ジーコ・ジャパンの話
2005/07/17
コンフェデレーションズカップの、特にギリシャ戦とブラジル戦で日本が見せたサッカーはなかなか面白いサッカーだったと思います。びびって長いパスでリスクを避けるのではなくちゃんとパスをつなぐことを目指すサッカー。それは相手がブラジルであろうと変わらない真っ向勝負でした。
ただしブラジルとの引き分けについては、グループリーグのブラジルは決勝トーナメントの本気のブラジルとは別物だし、ちゃんと見れば技術的なレベルの違いは歴然としているわけで、言われているほど善戦だとは思っていません。けれども、少なくともサッカーの本場欧州の人々に見せても恥ずかしくないサッカーだったと思います。それだけでもう十分誇らしいことです。
これによって変わったのは世間のジーコへの評価でした。もちろん、結果 (これは内容を含んだ結果という意味。『代表監督に関する考察』 参照のこと) を出せば評価が上がり、結果を出さなければ評価が下がるのは当然ですから、ジーコの評価が高まるのは当然の結果です。
さて、昨年 『ジーコ・サッカーが嫌いな理由(わけ)』 を書きました。そこに書いた考え自体は今でも変わっていません。ジーコにとって危なかったのは選手を集めて時間の少ない状態で戦うW杯アジア最終予選。アジアカップやコンフェデレーションズカップのようなまとまった期間で行われる大会は、選手が自分達でコンビネーションを作り上げていく余裕があるので、チーム状況は試合を重ねる毎に良くなるはず。などなどまったく予想通りの結果になったと思っています。
ジーコが代表においてどういう指導をしたかというのは、選手のコメントからだいたい想像できます。稲本はディフェンスのある程度の約束は 「ジーコが決めたほうがいいと思う」 と発言してましたし、中澤はバーレーン戦前の 「合宿で選手らのミーティングで一気にびっくりするくらい良い状態になった」 と発言しています。やはり、ジーコはかなりの部分を選手に任せたのは確かだと思います。
ただし、バーレーン戦の頃にはジーコが守備練習をして指導したという報道もありました。もちろん意外なことだったのでわざわざニュースいなったわけですが、ジーコとしても切羽詰って柔軟に方針変更をしたケースもあったということなのでしょう。(この柔軟な判断ができること自体は評価すべきことだと思います。)
実際のところ、ジーコがW杯アジア予選を切り抜けたのは幸運な面があったのは確かです。なんといってもアジア枠 4.5 というのは、日本サッカーのレベルにとってはかなり楽な合格ライン。他の平均的なレベルの監督だったら誰でも可能だった、と言ってもいいでしょう。そして、中田というリーダーがいなかったら、果たしてチームはまとまったのか?なども。
ただし、そういう危ういチーム作りをしながらも、結果的にはジーコはチームのレベルを一段高いレベルに上げたというのも認めざるを得ません。このチームを一段高いレベルに上げたというのは、選手らが自分達で判断することができるようになったということです。既に書いたように、選手らがミーティングで問題解決を図り実際に解決したということです。これにより、この先もっと厳しい場面に直面した時、今ままでよりも選手に適応能力ができたのではないか、と思われます。
もしジーコではなく、戦術的に優れた才能を持つ監督がアジア予向きの適切な戦術を授ければ、W杯アジア予選はもっと簡単にクリアできたでしょう。けれども選手個人のレベルとしては、あくまでも監督の駒としてのレベルの選手に過ぎなかったかもしれません。
ジーコに厳しい意見ばかりだったのになぜ急にこんなことを言い出すかというと、実はこれと同じようなことがジュビロ磐田にもあったのです。1998年のバウミール監督の時でした。この監督は両サイドバックを攻撃参加させ、最終ラインが2人しか残らないような超攻撃的な戦術をとるのですが、そのおかげでこっぴどくカウンターをくらうことが良くありました。その対策をしたのは、監督ではなく選手でした。後に服部選手は 「監督が何も言わないので自分達で考えることを覚えた」 と発言しています。
この後、ご存知のようにJリーグ史上でもかなり上位にランクされるであろうジュビロの全盛期がやってきます。その全盛期に言われたのは 『ジュビロの選手がサッカーを良く知っている』 ということでした。それらに、バウミールの 1年ので選手らが自分で考えたことが影響しているはずです。
バウミールもジーコも、狙ったのかどうかはともあれ、とにかく監督に任されることで選手は成長したように思います。日本サッカーのレベルアップという観点で考えると、こういった選手が自分で判断するような経験も必要な気もするのです。(日本代表においてそれをやらなければいけないか、というとそれは疑問ではありますが。)
まあそうったことは置いておくとしても、とにかく結果を出したジーコは賭けに勝った、のです。(本人は賭けだとは思っていないのでしょうが。) 賭けに勝ったのだから、W杯本戦の監督として迎える資格があります。何事においても、結果を出したものは評価されるべき。これは公平さを保つための絶対のルール。
ということで以後、僕はジーコが代表監督であることに文句は言いません。
ではジーコに満足しているかというと、そういうわけでもありません。不満は選手選考。ほんとうに日本サッカーのベストなメンバーなのでしょうか? コンフェデレーションズカップで評価を上げた選手にしても、あれだけ長い期間我慢して起用したらそりゃ選手はフィットするし経験を積むでしょう。他の選手で同じような、あるいはそれ以上に成長しそうな選手は本当にいなかったのか? などなど。
しかしながら、現在ジーコ以外の年代別代表が目指すサッカー ( 「山本ジュビロと大熊 U20」 参照のこと) をみると、あれよりはジーコのサッカーの方がいいです。向いていると思わない戦術に無理やり選手を押し込むよりは、放任によって自分らに向いた姿を追求する方が遥かにマシです。
サッカーって難しいなぁ……。
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