パラパラの話 〜日本人ユーロビート大好き説〜
2000/03/11
毎朝、TBS の「はなまるマーケット」を途中まで見てから出勤しています。ある日、そこで取り上げられたのが、東京ディズーニーランドでのパラパラ。ミッキーマウスが振り付けを教えてくれるイベント。
へぇー、パラパラってそこまでメジャーになってきたのか。もちろん裏で avex が仕掛けてるんだろうけど。
パラパラという言葉を初めて聞いたのは、90年代中頃(より少し前かな?)だったと思います。
そのちょっと前から、時代を追って話をしましょう。
10年ほど前のディスコブームは、サウンド的に前半と後半に分けることができると思います。おおざっぱに言うと1980年代後半と、1990年代前半。
80年代終わり頃にディスコで流れていたのはポップなダンスミュージックで、これも話の都合上、二つに分類します。一方は、3人組のプロデュースチーム、SAW(ストック/エイトケン/ウォーターマン)の PWL レーベルに代表されるサウンドで、BANANARAMA、KYLIE MINOGUE など、一般チャート(UKチャートか?)でもヒットしていた曲など。DEAD OR ALIVE も入れていいかな。
(追記 2000/03/15 ) おっと、あの RICK ASTLEY を書き忘れてました。
もう一方が、イタリアを中心とするも“バリバリの”ユーロビート。『BOOM BOOM』 や 『MEET MY FRIEND』 や 『UPSIDE DOWN』 と言えばわかる人もいるでしょう。ベルギーのレーベルから出ている 『GIVE ME UP』 の MICHEL FORTUNATI もこちらに入れましょう。こちらの方が、よりダンスっぽいサウンドです。一方で飽きられやすい気もしますが。
まあ、広義では両方ともユーロビートと呼ばれています。( 純粋なジャンル的には違うのですが。) いずれにしても、それらで共通なのは、ポップであるということ。
90年代に入ってからは、比較的ポップ色が薄れます。90年代を代表する大箱型ディスコ「ジュリアナ東京」 のテーマ曲とも言える 2 UNLIMITED ( は、比較的ポップですが……) の 『TWILIGHT ZONE』 に代表されるサウンドで、決めフレーズが、それ以前の心地よいメロディではなく、シンセサイザーによるフレーズの繰り返し。( これって結局は、その後のクラブにおけるテクノにつながってると思います。)
そしてこの後、ディスコ全盛時代は終わり、ご存知のようにクラブの時代がやってきます。
さて、僕の記憶では、パラパラとはその 90年代半ば近くのディスコブーム終焉の時期に 80年代に流行った“バリバリの”ユーロビートを好んだ人達が続けていたもの。深夜の情報番組で見ましたが、その時の印象は「今更?」。というのは、そういう振り付け、80年代のディスコでも一部で存在してましたから。特に学生のダンパなどでは、自分達で振り付け作って踊っていたケースはかなり多かったはず。というところで、予想通りその頃パラパラが人気になることはありませんでした。
そして、クラブの時代へ。テクノ、ドラムンベース、ハウス、ビッグビート、R&B、……。ユーロビートは完全に非主流派となりました。しかも当時、ディスコ からクラブへの流れの特徴として、服装や踊り方というものがない自由さ、というものが挙げられていました。そうなると当然、パラパラが流行るはずはありません。
しかし、それ以後も細々と、パラパラは生き残っていたのです。
思い出したように情報番組で取り上げられたり、キムタクがバラエティ番組で取り上げたり。
そして時代は流れ、ここ数年、パラパラのビデオがお店で売られ、TV でもその映像が取り上げられるようになり、ついにはディズニーランドでイベントになるとこまできました。その認知度はじわじわと高まっているように思います。正直、(言っちゃ悪いが)こんな他愛もないはやり事が、長期間に渡って続いていたというのは、ちょっとした驚き。こうなるには、それなりの理由があったのではないかと思います。
