Formula 1 への不満

2001/10/08

相変わらず Formula 1 は見続けていますが、正直なこところ不満で一杯です。ちょっとその内容について書いてみることにします。
もちろん、“不満” といいながら見続けるということは、単純な “つまらない” ではないわけで、そこには “期待” があるわけです。その “期待” とは、要するに “かつての姿” に戻ってくれないかなぁ、という思いなのです。


1990年前後の “F1ブーム”、確かにそれはブームでした。しかしブームだとはいえ、それは多くの人を惹き付けるものでした。同じように行われていた、アメリカの CART (当時のインディ)、国内で行われていた他の Formula レース、あるいは国内外の耐久レース、オートバイによる WGP、などとは次元の異なるレベルの人気を集めたのです。

どうして Formula 1 だけが、あれほどの人気を集めたか?
もちろんフジテレビによる演出の部分が大きかったかもしれません。しかし演出といっても Formula 1 には、演出するに値するだけのネタがあったのです。それは、初のフルタイム日本人ドライバーである中島悟というのも大きかったとは思いますが、やはり “セナvsプロスト” という構造が大きかったでしょう。そしてこの “セナvsプロスト” というのは、Formula 1 の魅力の象徴と言えるものだったわけで、実質的な意味は 「絶対こいつに負けたくない」 という気持ちでした。

当時、ここまでは考えていなかったのですが、Formula 1 が僕を惹き付けた一番大きな理由、それは 「絶対こいつに負けたくない」 という気持ちを、実際に見ることができたこと、すなわち具体的には “気持ちの入ったパッシング(追い抜き)” だったのではないかと思うのです。“意地のパッシング” という言い方がわかりやすいかもしれません。
今でもよく言われる話ですが、CART シリーズや WGP などは選手同士がフレンドリーで和やか。それに対して Formula 1 が人間関係などがギスギスしていてるのだそうです。しかしそれこそが、「絶対こいつには負けたくない」 という戦いであり、そこに意地のパッシングが見えるのです。セナとプロストに至っては、「こいつに負けるくらいならぶつけてしまえ」 というくらい思っているわけです。もちろん、実際のほとんどのレースは、そんなことはできません。しかし、そこまではできないまでも、ギリギリの状態まで、抜かれまいと、あるいは抜こうとするのです。
言うまでもなく、セナ、プロスト以外のドライバーも同じでした。それが見る我々に伝わっているかというのも重要なことであって、フジテレビは、多少過剰な表現ではありましたが、それをうまく演出したわけです。


ところが、問題なのは最近の Formula 1 の状況です。最近のレースにおけるパッシング、特に “意地のパッシング” と言えるようなものは、ほとんどなくなってしまったのです。そもそも、覚えているパッシングが少ない、というべきでしょうか。昨年のパッシングで思い出すシーンと言えば、スパでのハッキネンのパッシングくらいでしょうか。あとはあまり思いつきません。昔のパッシングシーンだったら、もっと思い浮かぶものがたくさんあるのですが。

パッシングが減ってしまった原因はいくつかの原因があるのですが、そのほとんどが給油と言っていいでしょう。
給油のシステムが始まったのは何年前だったでしょうか? 始まった当初は、給油をどのように利用するか、などの面白みがありました。しかし、それも大体読める状況になってしまったのです。

最近のレースの流れのひとつのパターンはこんなものです。

スタート時の燃料搭載量少い車 -> 速いので先行 -> 先に給油 -> 車が重くなってタイム落ちる
スタート時の燃料搭載量多い車 -> 遅い   -> 車が軽くなったところで長く周回を重ねる
-> 補給量が少ないのでピットでの作業時間少ない
     
逆転

給油作業時間というものが、どのチームも同じだとしたら、ピットから出てきた時に再び同じ位置関係に出てくるはずです。ところが、給油量が少ないとピットの作業時間が短くなります。2〜3秒の違いであったとしても、Formula 1 においてはとんでもない数字です。また、車が軽い状況での周回のタイムは、先に給油を済ませた車に比べればかなり速いのです。その時間差を利用して逆転を行うというケースがかなりあるのです。

全く反対のパターンとして、「どうしても抜けないので、先にピットインして給油を済ませてしまい様子を見よう」 というものもあります。上記のケースと比べると明らかに不利なのですが、序盤から無理をするの避けるという場合で、仕方なく選ばれる作戦です。いずれにしてもパッシングが減る原因です。

もちろん、上記で挙げたケースとは違って、スタート時の燃料の軽い車が先行して逃げ切るというパターンもありますが、まあその場合は元々パッシングはなかったわけで、問題なのは、過去ならコース上でパッシングがあったであろうケースが、ピット作業中での追い抜きに代わってしまったことなのです。

思うに、きっとドライバー自体は、過去も今のほとんど違いがないはず。しかし、「相手がピットに入った後でタイムを稼げば最終的に抜くことができる」 ということが明らかになっている状況で、危険を冒して無理なパッシングをするドライバーはいません。パッシングでミスをしてしまえば、レースを失うこともあるわけで、場合によっては危険なドライバーという烙印を押されることもあるのです。

勝つために無理しなくていい状況。それが給油のシステムであり、僕個人としてはほんとに気に入らない部分です。給油システムはただちにやめて欲しいです。