悪いことをすればバチが当たる

2001/12/23

どのくらい前のことだったか忘れましたが、新聞の投書欄で読んで、とても強い印象が残ってるフレーズがあります。
確か、若者のマナーを嘆くような文章で、最後に書いてあった一文がこれです。

近頃の親は、“悪いことをしたらバチが当たる” と教えないのでしょか?

これを読んで、ほんとに可笑しくなってしまいました。いえ、悪い意味ではありません。あまりに 「その通り! もっともだ!」 と思ったのです。 “悪いことをしたらバチが当たる” こんな素晴らしい格言を後世に伝えないのは絶対間違っています!
思えば僕もこれはよく言われました。僕がよく言われたのは、“物を粗末にするとバチが当たる” だったように思います。

考えてみると、バチが当たるっていうのはどういう事なんでしょうね。
思うのですが、きっとこれは具体性や根拠は、あまりないのではないかと思います。

しかし、その効用はあります。
おそらく 「あんなことをするやつは、バチが当たるに違いない」 というのは、悪いことをした人に対する反発の気持ちを押さえ込む為の、バランスを取る気持ちの持ち方として有効でしょう。
「バチが当たるから悪いことをしない」 というは、悪いことをしてみたいという欲求とそれを抑える気持ちとの、バランスを取る為の気持ちの持ち方として有効に違いありません。
そして 「バチが当たるよ!」 と子供を叱るのは、理屈でないマナーなどを教える時に都合がいいです。食べ残しをしてはいけない、など。そもそも、マナーなどの一部は単なる慣習であって、理由がないものも少なくありません。(あるいは、ほんとは理由があるのだが、それが忘れ去られてしまった場合など。) それを教えるのに理論的な説明をすることができない時に、とても便利です。


さて、それでここからは全くの想像なのですが、キリスト教なりイスラム教なりの宗教の場合では、「神が……」 という理由で、いろんな事に明確な説明ができるのではないでしょうか? そして、日本においては 「神が……」 は、それほど説得力にならずに、曖昧な 「バチが当たる」 になっているのではないでしょうか?

でも、だからと言って決して日本人が神を信じない、ということでもないと思うのです。
よく言われるのが、「日本人はクリスマスを祝って、そしてお正月に神社に行く。これはおかしい」 というもの。でもこれ、全然おかしくないと思います。
日本には
八百万(やおよろず) の神という言葉あるように、唯一の絶対神ではなく、多神教の考え方をしてます。水や木や岩、海や山、さらにお米一粒一粒に神様が、などというくらい。八百万じゃ足りないかも。だから、クリスマスもお正月も OK なんだと思うのです。八百万の神というのは元々は神道の考え方ですが、実際には仏教徒であろうと、生活に密着した非常に一般的な考え方でしょう。

(01/12/27) あれ?八百万って、800? それとも 8000000? 「よろず」 ってたくさんって意味なら、800の神なんだろうな。いや、辞書だと「やおよろず」 で非常に多いって意味だな。(笑)

ただ、たくさん神様がいて、唯一絶対神を持たないということで、信心深く見えないし、実際、深さ的な見方をすれば深くないんだと思います。絶対神でないから、神様が見ていない部分があって、ちょっと悪いことしても、ばれないこともある、と。このあたりが、多少日本人のマナーの悪いとこ、人が見てないとゴミを捨てるとか、自制心が働かない部分の遠因になっているのかもしれません。


いずれにしても、「悪いことをしたらバチが当たる」 っていうのは、日本の文化だと思います。これを伝えていくのは、伝統文化を守ると同じで、良いことではないかと思うのですが。


ネットで見つけた、「バチが当たる」 をテーマにしたコラム。

若者のマナーの心理学

ネットで見つけた、八百万の神に関するサイト。

「神」八百万の神ご紹介

八百万の神々

悪魔辞典〜八百万の神々(大和神話)

神とは? (聖書のキーワードより)