ひとつは、おそらくパラパラ踊っている人達が、10年前のディスコブームを知らない世代であるということです。彼らにとっては「みんなで同じ振り付けを踊る」というのは新鮮味があるのかもしれません。大ヒットしなかった事で、かえってそれほど古さを感じさせず、長続きしていると考えられます。
(ただし、ディズニーランドでは、10年前に踊ってた人が、今、子供連れの主婦として踊っているようで、こちらには懐かさでウケているのかもしれません。 元々日本人は、盆踊りのような踊りが大好き、という説もあるようですし……。)
もうひとつが、クラブ全盛の時代であっても、パラパラをサポートする勢力はずっと存在していたということでしょう。根強いユーロビートの支持です。はっきり言って、クラブなどの最先端の流行側からは馬鹿にされていた“バリバリの”ユーロビート。しかしながら、その企画物アルバム「Dance Mania」シリーズは発売の度に売り上げランキング上位に顔を出していました。(僕も結構持ってます。) 正直なところ、一体どの世代が 「Dance Mania」シリーズを購入していたのかはわかりません。しかし、間違いなくそれらを支持する人達がいたのです。
実は僕の周りでは、随分昔から“日本人ユーロビート大好き説”というのがありました。といっても、音楽に詳しい人以外は、ユーロビートってどんな音楽か正確に述べることはできないでしょう。しかし、それは歌謡曲に“カバー”という形でしっかりと入り込んでいたのです。古いとこでは、荻野目洋子、WINK、といったあたりがそうです。特に WINK は、SAW 物のカバーでヒットを重ねました。
その後、“日本人ユーロビート大好き説”を補強したのが、安室奈美恵でした。ご存知の通り、安室奈美恵 with スーパーモンキーズでデビュー。当初は元気な歌謡曲系。ロッテの CM に出演するも、デビュー以後のシングル 4枚はヒットせず。5万枚売れないこともあったとか。そして、初めてヒットしたのが、“バリバリの”ユーロビートである『Try Me 〜私を信じて〜』 でした。ちなみに、東芝 EMI から Avex に移籍したのはその後で、小室哲哉によるプロデュースはそれ以後の話。最初のヒットはユーロビートの楽曲の力が大きかったと思います。
そして、その頃から日本における“バリバリの”ユーロビートが続けて供給されるようになります。MAX の初期の作品群。『TORA TORA TORA』、『Seventies』など。V6 の『MUSIC FOR THE PEOPLE』 。
ちなみに、前出の『Try Me 〜私を信じて〜』含めて、これらの作品はすべて DAVE RODGERS の手によるもの。日本で受け入れられる“バリバリの”ユーロビートを作っているイタリア人で、10年ほど前のディスコブームの時も、第一線で活躍していた人です。このことからも、“バリバリの” ユーロビート直系のサウンドと言っていいでしょう。
(追記 2000/03/15) EUROBEAT → J-EURO について書いてあるページを見つけました。
ということで、今回のパラパラのヒット、これも“日本人ユーロビート大好き説”検証の貴重な素材になりそうです。
(追記 2000/03/15 )
COUNT DOWN GROOVE で 20位に、例のミッキーマウスマーチがランクインして、話題になってました。やはり「信じがたい出来事」と言う扱いされてますね。ゲストの m-flo によると、パラパラって「海外では見たことない」そうです。
ちなみに、そのミッキーマウスマーチ歌ってるのが、DAVE RODGERS の奥さんである DOMINO で、彼女が『Try Me 〜私を信じて〜』や『TORA TORA TORA』のオリジナルを歌った人です。
DOMINO が日本語で歌った、なかなか素敵な曲を知ってて、CD 探してるんだけどなかなか見つからないです。アルバム未収録なのかなぁ。
それから、本文には出てきませんが ユーロビート = パラパラではないのでご注意。ある程度テンポが速くないとパラパラにはなりません。こんなページも見つけてしまった。