流行音楽についての雑記 (2001年秋編)
2001/09/30
最近聴いた音楽についての雑記です。
三木道三
Lifetime Respect をはじめて聴いた時は、やはりちょっとした驚きがありました。
最初に思ったのは、「えらいまたストレートなプロポーズ系楽曲だな」 と。新沼謙治の「嫁にこないか」 とか、加山雄三の「お嫁においで」 並のストレートさ。一部では、さだまさしの 「関白宣言」 とも対比する話題が出てましたね。確かにそれらと似てるかもしれません。
でも、しばらくすると、ちょっと違う気がしてきました。“愛情” は時代に関わらず普遍みたいな事を言われるけど、そのベースとなる人間は時代によって価値観やさまざまな考え方に違いがあります。 Lifetime Respect が、歌の中で “結婚” とは一線を画して歌っているように、“愛情” としては同じことを歌っているかもしれないけど、それらのプロポーズ物とは、ちょっとベースとなるポジションが違うかもしれない、と。これに関しては、これうまく説明できないですが……。
そういったこともあり、興味が出てアルバムを購入して聴いてみたのですが、彼に関しては、最近の他のミュージシャンとはちょっと違う印象を感じています。彼はレゲエが好きで、それを日本語でやろうとしているのだけど、でもやはりベースは三木道三自身の表現、という気がするのです。つまり、最近の流行音楽のミュージシャン達は 「音楽がやりたくて、そのあとで表現する内容を探している」 のではないかと。(別に悪い意味ではありませんが。) 一方で彼は、本人はレゲエ好きだということでそれを認めないかもしれないけど、まずは自己表現の欲求があって、たまたまそれにレゲエを使っているのではないか、と感じるのです。
もしかしたら、学生運動などと一緒に出てきた、フォークの世界がそれと似ているかもしれません。そういえば、政治的なネタがいっぱいでてくるな、アルバムでは。
さて、彼の歌唱スタイルなんですが、イメージ的にはとてもラフな感じですよね。しかし、TV で歌ったのを見たり、アルバムをよく聴いてみると、メロディーや声質のコントロールなど、非常に緻密に作っていると感じます。
特に Lifetime Respect の楽曲構成上、もの凄く評価したい部分があります。それは、
「ええかげんそうな俺でも しよーもない裏切りとかは嫌いねん
尊敬しあえる相手と 共に成長したいねん」
というフレーズで始まり、最後にまた同じこのフレーズで終わるということ。よく、サビで始まりサビで終わるという楽曲のテクニックはありますけど、この場合はサビでもないし、途中では全く出てきません。この計算されたと思われる構造は僕のツボにはまりました。この始まりと同じフレーズで終わるというのは、繰り返しのループ感を感じさせると思うのです。そして繰り返しのループ感は、永遠さ、普遍さ連想させているのではないかと感じます。
BUMP OF CHICKEN
知ったのはかなり売れたシングル、天体観測でした。ポスト・ミスチルとの評判。しかし、アルバムを聴いてみるとどうもミスチルとは違う印象を持ちました。ミスチルはどちらかというと、シングルではポップスなのに、アルバムはロックという感じでした。BUMP OF CHICKEN もロックぽいのですが、どうもフォーク色があるように思います。
偶然なのか、三木道三と同じ印象なのです。やはりこれは、時代の必然なのかもしれません。音楽するのがかっこいい、という時代を過ぎて、音楽することは生活において全く特別ではなくなってしまった。そして、自己表現をしようとしたそばに、たまたま音楽があっただけ。
もちろん、今までアーティスト達だって自己表現だったわけですけど、その割合がちょっと変わってきたかと……。これらは、僕の思い込みかもしれませんが、今感じている印象です。
女性ボーカル物
女性ボーカルブームと言われた時代も過ぎ、いまや男性ボーカルの時代と言われるようになりました。
今での CD ショップに女性ボーカルのコーナーがあるので、視聴コーナーで聴いてみるのですが、さすがに同じようなアーティストばかり。3年前なら、おおっ、って購入したかもしれないのですが、今ではなかなか購入しようとまでは思いません。
最近雑誌を読んでいたら、「女性ボーカル物のルーツは、ラブ・タンバリンズのエリである」 という記述があって感心。なるほど、R&B 系女性ボーカルが売れ始めのきっかけは UA、MISIA に始まると思ったけど、エリも今で言えば R&B かな。当時は渋谷系と呼ばれていたわけですが。渋谷系が好きだった僕としては、今の R&B へのつながりという意味はまあ嬉しいかな。
R&B のルーツ的な意味では、Suger Soul が古株なんでしょうね。今でもこのジャンルの中心となって活動してるみたいですね。同じようなアーティストが溢れた中では、全部を聴くのは無理なんで、どれか抑えとくなら、この辺りがお薦め。
SPEED と deeps
実は前から書きたかったネタなんで、この機会に書いてしまいましょう。SPEED が売れて、deeps (後に dps に改名) が売れなかったのは何故か?ということについて。
SPEED のプロデュースをしたのが伊秩弘将であることは有名ですが、同じく彼がプロデュースしたのが deeps。確か、渋谷でスカウトされた子を中心に結成された 3人組。グループ名が SPEED をひっくり返した名前になっています。
同じように楽曲提供しながらプロデュースしたのに、何故 SPEED だけがあれほど売れたのかは、ある意味とても不思議です。たしかに、沖縄アクターズスクールでトレーニングを積んできた SPEED と、渋谷でスカウトされた deeps なので、コンセプト自体から違ったのだろうとは思います。ただ、単純にアイドルとしてのルックスだったら SPEED が deeps に勝るってわけでもなさそう。やはり SPEED の個人個人に実力があった、ということでしょうか?まあ、僕はその考え方にも賛同するんですけど、同時に伊秩弘将の楽曲に関する才能の枯渇も感じます。というのは、僕はSPEED 後期の楽曲は、質が落ちたと感じているから。おお!っというコードの進行や展開がなくなってしまいました。あとから出てきた deeps をプロデュースする時には、貯めていた楽曲のストックがなくなっていたのではないでしょうか?
伊秩弘将には、とても魅力を感じていたのですが、思ったより底が浅かったかな、という印象をもっています。
ラブ・タンバリンズを検索してたら、面白い記述を発見。
「90年代前半の日本のポップミュージックシーンは心底地味で真っ当な音楽センスを持つ人間が聴けるようなものではなかった。」
「90年代後半になると 〜(略)〜 ヒットチャートに入る音楽も昔ほどおぞましいほどダサイものではなくなってきたと思う。」
「このようにJ-POPというさほどダサくない大衆音楽の興隆は渋谷系の衰退とリンクしていることは間違いない。」
僕はこの意見にとても近いです。同じように感じる人がいるんだなぁ。