大人向け絵本
1999/08/18
『葉っぱのフレディ』(レオ・バスカーリア)を読みました。
ご存知の方も多いでしょう。大変人気のある絵本です。ただし、絵本といっても、木々の写真、挿し絵、文章との組み合わせですから、いわゆる絵本とはちょっと違うかもしれません。その木々の写真や、その構成が美しく、特に若い女性に人気だそうです。
さて、その『葉っぱのフレディ』、ネットで検索かけても称賛の嵐なわけなんですが、その嵐の中で逆風となりますが、否定的な意見を書いてみましょう。
この本の作者は哲学者だそうで「死別の悲しみに直面した子供たちと 死について的確な説明ができない大人たち 死と無縁のように青春を謳歌している若者たち」などに捧げられています。(おいおい、これが絵本の献辞か。)
また、編集者からのメッセージには「自分の力で考えることをはじめた日本の子どもと 子どもの心を持った大人たちに贈ります」とあります。
(本論から外れますが、この「子どもの心を持った大人」っていう言葉、『星の王子様の世界』の一件以来、安易に使われているのではないかと感じるようになりました。特にこの本については、テーマにあんまり関係ないような……。あまりの心地よい言葉に、言葉だけが一人歩きしているというか、思考停止、思考放棄のおまじないになっているというか。まあそれは置いといて。)
つまり、随分、大人を想定している本であるわけです。実際読んでみて、これって子どもが読んで楽しいのかな、というのが感想。こどもが、葉っぱの生涯を実生活の「生と死」に結び付けるものでしょうか?
ストーリーもそう。まあ子供の反応って全く予想できない部分があるので、もしかしたら葉っぱの擬人化を面白く感じるかもしれませんが、それほど面白いお話とは思えないです。
ということで、もうこの本は大人向けのものだとして話を進めてしまいます。
そもそも、大人向けの絵本とはどういうものでしょうか?
子供の頃を懐かしむもの? それだったら、大人向けである必要はありません。
子供向けであるはずのものが、大人でも十分鑑賞に耐えうるもの? これも大人向けにつくられるものとはちょっと違います。
とすると最後に考えれるのは、手法としての絵本。大人向けの内容を、本来子供向けの手法である「絵本」というスタイルを用いる事で、少ない言葉、少ない事象で、素朴さ、内容のシンプルさ、ストレートさ、そういう効果を得ることが目的でしょう。
この『葉っぱのフレディ』は手法としての絵本だと思います。だとすると、その技法を検証して論評しなくてはなりません。
さて、絵本という表現方法を上手に使った作品に仕上がっているでしょうか?
これは全くの主観的な感想の部類に入りますが、僕はそうは思いませんでした。
わざわざ、絵本という手法を取っているのだから、子供向けのような、簡単な言葉で簡潔に物語を語って欲しいと思います。ところが、この本はしゃべりすぎたと思うのです。もちろん、文字が多いという意味ではありません。例えば、いろいろな葉っぱがあるという説明は人間へ比喩としてわざとらしく感じるし、秋になり紅葉の状態が一枚一枚違うことに関して中途半端に科学的な説明がしてあったり。どうも理科か道徳のテキストのような印象を受けてしまいます。
ということで僕はこの本はあまり好きではありません。
それほどたくさんの絵本を読んだわけではありませんが、僕が、大人向け絵本として評価するのは『大きな木』(シェル・シルヴァンスタイン)です。これは読んだあと「うーん」と唸りました。これは読めば明快な「無償の愛」や「奉仕の精神」などのテーマが感じられ、それを明らかに絵本の中で語っています。実は結構息苦しいお話で、読んでる途中はちょっときつかったですが、最後に救いがあって助かりました。
実際、子供が読んで面白いかは多いに疑問、というか、はっきり言って多分面白くないと思います。あるいは、大人が笑えない部分、その「木」が身を削る部分を面白く感じるかもしれません。ちょっと子供に勧める気にはならないです。
正直な話、大人向け絵本というもの自体に、ちょっと抵抗あります。子供が読んで十分楽しめ、且つ大人が読んでも十分楽しめるのなら構いません。しかし、上で述べたような本は、子供にはちょっと、という感じ。
そもそも、それらの本がテーマとしている「命」や「愛情」や「奉仕」などは、きっと『聖書』や文学作品の中にあったものだと思うのです。結局は、それらよりも簡単に読むことの出来る絵本で、お手軽にそれらを考えるきっかけを与えてくれるものです。簡単なのは悪いことではないでしょうが、それって思想や哲学の「コンビニ化」と言えるのではないでしょうか。
まあ、この多様化の時代、時間のない現代人にとっては、簡単にできることが求められるのが必然なのかもしれません。
また『大きな木』のように、手法としての簡潔さが効果を出しているものがある以上、ジャンルとしては認めないわけにはいかないですね。
ところで『子供の頃の愛読書』でも書いた『ちいさいおうち』。
子供の頃に読んだ時は、家の周りの風景が変わることや、最初へ戻る繰り返しを面白いと思いました。それだけで十分面白かったです。
しかし、大人になった今読むと「輪廻」、「万物流転」、(『葉っぱのフレディ』で作者が伝えたかったらしい)「命の繰り返し」といった物に勝手に結び付けて考えてしまいます。本来意図されたものなのかどうかはわかりませんが。
最初から大人向けのものより、そういう絵本の方が面白いなぁと思います。