中山が PK を蹴ることについて

2005/10/03

Jリーグ26節、東京ヴェルディvsジュビロ磐田のロスタイムは、ほんとにこんなことが起きるんだな!という展開になりました。

4-3 と1点リードしていたジュビロは、試合終了間際に相手のファールでPKを獲得します。しかもその際の抗議で東京ベルディの選手は 1人退場。PK が決まればもちろん試合は決しますが、そうでなくても試合は勝負あり、という状況でした。
ところが PK を蹴った中山はボールをクロスバーに当てる失敗。その跳ね返ったボールによるカウンター攻撃から東京ベルディがファールを獲得。その FK をワシントンが直接ゴールして同点に追いついてしまいました。試合はその直後に終了。

この試合、サッカーという競技に起こりえる可能性の大きさをまざまざと見せ付けたわけで、第三者的には素晴らしい価値のあった試合であったと言えるでしょう。
しかし、それでは済まないのはジュビロのサポーター。なぜこんなことに? と思ってしまうのが当然でしょう。

なぜそうなったか?
別に今回のプレーに限りませんが、そういったことの原因を簡単に結論付けることはできません。大抵は運も含めて複数の原因に組み合わせです。そもそも PK をとられなければあのような展開にならなかったかもしれないし、PK がクロスバーに跳ね返らず、ピッチの外へ出ていても展開は違っていたかもしれません。失点の原因となった茶野のファールも軽率なプレーであったといえるでしょう。ただし、それらがプレーの流れの中から起きたことであり事前に状況を想定して意図的にコントロールすることが難しいことに比べると、比較的コントロールが可能であったことがあります。それは PKキッカーの選択です。


さてここから “中山が PK を蹴ること” について話を進めていきます。
僕は元々中山が PK キッカーであることに反対で、随分昔にも某所で主張したことがあります。確か二度目の桑原監督の時だったのではないかと思いますが。今も当時と同じことを考えています。その主張を書いてみます。

中山が PK を蹴ることに反対です。理由は簡単、ジュビロサポーターなら誰だって知っているはずですが 中山は PK が決して得意でないからです。
どうして PK が得意でない選手が PK を蹴ることに反対なのか? それはベストを尽くしていないからです。もっと PK が上手い選手がいるのにも関わらず、それほど得意でない選手が PK を蹴るのは、チームが最善手を選択していないということです。それは、追いつけたかもしれないボールを諦めてしまったり、守備の為に戻るべき場面でサボってしまったり、軽率なプレーをしてボールを失ったり、相手を軽んじて試合開始から集中していなかったり、などのプレーと全く同じレベルのものです。技術的に不十分だからミスをしてしまったというのとは違う次元のものです。これは “甘え” でありプロフェッショナルが許されることではありません。

ただし、世の中の物事が全て白黒で決めきれないように、一方で中山が PK を蹴ることにメリットがあることも理解しています。それは当時も桑原監督は明言していた通りで 「中山が点をとるとチームが盛り上がる」 です。これを否定する気は全くありません。
PKキッカーの選択は様々な要素を包括した上での結論として決まります。仮にガンバ大阪において、もしアラウージョが得点王争いで競っているなら彼に蹴らせるべきだろうし、現在のようにアラウージョは余裕で得点王が取れそうなら、ガンバ大阪の営業的な理由で日本人選手のエースである大黒に蹴らせる判断もありでしょう。ある選手がハットトリックがかかっているならその選手に蹴らせても良いです。自分のプレーで PK を獲得したら自分で蹴るという考え方もありでしょう。
場面によっても違うはず。余裕がある場面と競っている場面では違うでしょう。ある試合で GK が PK を蹴ったことがありましたが、仮にそれが話題作りの為であっても、その場面が余裕のある場面であれば問題ないと考えます。

桑原監督が言うように、中山が得点すればスタジアムは沸いて盛り上がります。それがチームに良い影響を与えると言うのは説得力があります。ただし、それは中山が PK を失敗する確率を考え、結果的にどちらにメリットが大きいかを考えた上で判断するべきです。その結果、人によって判断が違うということもあるでしょう。
このように、PKキッカーを決める結論がひとつであるとは思いません。僕は個人的な意見として、中山の技術と、中山が点を取ることのメリットを合わせて考えた上で、少なくとも勝負を決するような重要な場面では中山は PK を蹴るべきでない、という考えをしているというだけです。重要な場面ではリスクが大きすぎるという判断です。このリスクが極めて大きいことは、過去のデータを見れば明らかです。


