8/22 トーチュウ

磐田年間王者へ始動
第1ステージで逆転優勝し、J年間王者を目指す磐田は21日、静岡県磐田市のヤマハ大久保グラウンドで第2ステージ制覇(31日開幕) に向けた練習を開始した。同日午前の 8キロランニングで不動のトップを保ったFW中山雅史(34) は 「(第2ステージ優勝は) 気持ちの問題だけ」 と意欲を燃やした。


8/17 トーチュウ

ゴンゴールで磐田Vもらった
鈴木監督予感する

“ドーハの悲劇” も経験した。栄冠を目前に控えたチームが直前で敗れるさまざまな地獄を見ている磐田のゴン・中山から、最後まで浮ついた言葉は出てこなかった。
「結果が良ければ、これまで辛抱強く戦ってきた事が報いられるが、終わりが良くなければどうにもならない」
サッカーはロースコアのゲーム。何が起きるかは最後の最後まで分からない。00年第 1ステージ。C大阪が最終戦で川崎F戦に敗れて優勝を逃した事は記憶に新しい。中山はチームリーダーとして燃えたぎる闘志を胸に秘めた。この日の練習でも、チームを奮い立たせるように声を出した。
鈴木監督は言う。「今度は中山が点を取ってくれそうな予感がする」
高原は 6戦連発と好調だが、鈴木監督は 「高原が点を取れるのも、中山がいい動き出しをするから」 と中山のオフ・ザ・ボールの動きを高く評価する。
中山が決めれば磐田は負けない。中山不敗神話ゴールは現在、24試合連続(J記録更新中)。運命の柏戦は、勢いをつける “ゴンゴール” が不可欠だ。(川住貴)


8/14 トーチュウ

首位・磐田最終戦へ調整
第1ステージで首位に立った磐田は13日、静岡県磐田市のヤマハ大久保グラウンドで最終節の柏戦(17日・柏の葉) に向けた調整を開始した。鈴木政一監督は 「これまでの経験を生かして90分以内に勝利を収めたい」 と意欲をにじませた。
4月20日の横浜戦で首位陥落。約 4ヶ月ぶりに首位浮上の磐田イレブンは、落ち着いた表情で練習をこなした。「自分たちのやるべきことはわかっている。変な緊張感もなく柏戦に臨めそう」 と服部主将。名波も 「平常心で戦えると思う」。田中は 「アウエーで勝つことは難しいけど、ウチは 2試合連続完封勝ちと、集中力も高まっている。口には出さないけど、みんなのやる気は感じます」 と手応えをつかんでいた。
柏はエジウソンがケガで磐田戦を欠場。北嶋と平山が累積警告で出場停止と、磐田にとっては有利な材料もある。5回目のステージ優勝をかけて挑む柏戦。経験豊富な磐田に死角は見当たらない。(川住貴)


8/7 トーチュウ

高原 5戦連発いける!!
磐田のFW高原直泰(23)が 7日の広島戦(広島ビッグアーチ)から、直接FKのキッカーを務めることが 6日、決定した。最近 4試合連続得点を挙げて、現在 8得点。トップのG大阪・マグロン(13得点) を追い上げる高原にとって、ありがたい役目となった。
初の 5戦連発へどん欲な姿勢を見せる高原に、鈴木監督はセットプレーのキッカーという新たな役割も与えた。PKは藤田に次ぐ 2番手だが、FKは狙える角度ならば 「高原にけってほしい」 と鈴木監督が明言した。
清水東高時代は、セットプレーのキッカーとして得点も数多く決めていた。
6日、磐田のジュビロスタジアムで行われたチーム練習では、高原の切れ味鋭い動きが光った。
「積極的にゴールを狙う」 と高原は燃える。2位・磐田と首位・横浜M との勝ち点は 1。逆転優勝に向けた熱い思いが高原をゴールへと駆り立てる。

前田復帰へ意欲
右ひざ半月版損傷でリハビリ中の磐田のFW前田は 「早く回復したい」 と早期回復への意欲をにじませた。U-19代表ではアジアユース選手権の MVP に選出されるなどワントップで大活躍。昨年は日本代表候補にも選ばれてブレイク。今季は日本代表候補にも選ばれてブレイク。今季はレギュラー獲得のチャンスとみられたが、右ひざのけがで戦列を離脱していた。現在はランニングなどのリハビリが中心。ゲームもつくれて点も取れる前田がアジア大会に間に合うのか、微妙なところだ。


