高原直泰

2002/10/27

高原直泰 (たかはらなおひろ) - 1979年6月4日生まれ、静岡県三島市出身、181cm 75kg B型、ジュビロ磐田所属、ポジション:FW

いつのまにか、ほぼ全ての日本のサッカーファンが 「現時点で日本代表のナンバーワン FW はこいつ」 という選手になりました。技術的云々という話はそういう専門のサイトに任せるとして、ジュビロ磐田サポーターである僕が、強く印象に残っている事、感じている事について、いくつか書いてみたいと思います。

昨年の時点で日本代表のFWは 『どんぐりのせいくらべ』 と言われていました。実際今年のW杯での代表FW だった、柳沢、鈴木、西澤、中山らと比べて、高原は遅れをとってるわけでもないし突出していうわけでもないという状態。その高原が、いつのまに日本で誰もが認める選手になったのかという話をすると、アルゼンチンへ行った経験や、エコノミークラス症候群でW杯に出場できなかった間に筋力トレーニングをしたこと、などのエピソードが出てきます。確かにそれらは直接的な理由として間違いないでしょう。しかし、僕が考える高原が成長した理由で一番大きなものは、(月並みな話ですが) おそらく彼がプロに入る前から日本最高のFWになる強い意志をもっていたことだと思います。だからこそ現在のポジションに登りつめたのだと思うのです。

ジュビロ磐田入りした高原は、デビュー戦であったリーグ開幕戦の途中交代出場で得点という、今振り返れば現在の地位に相応しいデビューをしています。だからといって、その年からレギュラーを確保して点をとりまくっていたわけではありません。そして、当時のプレーでとても印象に残っている事があります。
デビューの年、高原がポストとしてボールを受ける時、彼はボールを受けてゴールへ向かって振り向こうとして、何度もボールを失っていました。ところが、コンビを組んでいた中山がポストとしてボールを受ける時は、振り返ろうとはしません。単純にボールを捌きます。明らかに、確実にボールをつなぐ中山と、ボールを失う高原、そういう傾向がありました。もちろんチームに貢献していたのは中山。しかし、これは間違いなく高原がより高いレベルのプレーをしようとしたいた意志の現れでした。もちろん、(年齢的な理由も合わせて、) もともと技術的に劣る中山がそれを諦めている事を責める必要はありません。けれども、高原はデビューの年から多少のミスを気にせずに、高いプレーを実現することを目指していました。そして徐々にその技術を身につけ、昨年の 1st ステージ頃には一発のトラップで振り向いて DF をかわしてゴールへ向かう場面を何度かみせるようになっていました。
高原が現在の技術までたどり着いたのは、高い理想を目指して、それを躊躇せずに実践していたことでしょう。若い頃から、安全なプレーをしていたら、現在の技術に辿りつくことはできなかったかもしれません。

しかしその一方で、高原の自己中心的なプレーを怒る人もいました。ドゥンガです。これも確かデビューの年だったように思います。磐田サポの間では有名ですが、高原が CK を蹴ったことがあります。これは、高原が個人プレーに走った挙句にシュートを外した際、怒ったドゥンガが 「ひとりでサッカーをやるのならひとりで全部やれ」 と高原に CK を蹴らせたのです。
それほど多くは語られませんが、高原にはパスを出す能力もあります。日本人 FW には元々そういう傾向がありますが、日本でプレーする優秀な外国人 FW の多くは、ほんとに自己中心的なプレーしかしない選手もいます。特に得点王を争うような選手はほとんどがそう。そんな中で高原は、得点王を狙うようなタイプのストライカーでありながら、パスも出して味方を生かすこともできるプレーができる貴重な選手です。
やはりこれはドゥンガに怒られた事や、組織でのサッカーを柱に据えるジュビロ磐田というチームに所属していたことが大きかったのではないでしょうか。

FW らしい独力で状況を打開する (ある意味我儘な) プレーをしようという意志、自己中心的なプレーを怒られること、これらがバランスよくあったことで、現在の高原という選手を作ったように思います。

そして、ジュビロ磐田に在籍したことで、もうひとつ精神的な意味があったのではないかと思います。それは中山雅史の存在です。
本人も、中山のボールのないところでの動きなどについて学んだ、というようなことを語るケースはありますが、それ以外にも中山の強い影響を受けているように感じます。それはインタビューで語られる言葉です。僕の知る限り、高原のインタビューでのコメントは、中山のコメントに極めて似ています。中山の発言は、快勝のヒーローインタビューでも必ず 「決めるべきとこで決められなかった。もっと上手くなって確実に決めないとダメだ」 という台詞が含まれます。そして高原も、この中山の発言とほとんど同じ発言を必ず口にします。
( 「高原が生意気な発言をした」 というような報道は、たいてい発言のつぎはぎでの組み合わせでそう聞こえるようにマスコミが作ったものです。マスコミはマスコミ的においしい 「高原に我儘なストライカー」 という幻想を作ろうとしますから。)
この “発言” というのは、表面的な話で大したことではない、と考える人もいるかもしれません。しかし、口に出して発言するということは、心の中で漠然と思っているだけとは違う、より強い決意の確認になっていると思います。おそらく、インタビューで習慣になるほどですから、常に 「もっと上手くならなくてはいけない」 という意志を持ちつづけ、「慢心してはならない」 と常に自分を戒め続けているのでしょう。それは高原が最初から意図していたものではないかもしれません。しかし、高原がまだ中山より格下の若手選手だったころから、中山がインタビューでどう応えたかを見る機会があったはず。それを高原が自然に覚えているからこそそうなったのではないでしょうか。

おそらく、来季途中には高原は海外移籍をするでしょう。海外での成功を願うと共に、中山、高原と繋がってきた、「いつまでも上手くなってやる」 という意志を、若いJリーグの選手達が継承していって欲しいものです。


関連リンク

高原直泰 公式ウェブサイト

『Taka-Club』 高原直泰後援会

WEBサッカーマガジン TAKAHARA進化論

Number Web 2001/01/18 「本格派への脱皮」