洋楽と邦楽の話

2002/05/12

洋楽と邦楽の話というのは、いろいろなところで語り尽くされている (というか、今時流行らないネタかも) と思いますが、ここでは両者の関係の時代的な変化について考えてみます。
もちろん、根本的に嗜好の問題ですから正解というものはないわけですし、人によってイメージしている洋楽と邦楽に違いもあると思われるので、みんなが納得するような話はできないでしょう。あくまでも一音楽ファンが感じているイメージということで読んでください。

話を進める為に、ここでの言葉の定義をしておきます。
まず 邦楽 = 歌謡曲 ではなく、歌謡曲を含めた日本国内の音楽状況、とします。
それから、ここでいう “ださい” とか “かっこいい” は、世間一般がこう感じているのではないかという推定です。
そして、文中に出てくる “かつて” は 20年前、ということにしましょう。

さて、多くの音楽好きの意見として、

洋楽 = かっこいい
邦楽 = ださい

というイメージは、かつても今でも根強い意見ではないかと思います。もちろん、邦楽にもかっこいいものはあるし、洋楽にもださいものもあるでしょう。あくまでも傾向や、全体のイメージの話です。
ただし、かつての 『邦楽 = ださい』 は、現在ではその割合がかなり小さくなってきていると思われます。いや、むしろ最近で邦楽を聴いてダサいと言われることは少ないでしょう。それは現在の洋楽の売上の割合が、以前に比べて大幅に減少していることが証明しています。かつては邦楽に満足できない人の多くが洋楽を好んで聞いていました。現在は邦楽で満足している割合が高くなっていると考えられます。

ここで 『邦楽 = ださい』 の理由を個人的に考えてみたいと思います。
以下、厳密なものではなく、あくまでもイメージとして表現してみました。

  ダサいと感じられる原因の割合 (現在)
         
  50% 20% 30%  
  *1 *2 *3  

*1 日本語の歌詞で歌われること
*2 日本語を使う日本人が作るメロディであること
*3 その他 (アレンジ、サウンド、アーティストの力量)

上記のように僕の考えでは、『邦楽 = ださい』 と感じられる理由の60%は日本語の歌詞に起因するもの、さらに 20%が、日本語を使って育った我々が作るメロディ、残りがアレンジやサウンド、アーティストの力量など、だと考えます。

なお、かつて (20年前) の状態がどうだったかというと、こうなります。
『ださい』 は半分になったというところでしょうか。(半分とかいう比例は、根拠がないあくまでもイメージですが。)

  上記100%の割合でかつて (20年前) の状況を表現すると
         
  70% 30% 100%  
  *1 *2 *3  

 

では、これらのイメージの説明をします。

まず、『日本語の歌詞で歌われること』 について。
分かりやすいのは日本語によるカバー曲です。洋楽が日本語でカバーされた曲が、原曲よりもかっこよかったというケースは、おそらく一例もありません。原曲に慣れているから?とも思うのですが、日本語の曲に英語を乗せた場合にはそんなにかっこ悪いというケースはありません。むしろなんでも嵌るという印象。
この原因は、もう古くから言われていますので簡単に済ませましょう。英語と日本語の音節の構造の違いです。日本語は一音が一音節。同じメロディーに歌詞を載せても、日本語は英語に比べると単純。すなわち、英語の歌とはノリが違うわけです。

次に 『日本語を使う日本人が作るメロディ』。
上記の日本語の音節による音楽。日本人にはこれが染み付いてしまっているのではないかと思うのです。例を挙げましょう。
尾崎豊の 「I Love You」 という曲がありますが、その歌い始めは歌詞としては 「l Love You」。 けれと、あれは 「アイラービュー」 だと思うのです。英語の歌詞であっても、我々日本人が作るメロディは、あくまでも日本語のリズムの上に乗る英語ではないかと感じます。
同じように感じるのが、日本のミュージシャンのアドリブ演奏と、海外のミュージシャンのアドリブ演奏の違い。特にフュージョンなど、どうしても日本人の作るアドリブのソロは、音のつながったメロディを感じます。あちらのアドリブはジャズの香りがするせいもあるのですが、もしかしたらこれも日本語の音節が影響しているのかもしれません。

