西武駿豆鉄道 砂利採集場線
(矢部コンクリート工業 静岡工場線)

ここでは、以前静岡市で走っていた貨物線や専用線の痕跡を調査した内容を紹介しております。
No1は、安倍川橋沿いにあった西武鉄道専用線を紹介します。


線名 西武鉄道線(静岡砂利線)
調査年月日 2002年1月14日
調査場所 安倍川河川敷周辺
廃止日 恐らく昭和42年〜昭和44年
写真1
新幹線の高架橋の下にこの線路橋が当時のまま残っていました。
恐らく昭和38年〜昭和44年頃には走っていたでしょう。
出口付近は荒れていますがトンネル内は以外にも綺麗でした。
写真2
よーく見るとプレートには「西武鉄道線路橋」と書いてありました。
なぜ静岡で西武なんだろう?
そういえば昔、寿町付近に「西武建設」というのがあったなあ。
あれの関係なのだろうか。
写真3
反対側(静岡駅向き)から見てみました。
辺りはゴミだらけで汚いです。写真のように、ここから専用線が
入っていきました。
写真4
横に謎の築堤がありました。いったい何に使用したのでしょうか?
まだ高架になっていない頃の東海道本線のなごりでしょうか?
相変わらず不法投棄のゴミが散乱しています。
写真5
写真1を遠巻きで見てみました。
黄色い矢印の方向に進んで、そのまま河川敷沿いに向かっていきました。
写真6
河川敷沿いを800mくらい進むと少し高くなっている駐車場があります。
恐らくここが貨物線の操車場跡かも。
昔の地図の路線図からするとこの付近。奥の松まで駐車場があります。

この後、更に専用線は続いていたようです。
多分相当昔に通っていたので痕跡を探すのははかなり困難です。

2009年2月4日更新

1961年5月22日の国土地理院の写真より
まだ新幹線が無かった頃なので、予想よりだいぶ前に存在しています
黄色の矢印の箇所が西武鉄道専用線です。どうも2箇所確認できます。
安倍川の河川敷沿いのは砂利専用線かもしれません。
もういっぽうの内側に淡くカーブしている方は田んぼの中を通っており、終点部分に何やら工場群があります。
1971年の写真にもこの痕跡はありますが1975年には全て消失し、家が建っています。
なので廃止は昭和45年か昭和46年ころかと思います。
以前、この先の大里中学校付近からの路線は、この写真サイトの過去アーカイブから探してもありません。
なので私の勘違いでした。
場所的には、現在だとパチンコ コンコルド付近が終点です。
【NEW】2016年10月9日 更新

1968年 昭和43年の国土地理院の地図で上記写真の地図がありました。

やはり、2つの貨物線があるのが分かります。
安倍川沿いが矢部コンクリート工業 静岡工場の路線
2本の貨物側線がありました。

もう1つが、西武駿豆鉄道 砂利採集所の路線です。中間部分は3本の貨物側線がありました。
この西武線の終点は中野新田まで続いており、大里中学校より約150m北の方です。