Formula 1 の話
1999/05/17
「野球の話」、「ラグビーの話」 とネガティブな話だったのですが、さて今回はどうでしょうか……?
Formula 1 って、いわゆる「F1(エフワン)」なんですが、「F1(エフワン)」という省略形を使うのは日本だけだそうで、僕は Formula 1(フォーミュラワン) と言うことにしています。
あの Formula 1 ブームがピークだったのは 1990 年頃でしょうか?僕もそのちょっと前の時期から(意識して)見るようになったファンの一人です。正確には 1989年の開幕のブラジル GP から。そして現在に至るまで、鈴鹿サーキットでの観戦が 5 回。TV放送は確か 1回見損ねただけで残りは全部見ています。
何がそれほど惹きつけるか?と聞かれると、これがなかなか難しい。正直、あまり詳しくない人が見たら、つまらないだろうなと思うレースも結構あるんですよ。ブームが去ったのも仕方ないな、と納得してしまいます。
おそらく単純にひとレースを見るなら WGP の方が圧倒的に面白い確率が高いでしょう。WGP も良く見るので、その面白さも十分理解しているつもりです。違いはというと、WGP (の特に 125cc や 250cc )には抜きつ抜かれつのシーンが結構頻繁に出てくるのに比べて Formula 1 はそういうシーンが極めて少ないこと。 物理的な車幅の問題や、チーム間の力の差などが原因です。
しかしこの点に関しては、少ないからこそ価値があり、そういうシーンを見ることが出来た時にはとてもエキサイティングなのです。サッカーの得点が入りにくいことが得点シーンの重みを増しているのと同じでしょう。
サッカーとバスケの違いみたいなものかな。どっちが優れているという問題ではありません。そういう特徴があるだけ。
ただ、確かに一度もパッシングがないとなぁ……。一本もシュートのないサッカーの試合じゃ、サポーターも暴動起こすよなぁ……。
以前に比べてパッシングが少なくなったのには、原因があります。最近作られたサーキットが安全重視でロングストレートや高速コーナーが少ないこと。さらに、けちったのかどうか知らないけど、道幅が狭いこと。
これらに関してはほんとにどうにかして欲しい。高速コーナーからのロングストレートがあるサーキットであればもっとパッシングシーンが増えるはずなのに。MEXICO CITY のサーキットのように、ストレートエンドにクランク状のコーナーが続けば完璧です。近年 MEXICO で GP が開催されないのは残念。どこかに、あれと同じレイアウトで、広大なエスケープゾーンを持つサーキットを作ってくれないかなぁ。( MEXICO はエスケイプゾーンではなく、路面整備の問題らしいけど。)
(追記 2000/03/17) 後で気がついたけど、今の Formula 1 って空力マシンだから、高速コーナーだと前の車のせいで車の挙動が安定しなくなるから後の車が不利ですね。じゃあ、セッティングが難しい複合コーナーからロングストレート、にしましょう。
それから、今の給油のシステムも止めて欲しい。「さあ、追いついたぞ」というところで給油ピットイン。順位はコース上ではなく、ピットで入れ変わっている状態です。以前のようなタイヤ交換だけなら、下位チームがタイヤ交換なしのギャンブルをしたり、レース序盤と終盤で車重が大きく違うことなどから車の個性が出てきて、わくわくするシーンが増えるはずなのに。
まあ気を取り直して、それでも僕が Formula 1 を見続けている理由を挙げてみましょう。
一番大きな理由は、ごく希に起きる好レースが本当に面白いこと。特に、予想していないことが起きるところ。
だって、「つまらない」=「予想通り」ですから。
予想外ということで、今までで一番印象に残っているのは、1990年の MEXICAN GP。1988年、1989年とマクラーレン・ホンダが圧倒的に強くて 1990年もまさにそのレースの中盤までは、同じ流れだったのです。当時 Formula 1 のファンになったばかりの僕たちにとっては、マクラーレン・ホンダこそが唯一のトップチーム。実際その前の二年間は、同チームのセナとプロストがチャンピオン争いをしていたのです。プロストがフェラーリに移籍したそのシーズンも、その GP までセナが圧倒的に強く、トラブルがない限りはすべて優勝していました。ところがそのレースは……。レース中盤以降、1周毎にセナとのタイム差を縮めていくフェラーリのプロストとマンセル。「これから凄いことが起きる!」 大袈裟でなく、本当に自分の心臓の鼓動が聞こえました。そして、パッシング! フェラーリの2台がワンツーフィニッシュするのです。
このレースの最中に友達から電話がかかってきたのをよく覚えています。「見てるか!」って。もちろん「見てるよ!」と。
他にも、セナ・プロ対決、シケインでの接触で有名な 1989年の JAPAN GP、カペリがトップを快走した 1990年の FRENCH GP、有名なマンセル・セナ対決の 1992年の MONACO GP など、シナリオには書く事が出来ない、予想のつかないレースをいくつも見ることが出来ました。
