松浦亜弥に関する考察
03/09/16
えー、アイドルに関してはそんなには詳しいわけでもないので、常日頃から強く愛好されている方や、研究されてる方などからみると、ありきたりな、あるいはピント外れな事を書いてしまうかもしれません。(まあ、そんなことを言い出すと他に書いている文章全てがそうですが……。)
とはいえ、素人なりにも様々な出来事に対して 「おお!これは?」 と思うことがあるわけです。それは映画だったり、本だったり、スポーツだったり、音楽だったり、ほんとうに様々な事に対してなのですが、それはそれで素直に感じたことなわけで、それを素人なりの感想ということで書いてみたいと思います。
僕が数年前に 「おお!これは?」 と思ったのが松浦亜弥のビデオクリップ 「トロピカ〜ル恋して〜る」 でした。で、その後に出た彼女のビデオクリップや TV や CM 出演の様子を見ても、やはり 「おお!これは?」 と思ったのは間違いではなかったなと納得していました。
一体何を 「おお!これは!」 と思ったのかというと、“彼女はアイドルを演じる才能がある” そう思ったのです。
“アイドルを演じる” などと書くと、ほんとうなら本格的アイドル論を書かねばなりませんが、それはちょっとパス。ここではほんのちょっと軽めのアイドル論、を書いてみます。
アイドルというのはスターです。特に70年代までは条件なしでそう言える存在でした。山口百恵とか松田聖子とかの時代。この頃は割と “素のアイドル” と言えるのではないかと思います。まあ、“アイドルを演じる” には違いないのだけど、基本的には “普通にカワイイ子” を演じる、という演じ方。都合の悪い部分は見せない、で。
ところが人気者へのやっかみ、僻みみたいなものもあるでしょう。アイドルに向かって面と向かって言う人はいませんが、アイドル批判みたいなことも起きるわけです。それは “歌が下手” とか “演技力がない” とか、あるいは “ほんとうは性格が悪い” みたいなこと。
そういう状況が出てくると、単にカワイイ子を演じるというのは、ほんのちょっとかっこ悪いかも、という気がしてくるわけです。“裏を隠してるだろう” みたいな批判に対して自信を持って否定ができない、と。
そこで出てくるのは開き直り。“アイドル演じて何が悪い!” です。小泉今日子の 「なんてったってアイドル」 や森高千里の 「非実力派宣言」 などがそれを意図したものから出てきていたのは明らかです。
実際のところアイドルは “歌が下手” でも “演技力がない” でも “ほんとうは性格が悪い” でも構わないわけです。別な部分で勝負しているわけですから。それがこの時期の “開き直り” の主張そのもの。今となっては、この主張は一般的な考え方と言えるもので、言うまでもないことなのですが……。
とはいえ、開き直ってアイドルを演じる、というのは実際のところは簡単ではありませんでした。結局は、開き直るところまでは至らずに 『 “歌が下手”、“演技力がない”、“ほんとうは性格が悪い” でもカワイイから許してね。普通の子なんだから仕方ないでしょ』 となってしまうのです。ということでやはりその後も、基本的には “普通にカワイイ子” がアイドルの王道でした。
しかしその少し後には、別の開き直り方法が開発されました。“じゃあ裏を見せちゃおう” という全く反対方向の開き直り手法、それがバラドルです。これは正統にアイドルを演じるより、楽な方法です。最近のアイドルは、大なり小なりこのバラドル手法が取り入れられていて、モーニング娘。などもそれと言えるでしょう。
そんなアイドルの歴史の中で、森高千里は数少ない “アイドルを演じていた” ひとりではないかと思っています。彼女はそれまでにありがちな、笑顔を振りまくタイプではありませんでした。悪い言い方をすると美人なんだけど無表情系。それまでの主流である “カワイイ子を演じるアイドル” ではなかったように思います。そして、彼女は笑顔を振りまく代わりに “着せ替え人形” を演じ切りました。確かデビュー曲ではウェイトレスの格好してたと思いますが、コスプレ路線を全く不平不満を見せずにやり切りました。彼女は後には自分でギターを弾いたりやドラムを叩いたりしたわけで、本当はけっして言われるままのお人形キャラクターではなかったのは明らか。その彼女だからこそ、納得した上で “着せ替え人形アイドルを演じていた” に違いないと思うのです。
さて、ここで松浦亜弥です。
あの 「トロピカ〜ル恋して〜る」 で演じてみせた一人何役もの登場人物。クリップ中に出てくる “そんやついねぇ” というほどのド派手衣装アイドルを、全く臆することなく、照れることなく演じてみせていること。
ビデオクリップの中だけではありません。TV番組内のコーナーで、藤本美貴と組んで漫才なんかをやっていますが、どうしても照れが見える藤本美貴と比べ、松浦亜弥は全く照れずに演じてみせます。彼女の照れずに演じるレベルは、アイドルを完全に超えていて、お笑いタレントのレベルにあります。
最近では午後の紅茶の CM もそう。ああいうのを照れずに完璧にこなしてみせます。
その表情やしぐさ、その演技力、表現力、照れずに演じ切る力が、今までのアイドルに比べて桁違いだと思うのです。
(ただし、ここでいう演技力が、お芝居の演技力と一致しているのかどうかはわかりません。少なくとも、アイドルを演じる力としては十分なのは間違いないでしょう。)
森高千里が、着せ替え人形として演じてみせたアイドル。 そうではなくてもうひとつ上の、自立して動くお人形のレベルでアイドルを演じてみせるのが松浦亜弥。彼女こそが “本物のアイドル” なのかもしれない、そう思うのです。
ふむ、そういえば、藤本美貴がモーニング娘。に加わったのに、松浦亜弥はソロでやっている、これもその証明かもしれません。半バラドル的売り方をしているモーニング娘。に松浦亜弥が入ったら、彼女の持ち味が台無しですから。
(追記 2004/11/28)
ちょっと前に、情熱大陸で小倉優子が取り上げられていました。
その時興味深かったのは、小倉優子に対して秋元康がこんなコメントをしていました。
「80年では僕達が演出していたことを、彼女は自分でやっている」
とのこと。
つまり、セルフプロデュース能力です。僕が松浦亜弥から受ける印象も、これと同じものですね。
狙ったものなのか、偶然のものなのかわかりませんが、この時代のアイドルはそういう能力が必須なのでしょう。