能力分布
2000/01/31
これから書く話、実は至極当然の話です。でも、なかなか気が付かなかったので、ちょっと書いてみることにします。
過去 2年間 Formula 1 のレギュラーシートを確保し、全戦参加していた高木虎之介ですが、ことしは国内レース最高峰の Formula NIPPON に参戦します。
はっきり言ってしまえば Formula 1 のシートを失ったわけです。
シートを失ったということは、高木は Formula 1 ではやっていく能力がなかった、ということでしょうか?
いいえ、そんな事はないと思います。特にその「速さ」に関しては他の平均的な Formula 1 ドライバーと比べても遜色ないと思われます。( もちろん「速さ」だけでは Formula 1 のドライバーとしては十分ではないのですが。)
ちょっと余談になってしまいますが、速さに関してはこんな実績があります。
Fromula 1 のレースの中で最も難しいと言われるコーナーに、ベルギーGP のスパ・フランコルシャン・サーキットのオー・ルージュ(確か「赤い水」という意味)があります。ちょっとした Formula 1 ファンなら間違いなく知ってる名前です。それは S字(というよりクランク?)状の下り&昇りを 300km/h 近くで走り抜ける超高速コーナー。コーナーに突入する際に、ドライバーの目からは、登り斜面が壁のようにそそり立って見えるそうで、度胸と技術の両方が必要なコーナーです。毎年、何人かのドライバーがマシンがばらばらになるような派手なクラッシュを起こしています。
1999年のベルギーGP予選で、高木はオー・ルージュ通過スピードが全体で 2番でした。ここで簡単に 2番と言ってしまいますが、高木の乗っていた車は、明らかに全体(20数台)で最低レベルの総合力しかない車。コース上の他の場所、例えばストレートなどの通過スピードはその車の能力そのもので下から数えて 2〜3番目というところ。大袈裟ではなく、それは驚くべき結果でした。
結局、そのベルギーGP の本戦はマシントラブルでリタイアしたのですが、チームの代表のトム・ウォーキンショーも「レースカーにトラブルが起きてしまい申し訳ない。おれも元ドライバーでここは何度も走ったことがある。オー・ルージュがどんなに難しいところかよく知っているよ。今回どんなに頑張ったかは、分かっているよ」と言ったとのこと。
(上記の内容が書いてある高木の手記)
しかし、どんなに高木が凄かったと言っても、結局はシートを失ったわけです。それはただ単に運がなかったということでしょうか?
いいえ、それも違うと思います。高木は才能の片鱗は見せたが、結果を出すことはできなかったのです。
そもそも、一度でも Formula 1 のシートに座った選手の大部分は、かなりの才能を持っている選手です。各国のカテゴリーでチャンピオンやそれに準ずる成績をおさめた選手達。たとえ、オー・ルージュでは高木より遅くても、他のコーナーでは高木より速いかもしれません。ほとんど差はないと言ってもいいでしょう。そんな中で、ほんの少しの運を引き寄せ、ここ一番での結果を出した選手だけが毎年シートを手に入れるのです。このほんの少しの差が大きいとも言えるのですが、純粋な能力的にはそれほどの差はないと考えてもいいと思います。ただし、一部のスペシャルなドライバーを除いて。
そう、そのスペシャルなドライバーとは、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、ミハエル・シューマッハ、などです。彼らは他のドライバーとは別格です。突出している、と言ってもいいでしょう。
前置きが随分長くなってしまいましたが、今回のお話のポイントはこの“突出”とその後に続く“団子状態”についてです。
こういったトップレベルの分布は、能力に比例して等間隔に並んでいるのではなく、“突出”と“団子状態”になるのではないでしょうか?それは決して偶然ではなく、正規分布のように現れるということだと思います。降水確率や、受験生の偏差値でおなじみのやつです。世界最高峰の Formula 1 のドライバー達は、この正規分布の一番端っこの部分に当たります。そこはこの分布の中央寄りの部分とは違って、能力とその分布が正比例的ではなく、二次曲線的になっているのです。つまり、突出した選手がいて、残りはだんだんと団子状態になっていくのです。
さてさて、どうしてこんなことを言い始めたかというと、サッカー日本代表について考えてみたいからです。
例えばフランスワールドカップの時点ならば、日本代表では中田英寿がナンバーワンプレーヤー。その次が名波浩でしょう。この辺りまでは多くの人が納得するところ。しかし、その次はなかなか意見が割れてしまいます。その理由はまさしくこれ。正規分布のように、突出した中田、それから名波、以後は団子状態になり、ほとんど力の差がないからなのです。
そして、一番言いたいのがここなのですが、その団子状態の部分からは、切れ目なく代表漏れした選手がごっそりつながっているのです。
フランス大会で代表に選ばれていない選手、例えば藤田や沢登、彼らの能力が代表選手に比べて劣るわけではないと思うのです。代表入りできない選手に対して「代表入りできないのは、何かが足りないのだろう」なんて言うのは簡単ですが、本当は力の差はないのです。もちろん、その「何か」があるならば、その選手は誰が監督になっても選ばれる、突出した選手になるわけですが。
実際のところ、選ばれた選手と、選ばれなかった選手にはほとんど変わりはなく、能力というより監督の趣味、戦術上の都合で選ばれていると言ってもいいでしょう。あるいは Formula 1 同様、同じようなチャンスを与えられて、そこで結果を出した選手。(これはこれで、例え能力が他の選手と同じでも、彼が代表に選ればれる正当な理由ですが。)
ですから「日本代表代表だから……」というのを根拠に、選手の能力の評価するのは止めて欲しいな、と思うのです。確かに一部の選手は誰が監督になっても選ばれる選手ですが、残りはどんどん入れ替わる選手なのだから。