いすゞ自動車バスケットボール部休部
2002/02/17
さすがに、いすゞ自動車バスケットボール部の休部はちょっとした驚きはありました。とはいえ、あくまでもちょっとした驚きであって、衝撃というほどではありませんでした。
バスケのことを書くのは久しぶりです。
ご存知のように、僕はJの理念の信奉者ですが、自分がプレーしているのは今でもバスケ。自分でプレーするならバスケに限ると思っているくらい。しかし、正直言って日本のバスケに関しては、何が起ころうと諦めの気持ちだったからです。
諦めた、というのは期待の裏返しでした。
JBL オフィシャルサイト内の 「JBL 1999-2000」 には、こう書かれてあったのです。
『私たちは、企業のみに依存した企業スポーツの時代は終ったと考えています。企業の栄枯盛衰に比例して、スポーツの発展が左右されるのは不自然だと考えます。これからは、企業が核でありながらも、地域行政、住民、地場産業等が一体となって郷土愛を燃やし、家族がひとつのボールで結ばれ、地域がバスケットボールを囲んで交流するといった生活に根ざしたスポーツ文化を将来の目標として位置付けております。』
僕はこれを読んで JBL に期待しました。きっと、企業スポーツから脱却して、企業のサポートを得て地域スポーツ文化の貢献を第一に考えてくれるのだろう、と。
ところが現実には、JBL にとって重要なのはその文章の中の 『企業が核』 という部分だったようです。
JBL に失望させられたのは、一度や二度ではありません。
まずは三井生命休部に伴う (当時)所沢ブロンコスへの選手移籍のごたごた。(これは署名運動などが起こり、後になって規約改正が行われました。) ブロンコスを認めた時点でどう判断すべきは明らか。明らかに何らかの歯止めを作ろうとしたのでしょう。
そしてスーパーリーグの設立。これは真剣にプロ化に向けた動きとしてだったら評価したかったのですが、なんと下部リーグとの入れ替えを認めないという閉じたリーグ。プロ野球スタイルです。
そしてそのスーパーリーグにおける名前ばかりの地域密着。なぜ、トヨタが静岡のチームなのか。静岡のローカル番組などではシャンソンの話題は良く出ます。応援しようという雰囲気もあります。しかしトヨタに関してそんなことは全くありません。名前ばかりの地域密着など、何もしないよりもひどい、汚い事だと思います。
それから、プロとは言い難い収益のシステム。試合の収益は JBL や地域の協会へ。既得権益を守ろうというわけです。ですから、実質クラブチームである新潟 (形態上、企業チームの扱いにしてもらって入れてもらっているらしいです) が自分たちで宣伝活動をして地域のお客さんを増やしても、自分たちの収益にならないわけです。(これものちにやっと、一部が収益として得られるようになったようですが。)
じゃあ、その JBL と企業チームがやっていけるのかというと、次々に休部・廃部。
こういう様子を見て、日本のバスケは駄目だと思いました。
そして、このいすゞの休部。これで完全に駄目? いえ、これはむしろ最後のチャンスかと思います。不幸にも、人気、実力ともにトップチームであるいすゞの休部は、今までのやり方が駄目だという証明です。いや、駄目なのは多くの人はみんなわかってたんだけど、一部の分かってなかった人もこれでやっとわかっただろうということ。事実、関係者からも地域密着のクラブチームとして再生する方向性が語られています。
ただ、今はあまりにタイミングが悪かった……。この不況でクラブ運営を開始するのは最悪のタイミングです。いえ、ただのクラブだったら運営は可能なのです。レベルに応じて運営できるのがクラブ方式の長所。しかし、いすゞのレベル、すなわち国内トップレベルの実力を保ったままで今からクラブ化するのは、現在の経済状況では難しいでしょう。
まあ今は将来を考え、クラブと企業チームが共存する仕組みを整備するしかないでしょう。逆にいうと今できるのはそれだけかも。
それにしても、思うのはJリーグがやってのけた事の大きさ。
10数年前、他の種目と同じように既得権益があったはず。それを改革して、全く新しい構造に作り変えたのです。完全な構造改革の成功です。タイミングもあったのは確かですが、では他の組織に同じことができたか?というと甚だ疑問だし、そもそも好景気で企業スポーツが成り立っていたその時代に、そういう声が出ることもなかったでしょう。
その改革を引っ張って実現したのが、川淵チェアマンなわけですが、彼は雑誌のインタビューでJリーグが実現出来た事に対してこう答えていました。
「理念を持つ事。理念があれば、どんな横槍が入ろうとも自分が信じる道を進むことができる。」
これ、深いですね。
おそらく、仕事、企業、人生、全てに言えることではないでしょうか。