音楽の楽しみはふたつの種類がある
2007/11/03
最近 “ニコニコ動画” を、メディア論的やマーケティングなどの観点で語っている文章をよく見かけます。“CGM”、“オープンソース的”、“マッシュアップ”、“プロシューマー”、“ゆるいSNS” あたりがキーワードでしょうか。僕も “ニコニコ動画” については様々な観点で興味があるのですが、ここではそれらとは違うシンプルな話を書いてみます。
これまで長い間、音楽に対しては一般の方より多少は深く関わってきたと思っているのですが、今回以下のことを初めて認識できました。といってもそれは当たり前のことで、どうして今まで気が付いていなかったんだろう、と思うくらいの話でした。
音楽の楽しみはふたつの種類があります。
ひとつは、音楽的高尚さを求めるもの。音の良さ、楽曲の質の高さ、演奏や歌の上手さ、そういった類のものです。これは当たり前過ぎて説明の必要はありませんね。
もうひとつは、何か別の目的のための “ツール” として音楽が存在して、それによって楽しむもの。これを意識させてくれたのが、“ニコニコ動画” における “歌ってみた” や “演奏してみた” の動画でした。
ニコニコ動画には様々な音楽コンテンツが投稿されています。その中で再生数が多くて人気ランキングに上がってくるのはほとんどがアニメ OP/ED (主題歌/副主題歌) やゲーム音楽に関わる物で、それらを素材とする MADムービー、あるいはそれらを演奏したり歌ったりしている動画です。それ以外では稀に超メジャー曲が人気になることもありますが、一般的な音楽チャートに出てくるような J-POP ヒット曲は、投稿はされているものの再生数はそれらには遠く及びません。
このことは決して不思議なことではありません。なぜならばこの “ニコニコ動画” というコミュニティに集まる人の多くが、アニメやゲームという (主にアキバ系の) オタク文化が大好きな人が集まっているからです。ここにおける音楽は、オタク文化を楽しむための “ツール” として存在しているのです。こういった別のものを楽しむためのツールは、高度な音楽性とか演奏技巧的な話は (無関係とは言いませんが) あくまでも二の次です。ですから “ニコニコ動画” の “歌ってみた” や “演奏してみた” には、決して上手とは言えないものが人気になることがありますし、失敗した演奏がそのまま発表されていてそれが人気だったりします。独自にアレンジを加えたり、台詞を追加したものまであります。こうしなければいけないというルールはありません。面白ければ、楽しければいいのです。
こういった音楽がツールとして使われるのは、実は特別な話ではありません。例えば全国各地にあるお祭りには “祭囃子” があります。あれらは歴史的に残ってきたものですから悪い物が伝え残っているわけはないですが、その祭囃子自体の音楽性を優先的に議論する人はいません。あれはお祭りというコンテンツを楽しむために必要な音楽なのです。内容は二の次です。
アイドル歌手のヒット曲も同じ話です。そのアイドルが歌うことが重要であって、音楽的な要素は (もちろんこれも無関係というつもりはありませんが) 二の次です。これも音楽がツールとして楽しまれているわかりやすい例です。
こうやって考え直してみると、こういった考え方自体は全然不思議な話ではないのですが、僕は今回初めてその認識ができました。僕と同じように認識できていなかった人は結構いるのではないでしょうか。特に自分で楽器演奏をしたり音楽制作をしたりする人ほど、音楽的高尚さを求める余り後者の考えを見落としている可能性が高いと思います。そういった人はきっと、ヒットチャートにあまり歌の上手くないアイドル歌手の曲が並ぶのが不満だったり、(最近あまりいないと思いますがかつては非常に多かった) 洋楽至上主義だったりした人でしょう。前者の価値観をあまりに優先して考えているからそう思うわけで、世の中のヒット曲とは前者と後者のそれぞれの価値観の混合状態 (まあ実際は後者の方が強いでしょう) であることを理解すればなんの不思議もないはずです。世の中のヒット曲について、楽曲レベルだの歌や演奏のレベルを (批評するのは問題ありませんが) 求めることがそもそもの間違いなのです。
こういった “何かを楽しむ” ことについては、音楽以外でも同様の議論ができます。よく例え話として使われるのはが 「世界陸上より子供の運動会」 です。世界レベルの競技は確かに素晴らしいけれど、子供の運動会の方が楽しみだし、大事だと思う人がほとんどのはず。一方で子供の運動会を “レベルが低い” と馬鹿にするひとがいたら、それこそ頭がおかしいと思われるでしょう。我々の “楽しみ” とはそういうものでレベルとか技術がどうこうというものではないのです。
ところが、こと音楽に限っては子供の演奏会でも前者の音楽的高尚さを意識してしまわないでしょうか? 「上手演奏できてよかったね」 「失敗して残念だったね」 そういう会話をしていませんか?なんとなく思うのは、これは音楽教育の影響があるように思います。音楽の授業において、縦笛やハーモニカや歌を一人づつテストされることなど、上手く弾ける、上手く歌えることが良いという価値観が刷り込まれてしまっているのではないでしょうか。
本来音楽の楽しみを伝えるための学校の授業に相応しいのは “ニコニコ動画” にあるような、音楽を利用して好き勝手にアレンジしたり演出したりして、採点するとするならば、どれが一番楽しいか、どれが一番面白かったか、であるべきではないか、そう思います。
実は “ニコニコ動画” に関してはこの続きの話があります。
Vocaloid 初音ミク を使ったオリジナル曲の発表です。アニメやゲーム中心だった“ニコニコ動画” にそれらとは関係のない “オリジナル曲” が多数発表され、しかも人気になってランキング入りするようになりました。これは今までには考えられないことでした。
これに対してはふたつのことが言えると思います。
ひとつは “ニコニコ動画” というコミュニティが “初音ミク” というキャラクターを成長させていったということ。だから、絵を描く人が出てきたり、CGモデルを動かす人が出てきたり、彼女の為に作ったオリジナル曲を発表したわけです。単なるオリジナル曲と、“初音ミク” オリジナル曲は少し違うのです。これは従来の流れの延長上にあると言えます。
もうひとつは、“初音ミク” をきっかけに “ニコニコ動画” に (これまでいたようなアキバ系オタクとはちょっと別種類の) レベルの高い音楽制作者が流入してきた結果であると言えると思います。そしてたくさんのオリジナル曲の中で、どの曲が人気がでるかという状況が発生しました。そうなると、前者の音楽的高尚さの話も出てくるのです。“ニコニコ動画” は後者の楽しむためのツールとして音楽が存在するのがほとんどだったところに、前者の価値観が流入してきているわけです。
これから言えるのは、“ニコニコ動画” が才能を集める力を持っているということです。音楽や映像、かっこいいから笑いまでも含めた様々なセンスの良さ、全ての分野の才能をかき集めることができる懐の深さが “ニコニコ動画” の最も注目すべきポイントのひとつでしょう。
(実はこれは “ニコニコ動画” の独自なものというよりもは、アキバ系オタク文化が持つ特徴なんですが。)