8/3 トーチュウ

ジュビロ・高原初の 4戦連発だ!!
磐田のFW高原直泰(23) が 3日のG大阪戦で初の 4試合連続ゴールを目指す。2日、静岡県磐田市のジュビロスタジアムで調整した高原は 「(4戦連発は) 意識しない。とにかく勝ちたい」 と闘志をかきたてた。
高原は第 1ステージ第 9節のF東京戦から11節の市原戦まで、昨年第 1ステージ(4-6節) 以来、2度目の 3試合連続得点をゲット。体も切れてきた。しかし、市原戦は、自ら PKを決めるなど、得点に対するどん欲な姿勢をのぞかせたが、痛恨のドロー。高原の胸は、勝てなかったとに、納得できるプレーができなかった悔しさであふれかえっていた。
完全主義者。常に安定したプレーと得点力にこだわりを見せる。どんな試合でもフルパワーのプレーを自分に課す。今季の通算得点は 6。トップのマグロン(G大阪) の11得点を十分、射程圏内にとらえている。G大阪戦はライバル・マグロンに自分の存在価値を認めさせるゲームとなる。(川住貴)



7/11 トーチュウ


福西スタメン落ち
磐田市の大久保グラウンドで浦和戦(13日・埼玉スタジアム) に向けた非公開の紅白戦を行い、W杯日本代表のMF福西が先発から外れる可能性が強まった。福西はW杯後、右太もも裏側に違和感を訴え、6日の阪南大戦に出場しなかった。10日の紅白戦には出場したが、「痛みはなくなったが、100%完調ではない」と話した。福西が先発から外れた場合、ダブルボランチは名波と服部が務め、フリーマンには藤田が入る。


7/10 トーチュウ

名波浩日本代表4試合スタンドで一緒に戦っていた
日本中が熱狂したW杯。その熱気と興奮が冷めやらぬなか、7月13日からJ1が再開する。2006年W杯ドイツ大会に向け、日本サッカー界がリスタートする日。そしてこの日は、磐田MF名波浩(29) にとっても再挑戦の始まりを意味する。2000年アジアカップでMVPに選ばれながら、ケガでW杯2002大会の日本代表から外れた悲運のレフティーは、このW杯をどう見たのか、そして何を感じたのか。さらに自身のこれからについて、熱い思いを込めながらインタビューにこたえた。(聞き手=スポーツライター・増島みどり)

