五輪野球、銅メダルに関する雑感
2004/08/30
アテネ・オリンピックにおいて、金メダル確実と言われていた日本野球は、予選リーグではライバルのキューバを倒し首位で突破するも、決勝トーナメント準決勝でオーストラリアに敗れる波乱を演じてしまい、最終的には銅メダルで終わりました。
さて、この結果に関する雑感をいくつか。
実力からいうと日本がオーストラリアを上回るのは明らかでしょう。もし日本シリーズのような 7試合までの勝負だったら間違いなく日本が勝ち上がるはず。野球というスポーツは団体競技には珍しく、ピッチャーという特定ポジションの個人能力が試合を左右する競技です。一試合でほんとうのチーム力を知るのは無理というもの。従って予選リーグのような総当りが最も実力を反映するわけで、予選リーグ首位だった日本が実力的に一位に近い位置にいると考えるのが妥当でしょう。(もちろん、決勝トーナメントを控えて、予選リーグでは全力を出し切らないのも戦術ですから、あくまでも “一位に近い” という表現にしておきます。)
ただし、同じ相手に 2試合連続で負けるというのはただ事ではありません。他のケースで考えてみましょう。アトランタ五輪のサッカーにおいて “マイアミの奇跡” と呼ばれる日本が優勝候補ブラジルに勝利するという番狂わせがありました。さて、もし決勝トーナメントで再び日本とブラジルが対戦していたならばどうなったでしょうか? 『絶対にブラジルが勝っていた』、そう断言できます。実力差とはそういうものです。一度のまぐれ勝利があっても、二度はありません。
そう考えると、日本とオーストラリアの実力差は当初言われていたほど大きくないのは明らかです。せいぜい日本のプロ野球の首位のチームと最下位のチームの実力差くらい。まあ選手層の分だけそれをいくらか割り増したくらいでしょう。オーストラリアはマイナーリーグ主体である上にアマチュアの選手も含んでいることを考えると屈辱的ともいえる状況のはずです。
屈辱的だとは思わない、という人がいるとしたらそれは日本代表はベストな状況ではなかった、という主張をするのでしょう。ひとつは、1チーム 2名という制約や監督不在だったこと。もうひとつは、イチロー、松井と言ったメジャー所属の選手が出ていないこと。
1チーム 2名という制約や監督不在など、確かにもっとベターの状況は想像できます。しかし、言うならばそうならないことこそが日本球界の実力と言えます。日本球界が、ベストであるはずの選手構成を作り出す力がないわけです。監督不在を問題視したり危機感を感じる人がいないのです。そして、今出来ないのに 4年後の北京オリンピックで出来ると言い切れるでしょうか? やはりこれが実力なのです。
一方の、メジャーの選手の話についてはいろんなところでも語りつくされているようです。 3年前に 「野球に関するふたつの誤解」 にも書きましたが、メジャーリーグの五輪解禁、あるいは野球W杯の実施となると、日本野球はメダルはまったく手の届かない絶望的に状況になります。最近の評価では、3年前に僕が聞いた話より悲観的なようです。アメリカ、ドミニカ、プエルトリコ、べネズエラ、メキシコ、パナマ。今回日本に破れ 4位となったカナダですら、メジャー解禁となるとレギュラー全員がメジャー所属の選手となるそうです。そう思うと今回のオリンピック、日本は最後かもしれない世界一のチャンスを逃してしまったかも……。
最後にひとつ、アテネ五輪代表チームに決定的に欠けていたものは何か。
それは “責任” だと思います。
サッカー日本代表だったらどうでしょうか。日本代表は日本代表監督が100%の権限で代表選手を選びます。結果が出たら監督が褒め称えられ、結果が出なかったら責任を問われます。同じように日本代表監督を選ぶのは日本サッカー協会です。監督が結果を出さなければその監督を選んだ判断が批判されます。そこには、絶対的な権限と同時に責任があります。
アテネ五輪代表野球チームはどうでしょうか? チーム 2名という制約を作ったのは誰? 監督不在のままで大会の臨むという決断をしたのは誰? そこに責任を取るべき人はまったく見えません。
このところ、何度も同じことを書いている気がしますが、野球に欠けているのはシステムです。全体のことを考えることができるシステム、権限と同時に責任を持てるシステム。それらを持っていないことを含めたものが今の日本の野球界の実力とするならば、銅メダルというのも妥当な結果だったのかもしれません。