三番目の 『その他のアレンジや、サウンド、アーティストの力量』 については、時代の変化のところで述べます。


さて、これからが本題である、時代の変化についてです。

上記の僕の考えるイメージで、20年前ともっと大きく変わっているのが、『その他のアレンジ、サウンド、アーティストの力量』 の部分。現在でもアーティストの力量などはまだまだ差があると思われますが、いくらかは縮まったと思われますし、アレンジやサウンドなどは、かなり近づいたと感じています。これは、洋楽を聴いて育った世代が出てきたというのも大きいでしょう。まあ、そもそもこの辺りはある程度真似をすることができますし。(真似をすること自体は、悪い事ではありません。なんでも学習の第一歩は真似です。)
機材の進歩も大きいです。サンプリングという手法により、音ネタに関しては誰でもかっこいいものを手に入れることができるようになりました。また、機材が世界のどこでも同じになったことや、マルチバンドコンプのような音圧系のエフェクトや、シミュレーター系のエフェクトの性能が上がったとこで、海外スタジオのサウンドに近いものが国内でも作れるようになっています。
まあ、アーティストの力量については、特にシンガーの能力に関しては埋まりそうにない身体能力的な差があるかもしれません。それと、競争と層の厚さに関してはとてつもない差があり、結果として市場に現れてくるものの差も大きいのが実状。そういう部分と、加えてオリジナリティの価値云々を別にするならば、ぱっと聴いただけなら洋楽そっくりなものを作ることは可能になっていると思います。

さて、では日本語の部分について考えてみましょう。『日本語で歌われるということ』、『日本語を使う日本人が作るメロディ』 の両方です。
「同じ日本語で歌っているのだから、20年前と同じなのでは?」
と思われる方もいるかと思いますが、着実に変わっている部分です。

日本語のノリがリズムが悪いことに気がついて、(それ以前にもいたかもしれませんが、20年前という定義でいうと) 最初に対策を実践したのは、桑田啓祐や
佐野元春でした。彼らは短い音符に早口で単語を詰め込んだり、わざと英語的な発音をしました。それがきっかけになった部分もあるのではないでしょうか。シンコペーションや音符の分解など、日本語でもノリを良くするような試行錯誤が繰り返され、それまでに比べると日本語でも洋楽のようなノリを持つメロディが生まれ始めたのではないかと思います。
それから全てが成功してるとは言えませんが、例えば韻を踏むような歌詞など、日本語の歌詞自体に新しいスタイルが試行錯誤され続けています。
そして、近年また新しい動きが始まったように思います。
宇多田ヒカルm-flo の楽曲です。奇しくも彼らは帰国子女やハーフであったりして、おそらく英語がネイティブな人達なのでしょう。彼らは従来の日本人アーティストがやらなかったことをしました。日本語の音節だと絶対切らない場所でも構わず切り離してメロディーに乗せました。僕などはこれらのノリの良さは認めつつもどうしても違和感を感じてしまうのですが、これらの音楽を聴いて育つ世代はそういうことに違和感を感じなくなるんでしょうね。


と、洋楽が邦楽に近づいているという話を書きましたが、その一方で、日本語のリズムのままを乗せることに適したサウンド、フォーク、ニューミュージックと呼ばれたサウンドがそうだと思うのですが、それはそれでかっこ悪くないスタイルとして、確立されてきたといえると思います。洋楽に似ているのが全て良い、というわけでもありません。音楽は多様なものを受け入れる懐の深さがありますから。


他のところでも書いていますが、補足を少し。( 「音楽の進化」 参照のこと。 )
上で書いていますが、洋楽だから良い、ということではないです。名曲というのは、クラッシックにもあるし、単純な童謡にもあるし、ロックにもフォークにも、歌謡曲にもあるわけです。


(追記 2002/05/13)

書き忘れがありました。
洋楽がかっこいい、すなわち、かっこ悪くないという理由のひとつは、英語ネイティブでない人は意味がわからないというのもあるでしょう。インストゥルメンタルのサウンドも同じ。
逆に邦楽の場合、歌詞が嫌だということがあって、ださいと思われる面もあるでしょう。この代償として、歌詞がいいから好き、というのもあるわけです。
上では、音楽の質の事ばかり書いてしまいましたが、この部分もとても大きな部分です。


ところで、この文章を書いたきっかけは、CD ショップの試聴コーナーで 「真夜中のドア 〜Stay with me〜」 という日本語の曲を聴いたからです。実はこの曲、GTS のアルバムに入っていたの英語のバージョンは知っている曲でした。で、個人的意見を言わせてもらえば、日本語の歌詞だとちっともいい曲だと思えません。あの GTS でメロディ・セクストンが歌い上げたかっこ良さはなくなっていました。それで 「原曲は洋楽でそれをカバーしたのだろう 」 と思っていました。
ところが、調べてみたら原曲が邦楽。作曲は林哲司。歌ったのは松原みき。これにはちょっと驚きました。ただし、ネットで調べていたらこの曲は元ネタが Carol Bayer Sager の 「It's the fall in love」 で、そのまんまだ、という声もあるようです。
いずれにしても、僕の感覚では英語の歌詞の方が圧倒的にかっこいいと自信を持って言える曲が見つかりました。