追記:プロフェッショナルファール

1999/06/25

プロフェッショナルファールについていろいろ(「定義と現状」、「マリーシアとスポーツ教育」)書いてみましたが、はっきりとした結論まで辿り着いていませんでしたね。

では、プロフェッショナルファールをするべきかどうか?

プロフェショナルファールが実在し、それが世界的に見て特別汚いわけではない、という話は書きました。では、それを推奨するべきかどうかというと、それも書いたように、それはその国の文化や、個人の考え方に拠るわけです。これが正解というものはありません。
サッカー発祥の地、イングランドのフェアプレーは、プロフェッショナルファールを認めないかもしれないし、南米ではマリーシアは当然のプレーかもしれない。
その国々に応じて、あるいはその人の価値感でプレーをすればいいのです。
(一方で、他国の文化を認めることも必要だと思います。)

僕が主張したかったのは、ひとつは故意のファールを汚いと決め付ける風潮に反対であること。
もう一つは、その原因となっている日本のスポーツ教育に反対であるということ。

繰り返しになりますが、日本においては教育が絡むことで、本来とは違う価値観がスポーツの場に持ち込まれていると思うのです。

日本においてその価値観の都合が悪くなっているちょうどいい例が見つかりました。

NBA においては、相手チームのフリースルローの時、ゴール裏で風船やプラカードを振って集中できなくしたりして邪魔をするのは当たり前の光景ですね。
バスケを見ない方はご存知ないかもしれません。これ、今では日本でも行われているのです。

これが一般に認知された有名な試合があります。
女子アトランタ五輪予選を兼ねる試合が静岡県草薙体育館で行われました。アジア最後の切符を賭けて対戦したのは日本と台湾。
予想外の台湾の健闘により、試合はもつれました。残り時間一分を切って日本はわずかに1点のリード。
そこで、日本は台湾に2本のフリースローを与えてしまいます。誰もが同点、逆転を覚悟しました。そして、その体育館で起きたものは、ゴール裏のみならず、体育館全体の大ブーイングやシュート失敗を願う騒ぎ声。(僕もブーイングしました。)
その思いが通じてか、台湾の選手は2本ともシュートを外してしまいます。そして、女子日本代表のアトランタ五輪出場が決まりました。
試合後、五輪出場を決めた選手達は、その体育館で相手選手にプレッシャーをかけた観客に感謝のコメントを残しました。

「相手のシュートを外させる為、集中させないため、あるいは、プレッシャーをかけるために大騒ぎする」
日本のスポーツ教育においては、こんなことが許されるはずありません。しかし、現実に日本のバスケのトップリーグである JBL、WJBL では行われている光景です。すでにスポーツ教育は崩壊しはじめています。
前に書いたように、これは無理に教育されているのが不自然なことなのです。バスケにおいてそういう観客の行動は世界標準で、国際試合で行っても全く恥ずかしくないことです。
そもそも、ホームチームがアウェイチームより大きな声援を受けるのは当たり前で、本当に公平を期すなら、観客なしでやらないといけません。そんな現実的でないことは誰も考えません。ホームチームが有利なのは当たり前、それで済むことなのです。

今まで教育されたことから、安易に NBA 方式に流される日本のファンの安直さは別に置いておくとして、まずはやりたいようにやる、その中から日本のやり方が見つかると思います。まあ、全体としては世界標準へと収束するのが望ましいと思いますが。


さて最後に「サポーターはプロフェッショナルファールを要求するべきか?」を考えてみましょう。

舞台はワールドカップ予選最終戦ロスタイム、このまま逃げ切ればワールドカップ出場が決まります。
あ、不意のカウンターでアジア屈指のスピードを持つ相手チーム FW と日本の DF が1対1になりました。抜かれたら失点の危機です!
さて、ここで DF は(見苦しい)ファールしてでも相手 FW を止めるべきでしょうか?

ワールドカップ出場を第一に考えたら、きっとファールが正解です。
でも、その選手 が「見苦しいプレーはしたくない」というポリシーを持っている選手だったら?

僕はこう考えます。
サポーターのあるべき姿」に書いたように、サポーターとは「家族を応援するように」選手やチームを応援する人だと思います。
あなたがその選手の家族だったらどうでしょう?
その選手が、日本代表に入るまでの努力、そして彼本人が一番ワールドカップに出場したいのだということを、あなたはよく知っています。その上で、彼が「ファールをしない」ことを選択し、その結果、実際にワールドカップに出場できなかったとしたら、「ファールをすべきだった」と彼を責めることはできますか?
家族なら、「彼の判断」を全面的に支持するのではないでしょうか?
(ちなみに、彼のポリシーは、背が高いとか、足が速いとかと同じ “個性” ですから、それを否定しても仕方ありません。彼の判断力まで含めて総合力で彼が代表に選ばれたのだから。まあ監督は「もっと足の速い選手を起用すればよかった」と同じように「ファールを厭わない選手を起用すればよかった」と後悔するかもしれませんが。)

そういう風に考えると「究極のサポーター」とは、結果を求めず100%選手のプレーを支持する人ではないでしょうか?選手の能力、考え方、全てを受け入れてそれを支持する。そしてただ応援する。選手が力を出しきれたら結果は問わない……。

うむ、その境地に達するのは、なかなか難しいかも……。