最近のスポーツについての雑記 〜バレーボール・ボクシング・競馬〜

2006/12/31

バレーボール

先日行われた、
2006世界バレー の話。
バレーボールについては今まで何度か書いてきました。(『
バレーボールの話 (再考)』) フジテレビが始めたアイドル起用の応援や、過剰な場内での日本の応援。確かに不快ではありますが、メリットもあるから仕方ないと思ってきました。 しかしそれらは更にエスカレートしていたようです。今回のトピックとしては、最終日の決勝戦が日本戦の前座試合であったこと、日本戦だけTV中継の都合での休憩が入る特別ルールであったこと、あたりです。
今回特筆すべきはそれらのことと、過去から行われている日本でばかり開催されること、日本有利な日程が組まれること、などと合わせて、朝日新聞が指摘して紙面に載せたことです。ネットで見る限りこの話はかなり話題になっているので、今後のエスカレートを防ぐことができるかもしれません。

さて、個人的に今回気になったのはそこに指摘されていなかったTV放送延長についてです。
そもそも、録画中継なのに放送延長っていうのはどういうことでしょうか。しかも、好ゲームを長く放送したいというのならまだ理解できます。ところが、3セットのストレート負けの試合も10分だけの放送延長をしたのです。それって、明らかに9時またぎをやりたかっただけでしょう。そのせいで、その後の番組のTV録画時間を気にする側としては不愉快この上ないです。

今回の世界バレーを楽しんだ人に言わせると、「放送時間が未定の方が試合展開の先が読めなくて良かった」 とのこと。確かにそういう面はあるでしょう。ですが、今までだったらバレーボールに興味ない人はTV放送を見なければ良かっただけですが、放送延長されることで今まで全く無関係だったのがバレーボールに対して迷惑に思う人は出てくるわけです。それによって、アンチバレーボールの人が増えるのではないかと思いますがどうでしょうか?
まあ、この件に関しては、すでにある EPG などで録画時間を自動にずらす機能が一般化すれば問題にならなくなるのかもしれませんが……。


ボクシング

亀田兄弟について思うこと。

時代と共にやり方を変えていかなければならないというのは理解します。話題づくりを重視することが、大きなビジネスにつながるし、競技としても注目を浴びることがメリットになります。
ただ、物には限度というものがあるはずです。特に良くないと思うのが “不透明感” です。どうして日本人相手に戦うこと無しに世界戦までたどり着くのか? 相手が弱いんじゃないか? というのが亀田兄弟における代表的な不透明感です。それがあるからいろいろと批判されるわけで、本人らは最近の批判をイジメ的なバッシングと捉えているようですが、それなりの理由があると考えます。

さて、個人的に思うそれとは少し別の話。
あの傍若無人な態度、対戦相手を見下し自分の力を誇示することですが、あれはどうなんだろうと思います。というのは、「俺は強いぜ。世界一だぜ」 と粋がっても良いのはヘビー級の選手、あるいは無差別クラスのチャンピオンだけだと思うのです。
はっきり言ってしまうと、亀田兄弟などウェイトの軽い選手は、例えば K1 のボクシングを専門としていない選手とボクシングをしても負けます。ボクシングでなくてもいいけです。おそらく多くの大型の柔道選手や相撲取りと喧嘩をしても負けます。冗談ではなく、日本中に亀田兄弟と喧嘩して勝つ素人スポーツ選手は結構いるはずです。
ボクシングにおいてウェイト制というルールに守れらた中でのチャンピオンなのに、何をあんなにアウトロー的な振る舞いで粋がっているのだろう?と。まっとうな格闘家はそういうことをする人はあんまりいないはず。あれでは街のチンピラです。カッコ悪いことこの上ないと思います。


競馬

自分としては競馬はそれほど注目していませんが、基本的にはモータースポーツと同様のものだと思っています。
速い馬と良い騎手が組めば圧倒的な強さ。でもそれは不公平ではなく、誰がどの馬に乗るかという時点から既にレースが始まっている、というのはモータースポーツそっくりです。

ところが、今回のディープインパクトの引退の件については、あれ?っと思いました。ご存知だと思いますが、ディープインパクトの引退はお金の問題です。今引退することで種馬として莫大なお金を稼げるわけで、このあと力が衰えてからではその金額が減ってしまう可能性があります。だからこのタイミングで引退するわけです。

普通、一線級の実力を持ったスポーツ選手の引退は、年齢なり怪我なりで力が衰えたことで引退ということになります。まれに力があるうちに引退することもありますが、まだまだピークに達しているかわからないところで引退というケースはまずありません。ディープインパクトは、世界への再挑戦や、勝利数など、もっと凄い記録を残すことができるのではないかというところでの引退。異例のことだと言えるでしょう。
それから引退を決めるのは、実力が伴わなかった場合に解雇されるようなケースを除くと、普通は本人の意思で決まります。もちろん、馬は人間ではありませんから自分で引退を決めることはありません。とすると最初に例えたようにモータースポーツのマシンに対応して考えるのが妥当かもしれません。例えば Fromula1 には勝利を重ねた評価の高いマシンがあります。しかし、まだ勝てる状態でありながらそのマシンを引退させて売り払うようなことは、Formula1 ではまず考えられません。それは売り払って儲けることよりも、勝利の方が明らかに価値が高いからです。

そう考えると、今回のディープインパクトの件は “競馬の勝利の価値が種馬として利益を稼ぐことより価値が低い” ということが明らかになった、そういうことを表明した出来事だと言えると思います。競馬における血統の問題があるとはいえ、これはちょっとどうなんだろうと思いました。
世の中の物事はなんでも白黒決められる物ではなく複合的なものであるのは当然です。しかしながら多くのスポーツ競技は、多くの人が勝利を第一の価値として競っているわけです。しかし、競馬はスポーツではあるけれども背景にいる実際には競技をしていない人達によるお金儲けの方がかなり重視されている、そう考えられても仕方がないと思います。