これらを見損なうとしたら悔しすぎます。
それから、盛者必衰を文字どおりやってくれるところも。まさかあのマクラーレンが全く勝てなくなるシーズンがやってくるなんて。そんなこと思いもしませんでした。と思ったら再び突然の復活で圧倒的に強くなったり。
消滅する名門チームがあるかと思えば、すぐに中堅から上位へと成り上がる新興チームもある。
似たようなことで、見続けていなきゃ!と思う理由がもうひとつもあります。
いつか日本人ドライバーが、あるいは日本のチームが表彰台中央に立ち、そしてチャンピオンシップ争いをする日まで、その経緯を見続けていたい、そう思うのです。もし、ほんとうにそういうことが起きたとしたら、それまでがどんなつまらないレースばかりだったとしても、それらをすべて帳消しにする、いや、それらを見続けたからこそより楽しむことができるだろうと思うのです。
ちょうど、マラソンレース観戦に似ているでしょうか?もしかしたら、勝負は 35km過ぎで、それまでは大した変化はないかもしれない。でもつまらない序盤から見ているからこそ、そのスパートが「満を持して」であったことがわかるのです。
けれど、まあいくらなんでも、上記のようないつ起きるがわからない劇的な場面をずーっと待ち続けるのも無理がありますね。
実は、そんなに退屈なレースばかりではありません。楽しむコツがあるのです。それを知っていれば、大抵のレースは楽しめます。多少の努力は必要ですが、他のスポーツでルールを覚えるのと同じです。今度はそれらについて書いてみます。
まずはレース自体の見方。
競り合ってるレースが面白いのは当たり前。
でも 15秒差がついている、一見独走に見えるレースでも、実は激しい競争が続けられています。一周ごとにガソリン消費で車が軽くなっていくと、ラップタイムも早くなります。同じタイム差だとすると、逃げる車も、追いかける車も、少しずつタイムを削り取っているのです。ここで削りすぎるとミスを犯してレースを失ってしまいます。そんな綱渡りのようなドライビングが続けられていることを知っているかどうかで見方も変わるでしょう。
ドライバーは、大抵はピットから前後にいる車とのタイム差を知らされていますから、前後の車が見えない場合も、そのタイム差を見ながらの駆け引きをしています。後ろの車はペースを挙げてプレッシャーをかけますし、前の車は伝えられるタイム差を見ながらペースをコントロールします。前を行く車が勝負どころでスパートをかければ、後ろの車は追いかける意欲を無くします。あるいは、前の車が後ろの車のプレッシャーに負けてスピンしてしまうと、後ろのドライバーが勝った、わけです。目に見える場所で戦ってはいないけれど。
車の種類(チーム)と、ドライバーを覚えるというのも大切ですね。
速いドライバー、堅実なドライバー、ムラがあるドライバー、ポカをしてしまうドライバー、雨の日のレースが得意なドライバー、そのキャラクターがわかると、ただのバトルの見え方も変わるでしょう。
速い車、遅い車、それらがわからないと、同一周回か、周回遅れなのかがわからなくなってしまい、レースの状況が分からなくなってしまいます。できれば全てのチームとドライバーを覚えていることが理想ですね。
そして、見えていない部分のレースの見方。
Fomula 1 ではチーム間の力の差が大きすぎて、どんなにドライバーが頑張ってもその差を埋めることができない部分があります。これをつまらないと感じる面もありますが、レースをしているのはドライバーだけでなく、チームである、ということを理解する必要があります。速い車を作る、壊れない車を作る、いいセッティングをする、いいピットイン作業をする。それもレースです。
レースウィークだけではありません。いいエンジンメーカーと契約する。資金集めでスポンサー契約を結ぶ。もしかしたら、ルールの網の目をくぐる、や、他チームの作戦にケチをつけて訴える。そこまでもがレースの一部です。
その部分も見ることができれば、独走レースにも理由があることがわかるわけです。
最後に、というか、ほんとは最初に出てくるべきかもしれません。思えば最初のきっかけはこの部分が大きかったですね。Formula 1 を語るにあたって外してはいけない、あの、色と音の洪水。
あの華やかに色とデザインはたまりません。大好きです。
そして、音。これに関しては生で聞いてみないと素晴らしさ、いや凄さがわからないかもしれません。初めて鈴鹿に行った頃は、V12、V10、V8 など様々なエンジンがありました。ホームストレート駆け抜ける際、遮蔽板との反射音と混じってジェット機のように聞こえたフェラーリV12 のサウンドは忘れられません。
軽やかなランボルギーニV12、低い音のフォードV8、そして低いけれど太さを感じるホンダV10、などなど。いずれにしても空気が悲鳴を上げている?非日常の音。
そして15万人の歓声。
年に一度だけのお祭り。
その非日常の魅力でしょうか。
多少、つまらないレースが続いたとしても、僕は Formula 1 は見続けるでしょう。