悲運のレフティーが見たW杯

素人みたいに
名波 W杯をよく見て堪能し、サッカーにしっかり取り組めた一ヶ月だった。ファンの皆さんに交じってスタジアムへの道を歩き、ボディーチェックを受け、荷物検査では、これ携帯です、ってね。こんな経験はないから新鮮であったし、いい意味で素人になることができた。
− 意外ですね。W杯は見てないだろうと思ってました。
名波 いや、ベルギー戦、ロシア戦はスタジアムで国家を聴きながら、不思議な気持ちになった。これまでピッチで何度も聴いたはずなのに、別の感動がある。いつの間にか、オレも一緒に戦うぞ、という気持ちになっていた。一方では本当に皆さんと同じで、オイ、今のファウルか?ロスタイム長げえよな、なんて文句を言ったりね。
− そこに自分がいない寂しさを思うことは?
名波 もちろん、そういう寂しさは感じていたし、代表に入らなかったことは確かに大きなショックを受けた。2大会連続出場のために 4年を積み重ねてきたわけだから。ただ、選考前に、こう考えることにしたんだ。もし選ばれても選ばれなくても、オレは日本代表を心から応援しようとね。それとやっぱり、サッカーが好きなんだろうね。改めてそう思った。
− 初戦はどうでした?
名波 前半は蹴って走る、まるで80年代のようなシンプルさで心配したけれど、意図した戦術だと聞いていたんでね。隆之(鹿島、鈴木) のあのシュートは本当に難しい。皆の気持ちと、トルシエが我慢し続けた思いと、全てが彼に足先に込められたシュートだったんじゃないか。あの 1点は日本に本当に多くのものをもたらしたと思う。
− ロシア戦は。
名波 プレスが非常に効いて持ち味が出せたゲームだと思う。勝ち点 3はうれしかった。明神(智和、柏) は決して目立つことはないがいいプレーをしていたね。戸田(和幸、清水) もJリーグのように気負いなくやっていたと思う。予選リーグ通して柳沢(敦、鹿島) も安定感のあるプレーだった。
− フランス大会のジャマイカ戦で名波選手と交代した小野選手(伸二、フェイエノールト)、同じ98年の経験者、森島選手(寛晃、C大阪=同年齢で共に静岡の高校出) は。
名波 伸二の体調は気の毒だった。でもトルシエの戦術では欠くことのできないポジションであり、伸二も腹を決めてプレーしたと思う。それと 4年前の出場時間(11分) への思いや悔しさが伝わって来る。気持ちの入ったプレーだった。モリシのゴールはもうメチャクチャうれしかったね。アイツが出てくるタイミングが分かんないから、こっちも心の準備ができなくて。でもあの時は(チュニジア戦) は後半の頭からで、何か仕事してくれるな、と予感があったね。
− 感動した場面はありましたか。
名波 特に 1点取った後の動きを見ているとね、やってやるぞ、行くぞっていうみんなの気持ちがプレーの躍動感に表れていて素晴らしかった。
− トルコ戦ですが。
名波 腑に落ちない、それだけ。比較されるけれど、韓国のヒディンク監督が 1点を奪おうと攻撃を厚くした采配とは違い、見ている者には分かり難い采配だった。
− 日本代表の総括は。
名波 外からではわからない色んな苦労をして、大変な思いをひとつずつ乗り越えた乗り越えた結果であって、本当によくやったと思う。よくやった、なんて簡単に終わらすなよって、アイツら怒るでしょうね。でも本当によくやった。


後悔していない
− ご自身の怪我、リハビリ、復帰について伺います。間に合わないと考えていたのですか。
名波 代表決定までにワンチャンス、それも自分だけ特別なものではなく、1試合の限られた時間でアピールするしかないと考えていた。ワンチャンスよりナビスコ杯に残り、試合カンの部分を万全にし、代表にはぶっつけで入ろうとプランは持ってましたね。ナビスコの仙台戦(5月12日、予選リーグ最終戦) でベンチにいたことが結果を分けたと言われたが、それも運。後悔はないし、実力で落ちたと言ったのは負け惜しみでもなんでもなく、本当にそう思ったからだった。
− キャリアでも経験のない長いリハビリ期間ですね。
名波 焦らないこと、これが全てだった。膝の靭帯は大丈夫でも軟骨が傷んでいることでカコン、カコンという感じの痛みが出るんだね。そこまでは我慢してもガコンと抜けそうな痛みになったら即止めるようにしていた。辛いのは高圧酸素治療で、膝に溜まった汚れた血を抜いて、軟骨の再生を促すために高圧で体の循環を良くする。週 4回程度特別な部屋でやるんだけど、辛かった。圧力がかかるとまるで深海にスーッと落とされていくようで……耳をキーンとするしね。意識も薄れて現実離れしていく間、チームが負けないでいることを考え(昨季リーグ戦年間 3敗)、アイツら頑張ってるんだ、オレもやらなくてはと物凄く勇気付けられたね。それと、やはりW杯のことを思いやり抜こうと。
− W杯では他国のサッカーはどうでしたか。
名波 W杯の楽しみは、自分が知らない国や選手を見る驚きになるんだと思う。トルコ対セネガルは、サッカーにも特徴があって勢いもある新しい力で、試合はノーガードの打ち合い、非常に面白かった。選手ではベルギーのウィルモッツ、彼は技術、人柄すべて素晴らしい選手だね。ブラジル戦で決めたヘディングがノーゴールとされた時も紳士的なコメントをしていた。もし自分なら、怒るか、へこむかで、あんな態度が取れたかどうか。チームではアイルランド。最近ゲームではいつもアイルランドを取るようになったよ、ダフとキーンのコンビはいいねえ、楽しかった。韓国は、らしさを十分に出していたと思う。
− ウィルモッツは33歳、4度目のW杯だったんですが。
名波 そう、年齢のことについて言えば森島も「これが最後だと思っていたけれど、終わってみればもう一度と強く思う」と言っいたしね。その通りだ。オレも今、そう思っている。
− 名波選手と言うと、私は、脱水症状で倒れたり、物をぶつけられながら苦しんで戦ったアジア予選(97年) を思い出す。
名波 勘弁してよ。2度と嫌ですよ、あんな辛いの。でも、ドイツ大会のことを言う前に先ず、あのシビれるような予選、これにまたチャレンジしたいよね。アジア枠(今大会4) も未定で、ホーム&アウェイの苦しさもある。でも、ああいう、後がない中でいい仕事をしてみたいと思う。
− 今大会でも、30代が味のあるプレーで活躍していましたから。
名波 そうだね。年齢を別にして次の目標を考えた時、他国で奪う勝ち点ではないかと。開催国としてではなく、海外で行われるW杯で、初めて奪う勝ち点 3、この新たな夢にチャレンジしたい気持ちはある。

