一発逆転の話
2005/01/29
野球の面白さを語る場合にしばしば用いられるのがこの “一発逆転” 。そして野球贔屓の人がサッカーに対する優位性を主張する時の発言がこれです。
「サッカーには一発逆転がない」
一度のプレーで最大4点取れる野球に対し、サッカーでは一度のプレーで逆転することはできません。この “一発逆転” の興奮は、サッカーでは全く味わえないものだ! という主張です。確かに、野球における “一発逆転” は最高の興奮をもたらすものでしょう。このこと自体は間違いありません。
さて、それを十二分に認めた上での話ですが、こんな問いを考えてみましょう。
「ではサッカーなどで得られる興奮と比較して、野球の “一発逆転” の興奮は、それらと比較にならないほどの大きなもの?」
いいえ、それはちょっと言い過ぎです。
なぜなら、この逆転などの “興奮” とは、あくまでも人間の感情の話だからです。わかりやすく、ちょっと極端な例で説明してみます。
野球において 6点負けていて9回裏を迎えたとします。それを観ている観客は、“これはちょっと厳しい。もう無理かなぁ” と考えます。なかには諦めて帰ってしまうお客さんもいるかもしれません。ところが、そこからの大逆転が起きたとしたらどうでしょう。当然大興奮。客席は歓喜の渦となるでしょう。
サッカーにおいて、2点負けていて残り5分となりました。それを観ている観客は、“これはちょっと厳しい。もう無理かなぁ” と考えます。なかには諦めて帰ってしまうお客さんもいるかもしれません。ところが、そこからの大逆転が起きたとしたらどうでしょう。当然大興奮。客席は歓喜の渦となるでしょう。
おわかりでしょうか? これらの大逆転劇はほぼ同等です。でも注意してください、両者の “得点の価値がほぼ同等” という話をしているのではありませんよ。“人間の感情がほぼ同等” なのです。つまり、野球であろうとサッカーであろうと、人間が興奮するのは、かすかに期待していた大逆転劇などの奇跡のドラマが現実となった時。その奇跡が起きる可能性が低ければ低いほど、大興奮になるわけです。つまりその興奮の度合いは全て主観的な話。人によっても全然違うのです。
たとえば、ある人が逆転満塁ホームランよりロスタイムの同点ゴールの方が希少価値がある奇跡であると感じていたとしたら、その人は逆転満塁ホームランよりもロスタイムの同点ゴールの方が興奮するのです。また、もしかしたら近年のプロ野球の打高投低だったら、多少の逆転劇には慣れてしまってそれほど興奮しない、ということもあるかもしれません。
すべては、その奇跡的なドラマを見る側が、どのくらい奇跡に思うかどうかの問題であって、“一発逆転” であること自体は興奮を手助けする材料のひとつでしかありません。
さらに付け加えるならば、野球の逆転満塁ホームランはランナーなしからは絶対に発生しません。ランナーを3人溜めない限りそれは起こり得ないわけで、ランナーが溜まっていく度に可能性が見えてくることで奇跡は徐々に奇跡的価値が下がっているのです。
言い換えると、ランナーが溜まっていくプロセスは、サッカーで1点づつ追い付く話と実はそれほどはかけ離れているわけでもないのです。
とはいいながらも、確かに “一度のプレーで逆転” に面白みがあるのも事実です。しかしその面白さを発揮しているのは、野球よりもバスケットボールかもしれません。
野球において、1点から4点まで入る可能性があるといっても、3点や4点は狙ってとれるものではありません。きっちり1点を取りに行く以外は結果的なものがほとんどです。しかし、バスケットボールにおいては、2点か3点かの違いは意外と微妙な確率の差ですから、単に結果が何点だったということだけではなく、“どちらを狙うか?” という戦術的な意味を持ってくるのです。
試合終盤の追い上げを、2点づつ確実に埋めていくか? 3点で一気に点差を詰めるか? 残り時間わずかで追い上げられた時に逆転される 3点だけは絶対阻止すること、ファールすることで相手にフリースロー2点だけ与えて終わらせるという手段。そのフリースルーでわざと 2点目を外してラストチャンスにかけること……。
バスケットボールの人気マンガ 「スラムダンク」 にこんなシーンがあったのを覚えている人もいるでしょう。試合終了間際、2点差で負けてるとこで速攻のチャンス。そこで、2点+ファールによるボーナススローをもらおうとする作戦と、それを読んでファールをせずにフリーで得点させて延長戦を選択する……。
ラグビーなども、トライを狙うかペナルティゴールを狙うかなど試合展開と得点を計算しながらプレーします。しかしバスケットボールほど、状況が刻々と変化する中で獲得点数と戦術が密接にかかわる競技は他にはないと思います。