Play to the beat...本物のバンド物語                   物語を最初から読む


1986年春 4

 九州の男(特に福岡)は異常にプライドが高い。そのくせ中央(東京)に対するコンプレックスも相当なもんだ。
 初めてのプロのレコーディング現場で九州男児のプライドが砕け散ってしまったオレ達は口々にあのエンジニアはタコだの、こんな機材じゃロクな音も録れないだの、虚勢を張って文句ばかり言っていたが、反面自分たちのプロというものに対する認識の甘さを鏡写しにされたような気がしていた。実際ここ一、二年のオレ達は浮かれていた。あるコンテストで長崎に行った時のこと...そこは2000人は入る大ホール、超満員の会場で僅か2曲の演奏だった。そしておきまりの審査発表は出場者全員が客席で待機をするというもの、そこでオレ達は異様な光景に出会った。最初は数人の女の子が握手して下さい!とかそんな感じだったのだがハイハイと愛嬌を振りまいているうちにあれよあれよと何百人もの黒山の人だかりになり、サイン会と撮影大会になってしまったのだ。残念ながら賞の方は頂くことは出来なかったけれど、自分たちはまるでA Hard days nightの頃のビートルズになったかの様な錯覚におちいってしまい、得意満面で長崎を後にしたのだった。そんな感じでライブをやれば満員のお客さんが迎えてくれる、それは当然だったし、街を歩けば知らない人に「あ、NEW LOBBの人でしょ!」と声をかけられ、メンバーの名前を語ってナンパをする輩も居た。もちろん戸畑を除くメンバー全員かなりのナンパ師だったのも隠せないけど...

 そしてなんとか気を取り直してレコーディングを再開していたオレ達の元にTVCMのクライアントである「富士家」の担当の人がやってきて「これが今度皆さんにテーマソングを歌ってもらうことになった新製品です」とスタジオにいた人全員に缶コーヒーを配って回った。オレ達は機嫌も直り「それじゃあ頂いてみましょう!」と一斉にプルタブを開けて一気に喉へ流し込んだ(がぶ飲みコーヒーというコピーがついていた)
「・・・」
誰も何も言わない。
「・・・・・・」
固まっている。
「こ、コーヒーよね、これ?」
誰かの小さい声。
「うん、飲みやすいよ!」
若松の嘘臭い言葉。

 確かにその時代はまだ無糖飲料などというものは無かった、短い缶入りコーヒーも無かった頃である、缶ジュースというのは甘くて当たり前の時代。オレ達は、ただ苦い水を胃に流し、底知れぬ不安を感じながら中断していた作業を再開した。

つづく



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主な登場人物

この物語は限りなく実話に近いフィクションです