人の見える外交

1999/07/05

なんか題名を見ると凄い話っぽいですが、たいしたことありませんので(念の為)。

確か中学生の時だったか、こんなことを考えたことがありました。
ちょうど政治家の汚職などが世間を騒がせていた時代。それらを無くすにはどうすればいいか?
結局、性悪説論者だったのかな。つまり人間がやらなければよいのでは?と。

まず、様々な思想を持ったロボットを十分にたくさん用意します。主な論争のいろんな意見がほとんど全部網羅できるくらい。そして有権者は自分の思想に近いロボットに投票する。そしてある程度の票を得て、当選したロボット達が集まって主に多数決で政治を行う。
選挙違反や汚職はありません。国対政治もなし。昔からなんじゃそれって思ってた予算委員会で首相の子育ての主義を聞く必要もなし。
まあ、これって結局は直接民主制に近いんだろうとは思いますけど。

さて、現実的だとは思っていませんが、もし上記のシステムが上手く働いたとして、それは完璧でしょうか? 予算の配分や、新しい法律に関しては、多数決で決まるわけです。自分の希望通りでなかったとしても、まあ納得しますね。
でも、ここで思ったのは、外交はどうなるのだろう……。
そこには人間の姿はありません。
海外から、承服できない要求が来たらそりゃ断りますね。しかしこれはちょっと危ないですね。すぐに戦争が始まりそう。
使いたくない言葉ですが、衆愚政治に、より陥りやすい形とも言えるかも。

ということで、他のこともそうですが、特に外交はやはり人が間に立つことが大切かと。
思うのですが、戦争って、知らない人相手だから出来るのでは? まあ百歩譲って、ある程度知ってる人同士だったら戦争する確率は下がるのでは? (うーん、でも今時の戦争、紛争の多くは宗教的な理由が多いので、ちょっと状況が変わってきているかもしれませんが。)
例えば「鬼畜米英」という言葉。アメリカ人やイギリス人に友達がいたらそんなことが言えるでしょうか?

さて、人が間に立つこと、それは政治に限らず、どんなことであっても悪くはないでしょう。皇室外交もその一部になるのではないでしょうか?
ある友人で皇室制度に反対という人がいました。税金の無駄遣いではないかと。確かに純粋な理屈でいうと、これまで皇室が存在する理由って歴史的な意味以外には思い付きませんでした。しかし、人が見えたり感じられたりすることは、きっと無駄ではないと考えるようになりました。なんだかんだ言っても、イギリス皇室の話題は、我々にイギリスを身近に感じさせます。フランスやドイツよりも。それは、そこに人の姿が見えるから。

スポーツ外交なんか、必ず人間の姿が見えるのでいいですね。
日本人のメジャーリーグ挑戦は、日本とアメリカをより身近なものにしたと思うし、Jリーグやエフワンブームなどは、アメリカ以外の文化や価値観を知るきっかけになりました。(「
アメリカのスポーツとヨーロッパのスポーツ」参照)

特にサッカーが見せてくれた世界は、それまでになかったものでした。
UAE(アラブ首長国連邦)、カザフスタン、ウズベキスタン。ワールドカップ予選で対戦しなかったら、果たしてこれらの国の名前を覚えることがあったでしょうか?
地図の上でしか知ることのなかった国々。でもそれらの国にもサッカーのチームがあって、やはり日本と同じようにワールドカップ出場を目指す選手と、それを応援するサポーターがいる。

国の代表チームだけではありません。ジュビロ磐田は、アジアクラブ選手権でアジアチャンピオンを賭けて、中国の大連、UAEのアル・アイン、イランのエステグラル、と戦いました。10月にはアジア・スーパーカップでサウジアラビアのアル・イテハドと戦います。僕がそれらのチームの名前を覚えているわけです。それらの国のサポーターやアジアの“サッカー通”達も、ジュビロ磐田というチームを知っているはず。ほんとに不思議なことです。こんな田舎の街の名前を、遥か彼方に住んでいる国の人が知ってるなんて。
地図の上でしか知ることのなかった国、そこにも自分達と同じようにクラブチームとサポーターがいると知ったこと。Jリーグが出来ることで、一番大きな効果はこれだったのではないか、と思っています。