"Football Is Life."
2004/01/25

サッカー好き夫婦がイタリア土産で買ってきてくれたTシャツです。
「英語じゃん!」 という突っ込みは置いておいて、今回はこの "Football Is Life." についてです。
英語に明るくないので、これがニュアンス的にどういう意味になるのかはよく分かってないんですけど、そんまんまの訳だと 『サッカーは人生』 でしょうか。で、その意味を考えてみるともしかしたら “サッカーが生活の全てだ” という解釈が正しいのかもしれませんが、僕が最近の出来事から連想するのは “サッカーって人生のようだ” です。
その最近の出来事とは何かというと、
・浦和、名古屋の金持ちクラブの大補強。
・貧乏クラブだった神戸が、親会社の変更で突然裕福になったこと。
などです。
これらのニュースを聞いて、きっとやりきれない想いをしている人達がいるだろうな、と思うのです。それは、札幌や仙台をはじめとする、経営的に苦しんでいるクラブのサポーター達。
“自分達のクラブは資金がないので有望選手は入ってこない。成長した選手は金持ちクラブへ出て行くばかり。(そんなの不公平だ。)”
そんな風に思っている人が、きっとたくさんいるに違いありません。
さて、これは不公平なのでしょうか?
ええ、もちろん不公平だと思います。そして、不公平で良いのです。今までにコラムで何度も書いていますが、サッカーのシステムは完全なる自由競争。お金のあるクラブが有利なのは当たり前。経営に失敗してしまうクラブは消滅しても仕方ないシステムなのです。
そして最初の話に戻ると、この “不公平であること” など含めて “サッカーって人生のようだ” と感じます。
サッカーが人生っぽいと思うこと。まずはこのクラブによって全然違う資金の話。
人生だって同じです。生まれてくる家を選ぶことはできません。金持ちの家に生まれる人もあれば、貧乏の家に生まれる人もいます。もしかしたら、突然支援者が見つかって助けてくれるかもしれません。宝くじが当たることもあるかもしれません。逆に裕福だったのに、トラブルで貧乏になってしまうこともあるでしょう。それらの問題は努力によって改善されることもあるし、努力しても駄目なこともあるでしょう。
ピッチの外だけではありません。ピッチの中も不公平で一杯です。
サッカーで退場者が出ると一人少ないままという、圧倒的に不利な状態でプレーが続きます。(これは野球やバスケットにはないルール。ところがまれに不利な方が勝つこともあるのも、皆さんご存知の通りですが。)
選手のプレースタイルも様々。激しくて汚いプレーをする選手もいれば、審判を騙すよなプレーをする選手もいます。ずるい選手が得をすることもあります。
誤審もそう。あきらかな誤審によって損をすることもあります。
けれど、人生だって同じではないでしょうか。
裕福や才能の差があるのは明らか。不公平であろうと、その上でみんな人生を生きていきます。
経済力がなくても、政治力を利用して、自分に有利な方向に持っていこうとする人もいるでしょう。
運不運もあります。ほんのわずかな差で、受験や就職試験の結果が決まったかもしれません。
ずるいことをして利益を得ている人もいれば、馬鹿正直で損をしていることもあるに違いありません。ずるいことをして得したと喜んでいる人もいれば、損をしてもずるいことはやりたくないとプライドを持っている人もいるでしょう。
明らかに世の中は不公平です。
だからこそ、同じように不公平なことが、サッカーの魅力の源ではないかと思うのです。作られた公平な環境ではなく、自分達の人生と同じように不公平なスタートから始まる競争。スタートだけではなく、常に公平だとは言えない状況。だからこそ、全てのクラブが日本一を目指すわけではなく、J1昇格や、J1残留が目標であるクラブがあり、それを支援するサポーターがいるわけです。
不公平であることこそが、サッカーの魅力なのです。