ゴッホの絵の話

2003/02/11

たまには旬な話題から。
一斉にニュースで取り上げられたので皆さんご存知でしょう。
「作者不詳」で落札予想価格が 「1万〜2万円」 とされていた絵画が、ゴッホの初期作品と判明して6600万円の高値が付いた、というニュース。この話を聞いて僕は直感的に “なんか変だ” と思いました。皆さんはそう思いませんでしたか?

このことについて、ちょっと考えてみました。

まず “変だ” と思ったことを具体的に考えてみましょう。
その絵の価値は作者不詳の時は 2万円だったわけです。絵は観て楽しむのなわけですが、作者が判明したからといって、絵自体が変わるわけではありません。それなのに価格が 6600万円になる。これはおかしいのではないか、と感じたわけです。つまりこれは、絵の本来の価値として扱われていないではないか、それを “変だ” と思ったのです。

さて、いきなり結論を言ってしまうと、これは “変” ではないのです。絵画というものの値段か、単に絵本来の価値だけで値段がついているものではない、というだけの話なのです。
6600万円の価値になるのは、ゴッホの絵であるということで話題になって美術館に来客があったり、(実際そうされるようですが) 貸し出されて展示されることで収益がでるから。ゴッホという人物が他に描いた作品や、エピソードや、彼の人生など、全ての話題を含めてその絵を見たいと感じる人がいることで、それらの収益がでるのです。あるいは、それを保持することの満足感などを金額ベースに換算した結果かもしれません。それらの全ての付加価値を含めた結果であって、絵の値段は純粋な芸術的価値ではないのです。
世の中の多くの物がそうです。古美術品だって、鑑賞して楽しむことが多いものでしょうが、やはり希少な物の方が金額ベースでは価値高くなるのが当たり前です。その物単独の純粋的な芸術的価値 (というものが絶対的に決定できるものかどうかはわかりませんが……) が同じだとしても、価格はそれだけで決まるわけではないのです。

これは冷静に考えてみたら当たり前。有名作曲家が残した直筆の楽譜、有名作家直筆の原稿、有名スポーツ選手が使ったシューズやユニフォームといったものは、それ自体には一般で販売時の価格しかないものが、有名人が残した、使ったことによって付加価値がついて高価な値段になるわけです。絵画のような美術品であっても、価格が決定する理由は同じなのです。強いて特徴として言うならば、音楽家の音楽作品と楽譜、作家の作品と書き残した原稿、スポーツ選手の本業のプレーとシューズやユニフォーム、それらが別な物であることに対し、絵画というものは作家が残した芸術作品=絵画であり、極めて付加価値が高いということでしょう。だから物によっては何十億という価格になるわけです。


ということですが、最後に “なんか変だ” という話に戻しましょう。
このお話、実はここがポイントです。このニュースを聞いて僕は直感的に “2万円の価値が6600万円の価値に変わった” と思ったからこそ “なんか変だ” と思ってしまったわけです。しかし、ここが間違いであることに気がつきました。
僕が、『芸術的価値 = 金額』 と頭から決めてかかっていたこと、これこそが “変” だったのです。


ゴッホの絵 結局6600万円

ゴッホ作品「農婦」、6600万円で落札