4年後に向けて
− 差し当たって何から始めましょうか。
名波 もちろんJリーグのレベルとクオリティを高く維持することだろう。今回のゲームを見ていても、個人のテクニックなどで引けを取るようなことはなかったんじゃないか。一方では、800人くらいが所属するJリーグの選手がみんな、ある高いレベルにあるかと言えばそうではない。つまり、激しくてレベルの高いサッカーの日常を過ごす事が一番重要だと思っている。鹿島、マリノス、ウチ(磐田) が常にレベルの高いいいサッカーを続けてお互いを磨いて行くことが重要で、予選も、2006年も、自分自身の移籍のの可能性も、すべてここにかかっている。毎日の積み重ねがなくていきない大きな目標というのは、無理なんじゃないかな。
− 日本代表も新監督でスタートを切ります。
名波 トルシエとこれまでのチームは 4年という猶予を与えられていたわけだけど、これからは予選が一番の目標になる。チーム作りなどもこれまでとは全く異なるから、ジーコが監督にしても色々と大変だと思う。協会は選ぶ立場で、みなさんマスコミは評価する立場でしょう。じゃあ選手は監督の何を見ているかというと、先ず結果がどう出るか出ないか。次に選手の発掘を含めた起用法、トルシエに対してこの部分での不平はなかったではないかな。そして 3つめが、どういう考えを持った人なのかなという人間性の部分だろうね。鹿島の選手がみんな歓迎してるし、楽しみだ。もっとも神様なんだからねえ。オレなんか、子供の頃はジーコのフリーキックを真似していたクチだから、そんな偉大な選手が代表の監督なんて、先ずは驚きがある。
− W杯では、FIFA(国際サッカー連盟) ブラッター会長が、2002年は最高の大会ではないと総括していましたね。
名波 色々問題はあるだろう。でもオレはサッカーの純粋な部分、技術的やゲームの前向きな部分に対して賢明に努力をしたいし、高いクオリティーをずっと維持しようと考えている。W杯は終わった。そうして皆が新たにスタートを切る13日から、それを実現したいと思っている。


名波浩(ななみ・ひろし)
1972年11月28日、静岡県藤枝市生まれの29歳。177センチ、68キロ。清水商時代に高校選手権準優勝、高校総体 2連覇。順大から96年に磐田入団。95年から 3年連続ベストイレブン。99年イタリア・セリエAのベネチアでプレー。昨年、2度の右ひざ手術を受けて戦列復帰を果たしたがW杯代表は逃した。今月 3日に元モデルの石井未来(みく) さん(29) と結婚。年俸8000万円(推定)。


7/7 トーチュウ

高原いい動き
6日、磐田スタジアムで阪南大(関西大学リーグ1部) と練習試合を行い、4-0 で快勝した。MF福西が右太もも痛で欠場したが、ほぼベストの布陣。3日の名古屋戦で途中交代した中山、名波、DF服部、MF藤田らも90分出場した。得点できなかったFW高原は、「だいぶ良くなってきた。あとは、決めるべきところで決めるだけ」 と決定力を課題に挙げた。


