ジュビロの回り道
1999/05/02
ジュビロ磐田が、アジアクラブ選手権(アジア各国のリーグチャンピオンが集まってアジアナンバーワンを決める大会)で優勝しました。
Jリーグ昇格前からのサポーターとしては夢のような話です。
「Jリーグに昇格したら、(きっと)真ん中くらいにはいけるぞ!」
そう意気込むのが精一杯だったのですから。
そんなチームが、今や実力面で自他共に認めるJリーグを代表するトップチームになったのです。
Jリーグ開幕時点、ジュビロ磐田はJリーグのチームではなく、JFLのJ1という下部リーグのチームでした。Jリーグチームを選定する際に、政治的な要素で清水エスパルスとの競争に敗れたからです。そして、Jリーグに入れないだけではなく主力選手が(よりによって)その清水へ移籍するなど、チームとしては大きな痛手となりました。
しかし、その結果チームの世代交代が早まったとも言えます。
今シーズンのジュビロのレギュラーは、FW 中山、GK 大神を除くと、すべてJリーグができてからの入団選手です。(鈴木、久藤が、J昇格前年の入団。)
おそらく世界でも例がないくらい急速にレベルアップを続けている日本サッカーにおいては、若い世代の技術はベテラン選手のそれを上回っています。若い選手に経験を積ませることができるならば、総合力で、あっという間にベテランを追い抜いていくのです。とはいえ今のベテラン、すなわちJリーグが出来た時期にバリバリの主力だった選手をスタメンから外すのは、そう簡単な話ではありません。若手の経験を積む時期には、彼らのミスなどで試合を落とすことなどが十分あるからです。しかしジュビロの場合、Jリーグ昇格を逃したことから有力中堅選手が他チームに移籍。自然に若手に切り替え易い環境が出来ていたのです。
(もう一つ、J昇格後、外国人選手をたくさん取ることをしなかったおかげで、若手日本人選手を使う機会が多かったというのも大事なポイントです。更に付け加えるなら、次に述べる監督が自分のスタイルに合わない若手有望選手を切っていったことも。)
J昇格して3年間監督だったハンス・オフトについても触れないわけにはいきません。
オフトのサッカーは期待外れのものでした。そのサッカーは面白味に欠ける上、結果も残せませんでした。いえ、J昇格チームの結果としては上々であったかもしれません。しかし、J1時代からは考えられないほどの、実力派外国人選手、有望新人の獲得を考えると、やはり物足りないものでした。
特にその方針、「カウンター攻撃されるのは嫌だから、あまりボールより前に出るな」というリスクを恐れてばかりのサッカーは見ていて歯がゆいばかり。局面を打開する勝負のドリブルは禁止。ゴール近くのワンツーも禁止。放り込んでもゴール前の人数も少ない。当然点も入りません。(FW の負担が重く、個人技術が高いとはいえないタイプの中山が評価を下げたのはそのせいだと思います。)
正直な所、Jリーグブームが収まってきた頃に、優勝争いをしていてもスタジアムが満員にならなかったのは、オフトのサッカーがつまらなかったからだと思います。弱い浦和レッズがしっかりサポーターの心を掴んだのとは対照的。そこには、福田というカリスマとカウンターで「走る」という熱狂的なシーンがありましたが、磐田スタジアムで熱狂的なシーンはほとんど見ることができませんでした。
ところが、そのオフトの「ちまちましたサッカー」がもたらしたもの、それが今のジュビロのベースとなっているのです。ポジションに細心の注意を配り、パスをつなげて攻撃を組み立てるサッカー。国際的にもパスワークに定評のある日本サッカー、そのJリーグにおいても一ランク上のレベルでパスをつないでいます。個人的にも、他チームの試合を見ているとイライラすることが多いです。「ジュビロだったら(ポジショニングがいいから)そこで簡単にパスがつながるはずなのに。」
結局、それら回り道をしたことが、今の強いジュビロにつながったと言えるのではないでしょうか。
ジュビロの戦力推移を検証してみます。
J1時代といえば、だいたいこんな風に思ってました。
「うちには、日本代表の、中山、吉田がいるんだぞ。GK森下も元日本代表。アンドレの FK はリトバルスキー並だぞ。きっとJリーグに行っても真ん中くらいはいけるんじゃないかなぁ。」
J昇格にあたり、監督がオフトに決定。アンドレ、アルベルトら昇格に貢献した外国人選手が放出となったのはほんとに残念でしたが、ファネンブルグを獲得。元オランダ代表の大物です。
昇格直前に開催されたナビスコカップはエスパルスなどに敗れ、予選リーグ撤退ながらも、いくつかのJのチーム相手に勝利を収め、実力を見せました。
ちなみにこの時にエスパルス戦では、サポーター達が、エスパルスの旗に火をつけたり、喧嘩したり凄かったらしいです。それも既に書いたような経緯を知っていれば、サポーターの気持ちもわかろうというもの。
以後のJリーグのおける清水戦の大きな勝ち越しはその辺りの思い入れの差か?
そして、J昇格時に藤田俊哉が入団。「たまたま、その日の気分でジュビロに決めた」という彼の決断は、翌年「俊哉がいるから」と入団した名波の入団につながり、結果Jリーグの勢力地図に大きな影響を及ぼしました。
同じく昇格した年、シーズン途中にスキラッチを獲得。元イタリア代表で、ワールドカップ得点王です。
彼の来日初登場の試合のヴェルディ川崎戦の盛り上がりは凄かった。
そして翌年、言わずとしれたドゥンガの獲得。元ブラジル代表キャプテン。
わずかな期間ながら、この3人が同時に在籍した時期もありました。間違いなくJリーグ史上最高レベルの外国人選手の同時在籍です。それでも、選手の怪我もあり、その時期が強かったとはいえず、優勝には手が届かず。ところが今、日本人だけで戦っている時にアジアチャンピオンになってしまうのだからチーム力とはわからないものです。
しかし、結果的にこそ、そういう風になりましたが、これら1流選手がチームや選手の与えた影響は大きく、これもまた今のジュビロの強さの要因になっていることは間違いありません。