「ミスジャッジ」への反論から
2000/04/23
「ミスジャッジ」の一部の内容に対して、反論のメールをいただきました。要約すると「サッカーよりバスケットの方がミスジャッジが多く、バスケットの方がより運不運が大きく影響しているのでは?」というものです。
なるほどその反論の指摘をよくよく考え直してみると、「ミスジャッジ」の考察に不十分な点があることに気がつきました。どうやらミスジャッジはふたつの種類があるようです。ひとつは「行事差し違い」的なミスジャッジ。もう一つは「判定基準の違い」によるミスジャッジです。
まずは「行事差し違い」的なミスジャッジ。サッカーでもバスケでもどちらでもいいのですが、こんなケースです。
攻撃の選手と守備の選手がぶつかった際に“明らかに”攻撃側の反則なのに守備側の反則という判定が出た。“明らかに”ボールあるいは選手の足がラインを越えたのに越えないという判定だった。ボールがコートあるいはピッチから出た際“明らかに”ある選手が最後に触ったのに別の選手だと間違って判定された。あるいはサッカーでしばしばある“全く”足がひっかからずに転んだのに審判が間違ってファールをとって PKを与えてしまった。“明らかに”ハンドがあったのに審判のポジションが悪くて見えなかった。
実は「ミスジャッジ」で書いた内容はこちらを想定したものでした。これら「行事差し違い」的なミスジャッジに限定すると、間違いなくバスケットよりもサッカーの方が多いと思っています。バスケットでも毎試合必ずありますが、サッカーの比ではないと思います。( ここが違うとしたら見解の相違としか言いようがありませんが。)
この理由のひとつは明らかにフィールドの広さと審判の人数の問題です。比較的狭いエリアに 10人のプレイヤーで必ず別方向から 2人(NBAの場合は 3人)の審判が見ているのがバスケット。サッカーの場合は、あの広いエリアに 22人ものプレイヤーがいても主審はひとりきりで、ボール以外のオフサイドラインの監視に力を注がねばならない副審がふたり。フィールドでロングパスが出てしまうと、審判のポジションはボールからはるか遠くになってしまいます。審判と副審が同じ方向から見るケースも起きてしまって死角が生じることも良くあります。
しかしながら、それでもここまでやってきたのは、「アメリカのスポーツとヨーロッパのスポーツ」に書きましたが、ラグビー同様、紳士のスポーツとして始まった特徴として「ミスジャッジがあっても構わない」という文化的背景があると思います。
それでは、今度は「判定基準の違い」について考えましょう。
メールでいただいた「ミスジャッジ」に対する反論の根拠として「バスケットの判定は、かなり曖昧で審判に裁量による部分が大きい」という主張がありました。確かにそいう面があるかもしれません。バスケにおいて「あ、今の判定は厳しいな」とか「ラッキー、ファウルに取られなかった」ということは極めて多いです。もしそれらを全てミスジャッジとするなら、もしかしたらバスケットの方が多いかもしれません。(当然、サッカーにも同じようなものが多数ありますが。)
しかし、このような判定基準の違いは、よほどのケースは別として、ミスジャッジとは言えないと思います。( というか、よほどのケースは“行事差し違い”になります。) こういった判定基準が審判によって異なることや、あるいは場合によってムラがあることはミスジャッジではなく、ある意味“折り込み済み”のことだからです。
数年前の NBA ルール改正で、手を出してディフェンスするとファールを厳しく取る、という改正がありました。それに対して厳しくとる審判やとらない審判とで、いろいろな判定が出ました。(今でもそういう個人差があると思います。) しかし、それに対してミスジャッジだという批判は起きませんでした。それは単なる判定基準の違いだからです。
実際、このケースはミスジャッジではないと思います。なぜなら、それは“折り込み済み”であり、「この審判は厳しいな」ということがわかればプレーヤーはそれに合わせてプレースタイルを変えるからです。それは確かに「運・不運」があるといえますが、それさえも“折り込み済み”と考えていいと思います。
また、こんな例もあります。
バスケットボールマンガ「スラムダンク」をご存知でしょうか? 20巻に「この試合のチャージングの境界線を引く」という言葉が出てきます。「今のプレーで笛を吹かなったから、審判は次もこれくらいの当たりに笛を吹けない」という話です。つまり審判も、試合の最中に統一した判定基準にしようとするし、プレイヤーもその基準がわかり、それに合わせたプレーをします。判定に偏りがないかぎり、どちらか一方に有利不利はありません。それに合わせられないのは技術的に劣っているというだけです。
さらにサッカーにおいては、審判が意図して試合中に判定基準を変えたケースも見たことがあります。Jリーグで外国から招いた審判が、前半は極めて接触プレーに甘い判定をしていたのに、後半急に厳しくなってイエローカードを連発しました。僕はその試合を見た時は判定基準の変化に怒っていたのですが、同じ試合を見ていたサッカー通の友人と話をしてみると「あれは、危ないプレーが増えてきたから意図的に基準を変えたんだよ」と言われた時には目から鱗が落ちました。なるほど、サッカーではこういうこともあるのか、と。
バスケの場合、複数審判ですから、こういうことはまず起きませんし、審判による個人差もサッカーに比べると小さいと思います。サッカーの場合、明らかに審判の出身地(ヨーロッパ、南米、東南アジア etc.) によってもおおまかな傾向がありますし、また同地域出身であってもかなりの個人差があります。
しかし、いずれにしてもそれらは“折り込み済み”であり、“行事差し違い”的なミスジャッジとは違うものです。
余談ですが、判定基準の違いが、明らかに試合に影響したと思われるケースをひとつだけ知っています。「ラグビーの話」にちょっとだけ書きましたが、十数年前に、社会人代表と大学代表でラグビー日本一を決める試合で、わざわざその試合の為にイングランドかどこから審判を招聘したら、日本でやっているのと余りにもかけ離れた判定基準だった為に、劣勢が予想されていた慶応大学が勝った試合、です。実力的に社会人チームが間違いなく上の時代に、大学チームが日本一になった唯一の試合という、大番狂わせの試合でした。これはあまりに特異なケースだったと思います。その判定基準の違いが“折り込み済み”の範囲を遥かに超えていたから。だからといって、これもミスジャッジであったとは言い切れない部分があります。条件は両方に同じだったわけだし。しかし、ラグビーという、アマチュアスポーツでかつ審判の判定が尊重される競技でなかったら大問題になっていたかもしれません。
ということで、僕の考えた結論としては「“行事差し違い”的なミスジャッジは、バスケットよりサッカーの方が多い」、そして「判定基準の違いは、よほどのケースを除いてミスジャッジとは言えない」です。
ところで、自分で読み直して気がつきましたが、「ミスジャッジ」の主張は、バスケットはミスジャッジの数以上に、フリースローをはじめとする、フリーのシュートを外すなど直接的な個人のミスの回数が多いことで、相対的にミスジャッジの割合が低い、ということ言っています。したがって、バスケットよりサッカーの方がミスジャッジが多いか少ないかということは述べていませんでした。
そして、いずれにしても、「ミスジャッジ」の本質的な主張は「ミスジャッジで試合が決まったように見えるが実はそうではない」であることを確認しておきます。