7/6 トーチュウ

俊輔成功して!
磐田・名波が入籍会見
けがした辛い時期支えてくれた

3日に入籍を済ませた磐田のMF名波浩(29) は 5日、磐田市のヤマハ大久保グラウンドで記者会見を行い、入籍に踏み切った経緯や将来を語った。
今オフにも挙式を控える名波は、石井未来さん(29) とは98年に知人の紹介で知り合い、「(彼女は) けがをしたつらい時期を支えてくれた。互いに支えあって生活できる間柄」 と照れ笑いを浮かべながら話した。
右ひざの 2回目の手術で日韓共催のW杯日本代表には選出されなかったが、日本を代表する司令塔であることには変わりはない。「(日本は) 急にはうまくならない。Jのレベルを上げる意味でも、ジュビロは質の高いサッカーで勝ち続ける義務がある」 と13日に再開する第1ステージんい強い意欲を示した。また、イタリアのレッジーナに移籍する横浜の中村俊輔については 「彼のプレーは自分でも見習うべき点も多かった。成功してほしい」 と熱い期待を寄せた。(川住貴)


7/5 トーチュウ

3大会連続2004年五輪へ
アテネ頼んだ山本昌邦氏
日本人体制で挑戦

日本人指導者で最も国際経験が豊富な山本氏が、五輪代表(U-21代表) を率いて、04年アテネ五輪で 3大会連続出場を目指す。
コーチには今年 5月の U-21ツーロン国際大会(フランス) で 3位に導いた、ヘッドコーチの小野剛氏(98年W杯日本代表コーチ) が就任するとみられ、96年アトランタ五輪の西野朗監督(G大阪) 以来、2大会ぶりに日本人体制で五輪切符に挑戦する。
日本代表DFとして活躍した山本氏は現役引退後、92年U-19日本代表コーチに就任。96年には、28年ぶりに出場を決めたアトランタ五輪代表コーチ、97年世界ユース選手権では、U-20日本代表監督としてベスト 8に進出。
その間、中田英寿、松田直樹、宮本恒靖、柳沢敦、戸田和幸、明神智和ら今W杯の主力選手を直接指導しており、若手育成には以前から評価が高かった。
トルシエ体制下でも、99年世界ユース、00年シドニー五輪、今W杯と各年代のコーチを歴任。今回日本代表就任が決定的なジーコ氏はA代表に専念するため、山本氏に白羽の矢が立ったが、将来的には、A代表監督候補の 1人だけに、同氏への期待は大きい。

名波入籍
磐田は 4日、MF名波浩(29) が東京都出身で家事手伝いの石井未来(みく) さん(29) と3日に入籍した事を発表した。同選手は 5日に会見を行う。
名波はW杯フランス大会で日本代表の司令塔として活躍。その後、日韓共催大会で 2度目のW杯出場を目指したが、右ひざの 2度にわたる手術もあって、W杯代表から漏れた。そのW杯の本大会が 6月で終了し今回の結婚となった。
この日の名波は磐田市のヤマハ大久保グラウンドで行われたチーム練習前に同僚に結婚報告し、祝福を受けた。「結婚は大きな区切り。名波はこれで落ち着いてプレーできるが、ファンは減るかもしれないね」 とゴン中山は話していた。(川住貴)


7/4 トーチュウ

中山らW杯組出場
名古屋グランパスと磐田の練習試合が 3日、磐田スタジアムで行われ、名古屋のGK楢崎正剛(26)、磐田はFW中山雅史(34) ら 3人の日本代表がW杯後、初めて実戦に登場した。4人とも45分間プレーしてJモードに切り替えた。試合は 1-0 で磐田が勝った。

中山試行錯誤45分
試行錯誤の45分だった。それでもゴン中山は 「高原とのコンビネーション、プレスのタイミングもまずまずの出来」 と満足そうな表情だった。W杯日本代表の解団後、6月27日にチームの練習に参加して、わずか 1週間。肺動脈血栓からの完全復活を目指す高原とのコンビは約 3ヶ月ぶり。不安も多かった名古屋戦で、中山のボールを呼び込む動きは光った。