事件・事故報道映像に音楽規制を
2000/11/20
数年前からとても気になっていることがあります。
その話をする前に、映像と音楽の話をしたいと思います。
映像と音楽の関係の重要さに関しては、言うまでもないですよね。「いい映画」における「いい音楽」などは当たり前のように言われている話。サスペンス映画には緊張するようなサウンド。コメディ映画にはコミカルなサウンド。そして、感動のシーンでは感動的なサウンドで、これはもうほとんどお決まりのストリングス系の美しいメロディです。悲しいシーンもストリングス系ですね。
単純に音楽を付けているというだけではなく、合図という効果があるかもしれません。
TV をつけたら見たことのない映画をやっていた、そういう場面をイメージしてみましょう。あなたが TV をつけた瞬間、『暗闇の室内のシーン』 があったとします。ここに、どんな音楽が流れているかでその映画の内容が推測できるのではないでしょうか? 例えば緊張するようなサウンドだった時、それはサスペンス映画やホラー映画の緊迫したシーンに違いありません。コミカルな音楽がついていたら、泥棒コメディ映画かもしれません。
とてもいい例を思い出しました。スピルバーグの出世作となった「ジョーズ」。あのサウンドが “怖さ” を演出していたのは明らかです。しかも、ジョーズが出てくる前に、そのサウンドが流れてくること自体が “怖さ” を演出していました。また、音楽の盛り上がり盛り下がりをコントロールして、観客の恐怖感の盛り上がり盛り下がりという感情の波をつくっていたのは間違いありません。
そうです。これは感情のコントロールを意図したものです。
ということで、それらを前提とした上で、とても気になっていることがあるのです。
最初に思ったのは、ワイドショーで取り上げられていた阪神淡路大震災の映像でした。その映像に悲しい音楽が付いていたのです。ストリングス系のサウンド。これを聞いて初めて気が付きました。これらは 「悲しいんですよ、悲しくなりましょう」 という演出ではないかと。多くの人は、そんな意識はないかもしれません。しかし、事件・事故の犠牲者、あるいはその家族の立場を考えると、演出は許されないことだと思うのです。
そして、先日のオーストリアのスキー場の事故。やはりワイドショーの報道で悲しい音楽がついていたのです。
この音楽がつけられることについて、報道の公正さ云々まで言うつもりはありません。マスコミによる公平さの議論は語り尽くされている通りで、マスコミが何を取り上げるかと言う時点で主観が入ります。どのニュースを先に報じるか、なども同じ。これに関してはここでは止めておきます。
僕が考えているのは、ただただ、演出と言う行為が、事件・事故の犠牲者やその家族に対し失礼ではないか、ということなのです。
幸いニュース番組でこのような音楽がつけられた報道を見たことはまだありません。しかし、ワイドショーであろうと、こうのような事件・事故報道への音楽による演出は、まあ法律での規制は報道の自由との兼ね合いで難しいとしても、できれば業界内で自主規制をした方がいいのではないか、そう思うのです。