ここを線路が横切った。

写真13 国土地理院の国土変遷アーカイブス1961年の写真を参照すると
私が以前調査したところより少しずれていました。
2008年の航空写真より、黄色の箇所が廃線ルートです。
現在も5差路の交差点から曲がる箇所が細い道路で残っています。
写真15 2008年の航空写真です。黄色の箇所が廃線箇所です。
今も廃線跡が細い道路で一部残っています。
以下写真はgoogle mapより
写真16 5差路の箇所を拡大。黄色の矢印が廃線跡。
一部は道路として。上は廃線跡に沿って家が斜めに建ってあります。
宝石店横から続く側溝や
アーバンシティ東のビルの駐車場が淡いカーブとなっており、そこが廃線跡と
分かります。

以下写真はGoogle Mapより


写真17 静岡瓦斯(ガス)付近です。この緑の木々の箇所が廃線跡と思われる。
今は丸い形のガスタンクですが、昔はドラム缶のような形で、
水封有柱式二槽型ホルダーという蓋が2つ上下に重なっており、
水槽でガスを漏れないようにし、ガスが入ると上に上がり、出ると下がる
仕組みになってます。
(西岸良平の三丁目の夕日のコミックにその様子が載っています)
以下写真はgoogle mapより