女の勘

2000/07/02

ある日の、車で信号待ちをしている時の話です。前にバイクが止まっていました。乗っているライダーはごく一般的なツナギ、フルフェイスのヘルメット。その様子を見て僕は “なんとなく” 「あのライダーは女性に違いない」と思いました。決してそのライダーが、いわゆる女性らしいスタイルだったわけではありません。一見したところでは男性と変わらないスタイルでした。けれど、僕は女性だと思いました。
そのライダーのどこを見て、僕が女性だと思ったのかはわかりません。もしかしたら、微妙なスタイルの違いや、ちょっとした仕種、そういった違いがあったのかもれません。でもそれに意識的に気がついてそう思ったのではありません。“なんとなく”そう思ったのです。


今時、ボーイッシュな格好をした女性や、長髪の男性、は珍しくもありませんね。しかし、顔の見えない後ろ姿であっても、女性と男性を見間違えることは少ないです。もちろん、大抵の場合は、明らかなスタイルの違いからわかるのですが、そうではない場合でも “なんとなく” わかることが多いです。

もっと簡単な例にしましょう。
ニューハーフのお姉さん(お兄さん?)が、きれいに化粧をしています。それでも 「この人は男性だ」 と気がつくことが多いですよね? もちろん、髭が生えているわけではありません。でも “なんとなく”わかりますよね。もちろん、100%正解できるわけではありませんが。


さて、ここで考えてみたいのは「ちゃんと見分けられるかどうか?」という話ではなく、見分ける際に何を根拠としているかということについてです。“なんとなく”という部分について。

ニューハーフのお姉さん(お兄さん?)が髭を生やしているわけでもないのに、なぜ男だと分かったのでしょう?
女性と男性では眉が違う?
目が違う?
口が違う?
肌の質感?
それらの配置が違う?
違いますね。それら自体には男女の差はあまりありません。でも、違うと思った理由は何かあるはずです。あるはずなのに、どうも言葉では説明できそうにありません。


実は大学の卒業研究で、ニューラルネットを使った音声認識の研究をしてました。ニューラルネットとは人間の脳の仕組みを真似た、人工知能の一種で、学習を繰り返すことによって判別方法を覚えさせるというものです。簡単に仕組みを説明すると、n次元の空間を分割することによって……って、全然簡単じゃないですね。
要するに、たくさんのデータ (これが n次元ってことなのですが……) を同時に入力して、それらを総合した違いを検出して識別をするのです。
そして、このニューラルネットによって行なわれる識別方法は、そうなった現象を説明することはできるけど、そうなる理由を説明するのは大変難しいのです。つまり “なんとなく” 決まるのです。

そうなのです。ということは人間の脳にも、言葉で説明できるような意識的な理由を持つ識別だけではなく、“なんとなく” 無意識に行なう識別があってもおかしくないのです。
きっとこれが、上で挙げたような人間の男女識別の原理だと思います。おそらく、眉とか、目とか、口とか、肌とか、それらの配置とかの、それら全てを総合して、子供の頃から育つ過程で学習した結果として、明確に意識できない、無意識な理由で識別を行っているのです。


ところで、そのニューラルネットの話なんですが、実は同じように学習をしても結果が違うことがあるのです。
ちょっと専門的な話になりますが、ニューラルネットの学習とは、“重み付け”を行うものです。ある初期値の状態から、正解なら正の方向に“重み付け”を行い、不正解なら”負の方向”に重み付けを行います。
何度も何度も学習を繰り返すわけですが、もし、同じく十分な回数の学習をして、その範囲内では同じ結果になったとしても、もっと細かい部分においては、その学習の結果は初期値に依存します。正確に言うと、初期値によって、あるデータに関しては敏感に反応し、別のデータは上手く反応できなかったりするのです。

ということから思いついたのですが、いわゆる 『女の勘』 っていうのは、この初期値の違いによって、ある分野において男性より女性の方が学習効果が現われやすいからではないかと。
つまり女性は、例えば、夫や恋人の、仕種、振る舞い、声のピッチ (人は嘘をつくときはピッチが高くなるらしい) などの、(意識できないレベルでの)微妙な変化に “なんとなく” 気がつく、そういう初期値をもって生まれているのではないでしょうか。正確には、必ずそうだというのではなくて、女性の方が男性よりもそういう初期値を持っている可能性が高い、ということですが。

よく、古くから言い伝えられていることが、実は科学的根拠があるケースって多いですよね。「食い合わせ」に関して、科学的な根拠が発見されたり。
きっと 『女の勘』、『野生の勘』、『ベテラン刑事の勘』 なども、遠い将来科学的に理由が証明されるのではないかなぁ?


なお、こんな内容の文章を書いたからといって、僕が 『女の勘』 で 「痛い目にあった」 とか 「窮地に立たされている」 などということはありません。誤解のないように。