マンガに見るスポーツの進化

2000/06/11

マンガと社会」に、マンガと実際の社会は互いにフィードバックして関わりあっているという話を書きました。中でもスポーツはそれがわかりやすいケースです。
そしてそれだけでなく、マンガを見ることでその競技の内容、あるいは見ている観客のレベルが進化してることがわかる、ということに気がつきました。


細かい野球のルールや戦術をマンガで覚えたという人も多いのではないでしょうか? 僕はインフィールドフライのルールや、隠し球をする際のルール、振り逃げできる条件なんかはマンガで覚えました。戦術的にはヒットエンドランやバントエンドラン、スクイズの際の駆け引きなどもそうだったかもしれません。特に、水島新司の一連の作品には、心理的な戦術が描かれました。中でも「ドカベン」で描かれたキャッチャーのインサイドワーク(配球)というのは、特筆すべきものではないでしょうか?

それ以前のマンガ、例えば「巨人の星」の時代は、ピッチャーとバッターの対決が、そのほとんどを占めていました。ピッチャーが速い球、あるいは魔球を投げる。それをバッターが打つ。しかし「ドカベン」には配球というものが描かれました。相手の狙い球を読んで裏をかくこと。遅い球を見せることで、次の球が速く見えること。
この「巨人の星」から「ドカベン」への変化が、野球マンガの進化です。それは実際の野球へと近づく動きでありながら、同時に、マンガを読む読者へのレベルの高い野球への啓蒙活動を兼ねています。

もちろん野球だけではありません。他のスポーツにおいてもその進化は見られます。


まずはモータースポーツにおいて。
あのスーパーカーブームを生み出したマンガ「サーキットの狼」。
( ところで、PUFFY の「サーキットの娘」は、僕たちの世代は思わずニンマリですよね。「サーキットの狼」と同じ字体のロゴになっていて。)

モータースポーツのテレビ放送なんてほとんどなかった時代、僕たち子供はマンガの中で(タイヤを滑らせて車の向きを変える)ドリフト走行というものを初めて知りました。実際、当時の映像を見ると Formula 1 でもそういうシーンが見られたわけです。
ところが、現在の Formula 1 では、ドリフトしながら車を滑らして走るというシーンはめったにお目にかかりません。実際はドリフト走行には時間的なロスがあり、また、ドリフトを行うことでタイヤを痛めるというような事実があるからです。そういう理由で、現在では、極力タイヤを滑らさないグリップ走行が普通です。(もちろん、今でもラリーなどではドリフトして走るのは当然ですし、鈴木亜久里に言わせると「内輪差だけスライドさせるのがほんとのグリップ走行」なのだそうです。)
この、実際の競技の進化が、現在の自動車マンガではどうなっているかというと、ちょうど今連載されている大人気のマンガ「頭文字(イニシャル)D」の内容はこんな感じです。
「(ダウンヒルの勝負で)長期戦になればFRの車よりFFの車が先にフロントタイヤを消耗する。」
そこには、走り方、車の車種によるタイヤの消耗などが描かれています。明らかに「サーキットの狼」の時代より、内容のレベルがワンランク上がっています。Formula 1 の走り方が変わったように。


サッカーにおいても同じような現象が見られます。しかも、「キャプテン翼」の時代から進化しているのは当然なのですが、注目すべきはJリーグが始まった頃にたくさん現れたサッカーマンガと今現在のサッカーマンガを比べても、わずか数年で描かれている内容に急激な変化が起きていることです。まるで日本サッカーのレベルが急激に上がっているのに合わせるように。

まずはJリーグが出来る前のマンガについて。
最も初歩的なレベルのサッカーマンガにあったものは必殺のシュート、パスでしょう。翼くんのドライブシュートなどで、それは大リーグボールに比べたらリアリティがあるとはいえ、野球での魔球と同じです。
ただし、「キャプテン翼」にはそれ以外に注目すべき点がありました。「MF(ミッドフィルダー)こそチームの中心」という考え方です。絶大な人気を誇ったこのマンガの影響で、背番号10に憧れた子供は多いでしょう。現在の日本サッカーの現状「MF ばかり、いい選手(中田、名波、中村、小野、etc.)が輩出される」という状況を生み出したのは、このマンガが原因だという説があるくらいです。

そしてJリーグが出来て以降、たくさんのサッカーマンガが出来ました。そこには必殺シュートの姿はありません。そこでは、プロが出来た日本サッカーに合わせた、サッカーのドラマが描かれました。あるいは最も簡単な戦術(カウンター、サイド攻撃)やシステムの話(4-4-2、3-5-2、ゾーンプレス、ワントップ、ボランチ、etc.)まで。これは、Jリーグの開幕により、特にマンガ家のサッカーに対する理解が進んだことを示しています。

さて、日本がワールドカップに出場した現在、さらに内容がレベルアップしました。ここ半年くらいに連載が始まったサッカーマンガのうち、ふたつほど取り上げてみましょう。そこには、こんな内容が扱われています。
ひとつの作品で取り上げられたのはスペースを作り出す動き。身体能力の劣る主人公が頭を使って点を取る為のポジショニングを考えます。
もうひとつの作品にあるのはパスに情報を込めるということ。早いパスを右足に出したら、それは左後方に敵 DF が詰めているという情報を、緩いパスは安全だという情報を含んでいるのだ、と。あるいは、相手選手の特徴に合わせて、スペースに出すパス、足元に出すパス、を使い分けよう、など。
どちらの作品も共通して、主人公らがトレセンなどの制度に呼ばれて、学校教育とは違うシステムの中でサッカーを学んでいるのも特筆すべきことです。

実は「どちらの足へパスを出すか」というのは、おそらく日本のトップリーグにおいても、言われ始めてから10年もたっていないはずです。急激な日本サッカーの変化にマンガも数年遅れで追いついてきています。これが、若年層のサッカーの理解を深めることに貢献し、日本のサッカーのレベルは更に上がるに違いありません。
おそらく、近いうちにマンガの中に、今の日本代表のフラット3というシステムを採用するチームも出てきて、フラット3の目的である、中盤をコンパクトにして攻撃を行いやすくする、などの解説がされるでしょう。それらはサッカーをする人、見る人への啓蒙活動となるでしょう。
また、サッカーマンガの内容がこれだけ進化し続けていることから、実際の日本サッカーがまだ進化しているということが分かるとも言えますね。


一方で、野球マンガについてですが、どうも水島新司が描いた野球以上のものは、今の野球マンガに見当たりません。実際の野球を見ても、15年ほど前から何かが変わったかというと、フォークボールを誰でも投げることができるようになったこと、くらいの変化しかないように思えます。(強いて挙げればスプリットフィンガーファストボールがありますが。)
野球というスポーツは、技術的な向上は続いているのでしょうが、戦術的な面ではピークに達し切っているのかもしれませんね。