続・JFL 〜Jリーグが目指す社会〜
2000/03/31
さて、前回(「JFL 〜ピラミットの中の壁〜」)に続いて、日本サッカー界におけるピラミッドの話です。
まずはもう一度、健全なピラミッドについて考えてみましょう。
健全なピラミッドとは、『強いチームが上のリーグに上がり、弱いチームが下のチームに落ちる事』 です。これは、当たり前と言ってしまえばそれまでですが、そうなるべき明確な理由があります。
まずは、健全な競争を保つことで全体のレベルが上がります。リーグにお荷物チームがいるようではいけません。確かにサッカーはある程度の実力差があっても試合になることも多く、『ジャイアント・キリング(大番狂わせ)』 という言葉があるくらいですが、それはトーナメントでの話。たまたま調子が良い格下チームが、上位チームの不調や油断に付け込んで勝利するだけで、長いリーグ戦で大きく実力の劣るチームが勝ちつづけることはまずありません。リーグ戦で突出したお荷物チームがいるようではリーグ全体にとって無駄です。そして、レベルが合わないことからくる無駄以上に、モチベーションを失った諦めのプレー、あるいは頭に血が上ったラフプレー、害悪な要素の方が多いに違いありません。
それから経済的な問題も大切です。不景気でスポンサーを失ったチームはどうすればいいのか? 高年俸の選手を放出し、安い年俸の選手に切り替えて実力的に下がってしまっても、下のリーグでなら経営を続けて戦いつづけることができます。もっと経済的な問題が出てくるならば、さらに下部の地域分割されたリーグ (現在Jでそういうリーグへ降りていくことは不可能ですが……) に行けば移動費などの経費を削減できます。逆に、お金をつぎ込んでほんとに強くなればその力に適したリーグに上がれる事が大切。すなわち、上下のスムーズな移動システムが常に機能していなければいけないのです。
もちろん、このピラミッドに付随して、良い選手は上のリーグのクラブへ引き抜かれ、評価の落ちた選手は解雇され、下のリーグなどに移籍するなどのシステムも働いているのも当たり前です。これら全てが自然に、滑らかに行われるのが健全な状態なのです。
さて、その日本サッカーのピラミッドにおいて、壁になっているのが JFL の企業チーム。実力を持ちながら、そこから上のリーグには上がらないというチームです。もちろん、上に上がらないというのはJリーグ側からの制約が大きいですが。
とにかく、あくまでも企業の持ち物として 『アマチュア日本一』 を目指すチームです。その考えはもちろん自由であって、他人がケチをつける権利はないのでやめます。しかし、そのチームが強い理由については考えなければいけません。その企業チームが実力を持っている理由は、プロ契約選手と企業アマの存在です。
『アマチュア日本一』 を目指すプロ契約選手ってのはとても変なのですが、実はプロ契約選手に関しては大した問題ではないかもしれません。プロ契約なのだから、ほんとうに実力があると上のリーグのチームから声がかかるはず。使えなければ契約が打ち切られるはず。自然競争の原理が働いています。
ところが、企業アマは違います。実力的にはトップリーグにふさわしい選手であっても、あくまでも企業の会社員。トップリーグに上がってくる事はありません。そんな選手がたくさんいたとしたら、そのチームはリーグのレベルに不適切な強さを持つかもしれません。
では 「企業アマを禁止してしまえ」 ということ?
そういうわけにはいきません。企業アマの存在は決して不当なものではなく、企業が経済活動の一貫として有益だと認めたから存在しているだけ。ルール違反ではありません。同じく企業チームがプロクラブにならない、というのも企業の自由なわけで、責められるものではありません。
さて、僕の考えた結論に近づいてきました。企業アマをどう考えるべきか?
結局、企業アマの存在は、日本社会の反映なのです。企業アマを選択する選手は、プロへの挑戦という 『ある種のギャンブル』 をせずに、引退後の生活などを見通して企業アマを選択するのです。これは全くおかしなことではありません。むしろ賢明な判断と言ってもいいかもしれません。
しかしそれでは、今まで言ってきた健全なピラミッドができません。ではどうすればいいか?それは社会が変わればいいのです。 「企業アマ」 という選択をせず、普通にプロに挑戦できる社会であれば……。
つまり、これはサッカーの話ではありません。日本社会の欠点といわれるシステムそのものの問題です。終身雇用制の比重が大きすぎる為に、チャレンジしにくい社会。もっと気軽に新しいチャレンジができて、再出発できる社会であること、そんな社会が求められるのです。
言ってしまえば、理想論の話ということになります。しかし、日本の社会が少しづつ変わりつつあるのではないでしょうか?
実際Jリーグにおいて、これまでにない再スタートのシステムが働き始めている面があります。天皇杯などに出場してくる大学生チームには、元Jリーガーという選手が少なくありません。高校を卒業してJリーグ入りして、2年間チャレンジ。その後大学に入りなおすというケースがかなりあるようです。(ちなみにプロ野球では、アマチュアとプロの間の壁があるため、このようなわけには行きません。)
できるならば、これと同じように、就職も比較的簡単にやりなおすことができるような社会になって欲しいです。素直にプロスポーツ選手を目指し、将来はまた別の仕事を持つ。それが全く珍しくない社会。
特に、もっと日本にスポーツクラブができて、スポーツクラブ関係の職場が増えてくる事が理想です。プロサッカー選手としては大成できなかったが、途中で諦めてスポーツクラブのインストラクターになったとか。それから、引退してから勉強し直してスポーツ記者になるとかも良いですね。それらとは逆に、スポーツクラブで就職しながら技術の向上を目指して、地元クラブチームで活躍しながらトップクラブへの移籍を目指すとかも良いでしょう。
これら社会の変化も、実は Jの理念 に含まれていることだと思います。
Jリーグが出来た時に、一部の知識人がJリーグを支持した理由は、このJの理念でした。そこには明確に書かれている訳ではないですが、地方分権、地域コミュニティ、スポーツ教育、そういった社会を変えようという意図が込められています。そしてそれらが実現したら、ほんのちょっとかもしれませんが、今よりよい社会になっているはず。僕がJリーグを支持する理由のひとつも、それに他なりません。
文中にも書いていますが、企業チームを批判しようというつもりはありません。
実際、Jリーグ入りしたかったが様々な事情で入ることができなかったというチームもあります。また、歴史的、感情的、様々な理由があるでしょうし、それらを否定することはできません。何事も急激な改革というのは、人の心に痛みをもたらす事も多く、政治や経済のような公共の利益に強く関わる話ならともかく、人のこれまでの人生や、その誇りに関わるものに関しての物事についての強引な改革はよくないと思います。
しかし、遠い将来としては、上に書いたようなことが理想だと思います。それこそ、Jリーグの100年構想ですが、100年はかからないのでは?
Jリーグと日本社会について書かれた文章
川淵ではなくナベツネの危機 ――Jリーグ再編問題の本質―― (高野孟 氏)
今こそ「Jリーグの理念」を発展させよう! (玉木正之 氏)
サッカーにおける教育制度改革と高等教育 (井口和基 氏)
中・高校における部活動再編の課題と方向 ―地域との連携を視点にして― (筑波大学の学生の卒論)
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