さて今回の話、実は最後はここに辿り着くつもりで書き始めました。上記のように PK を誰が蹴るかを決める結論はひとつではありません。しかし、考えてみたいのはその決断に辿り着く思考です。

桑原監督が 「中山が得点するとチームが盛り上がる」 というのは、まあなんとなくわかるのです。というのは、桑原監督というのはあまり緻密な戦術で戦うようなタイプとは思えないからです。初めてのチャンピオンシップで、ドゥンガと名波と藤田を交代して勝ってしまった時から 「この監督、勝負師だ!」 という印象を持っています。昨年、高齢化が進んで崩れていったチームを何も手当てできずに立て直せなかったこともそう。そういう大雑把な思考をする監督が雰囲気などを重視するのはまあわかるのです。

しかし現在のジュビロの山本監督はそれとは違うように思っていました。ユースなどの日本代表スタッフ時代での有名なエピソードである給水の話。こまめに水分を補給すること、その時の水の温度がどうのこうの、などなど、勝利のためにとても小さなことまで気を配る、そういう思考をしていると思っていたのです。
(追記 2005/10/16) 他の例だと、速い攻撃の必要性の根拠として、ワールドカップにおけるシュート成功の何パーセントがボールを奪ってから何秒以内、というデータの話。それから最近のジュビロのローカル番組で言ってたのは、練習後何時間以内に栄養を補給すること、など。そういった科学的データを根拠とするのが好きな監督であるのは間違いないと思います。
それなのに中山が PK を蹴るというのは、どういう思考なのでしょうか?
山本監督がどういう思考で中山に PK を蹴らせているのかは興味があります。桑原監督と同じように多少はギャンブルだが中山が点を取ることに価値があると考えているのなら、桑原監督と同じような大雑把な考え方の監督だなということになります。一方、「中山でも大丈夫だろう」 と軽く思っていたのだとしたら、今度はその選手の能力の把握力についてかなり疑問です。普段インタビューなどで発言しているコメントなども、ほんとに信頼できるものなんだろか? と思ってしまいます。


今年のジュビロで開幕直後に多かった最終ラインからのロングパスはシーズン途中からチームの立ち直りと共に随分減りました。中断後にどうなるのか注目していましたが減ったままでした。僕は山本監督は戦術の嗜好の違いであまり支持していないのですが、この路線変更は現実に対応した柔軟さであり、評価したいと考えています。 かたくなに結果の出ない手法をやり続けるより遥かに良いことです。
これもあくまでも個人的な希望に過ぎませんが、その柔軟さで PK キッカーの変更もして欲しいと思っています。


もうひとつ、中山の PK についてとても気になっていることがありました。今年の中山の PK は (僕の知っているのは) 柏戦の 2試合で、今回が 3回目。そのうち成功した 2回とも、彼は真ん中に蹴りこんだはずです。そして今回も外したのは真ん中上。正直なところ、僕は中山が PK に蹴る際はいつも 「無理するな、真ん中に蹴っとけ」 と思っていたくらいですから、そのこと自体はとても理解できるのです。以前の PK 失敗の経験から、中山自身が真ん中に蹴ることが決定確率が高いと考えているのは間違いありません。

しかし、いくらなんでもやりすぎです。もう誰だって中山が真ん中に蹴る確率が高いことを知っています。先週の柏戦でも、僕は 「真ん中かな?」 と思いました。案の定真ん中で 「これはそろそろ真ん中はやばいんでは?」 と思ったところだったのです。実際この東京ベルディ戦、相手のキーパーは動かずに真ん中を読んでいました。(先週の試合で中山が PK を真ん中に蹴っているのをビデオで見ているはずです。) 今回は中山自身がクロスバーに当てて PK 失敗したわけですが、枠にいっても止められていた可能性が高いです。今回仮に得点できていたとしても、近い将来、外していた可能性はきわめて高いです。
素人の僕がここまで考えていましたが、山本監督はどこまで考えてたのでしょうか? この先の試合で同点や負けている試合でも中山が PK を蹴っていたんでしょうか? 僕は間違いなくどこかで失敗していたと確信しています。 もし優勝争いをしていたら、それは致命傷になったかもしれないですよ。