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走れ!バカップル列車
第85号 西武特急ラビューとSLパレオエクスプレス



   四

 奥秩父の深い山の中に三峯神社はあった。西武秩父からバスで一時間十五分。秩父神社、寳登山(ほどさん)神社とともに秩父三社に数えられ信仰を集めている。左右に小さな鳥居を付けた三ツ鳥居をくぐり、急な階段を昇って拝殿で参拝した。
 ふと横を見ると拝殿以外にも行列ができている。なんだろうと思い行列の先頭へ目を向けると、老若男女が入れ替わり立ち替わり左右にある巨大な杉の木に手を当ててなにか真剣に念じている。パワースポットというやつだろうか。神社の拝殿をも凌ぐほどの人気で、ちょっと驚いた。
 帰り道、参道沿いの食堂でおでんとすいとん汁を食べていたら、予定していた12時30分のバスに乗り遅れてしまった。このバスに乗らないと三峰口からSLに乗れなくなってしまう。それでも食堂で三十分ほどゆっくり休めたのは良かった。朝から電車とバスに乗ってばかりでみつこさんも疲れている。ようやくほっとする時間がとれた。
 13時30分発のバスは三分遅れて14時18分ごろ三峰口駅に着いた。
 14時03分発のSLには乗れなかったが、ルートは変えずに秩父鉄道に乗ろうと思う。熊谷までの乗車券を買うと窓口の向こうから硬券の切符が出てきた。都会ではいまや薄っぺらの切符どころか、ICカードばかりで切符すらなくなっているから、昔ながらの厚紙の切符はちょっとうれしい。
 秩父鉄道秩父本線は羽生〜熊谷〜三峰口間七一・七キロの旅客線で、三峰口から熊谷までの区間はほぼ荒川に沿って谷を下っている。
 次の発車は普通列車14時30分発羽生(はにゅう)行き。銀色の電車が改札口の反対側のホームに停まっている。構内踏切を渡って乗り込むと列車はまもなく発車した。動き出して聞こえてくるモーターの音が懐かしい。かつて東急田園都市線を走っていた車輌だ。
 駅に停まるたびにハイキング帰りと思しきおじさん、おばさんたちが乗ってくる。最初は空いていた車内だが、だんだんとにぎやかになってきた。三峰口の駅もそうだったが、秩父鉄道の駅舎は木造のままの姿が残されていて雰囲気が良い。右窓に武甲山が見えてきた。西武線から見るのとは角度が違うはずだが、階段状に削り取られた山容は変わらない。
 往きのバスに乗る前に西武秩父の売店で買ったお弁当が残っていたので、おやつ代わりに車内でこっそり食べた。私のおにぎりは無事だったが、みつこさんのサンドウィッチは運んでいるうちに少々つぶれていびつになっていた。それでもかまわず食べていた。
 向かいの席に撮り鉄のおにいちゃんがいる。どこから乗ってきたかはおぼえていない。気がついたらそこにいた。ただの撮り鉄ではない。カメラと三脚まではふつうでも、レジ袋にカラフルなぬいぐるみをあふれんばかりに入れているから、もうダメだ。こういう人を見ると目が離せない。
「みちゃん!」本人にバレないようにみつこさんに伝えたい。
「……わかってるよ……」押し殺した声が返ってくる。みつこさんも先ほどから注目していたらしい。風体は異様だが、写真はちゃんと撮っているようだ。先行するSLを撮ってからこの列車に乗ってきたのだろう。
 レッドアローの横を過ぎると、西武秩父に隣接した御花畑に着く。西武線と秩父鉄道は休日に直通列車があるので、互いの線路を結ぶ連絡線がある。
 御花畑の次が秩父鉄道の秩父である。「秩父」を名乗る駅がひと駅分離れているのでちょっとややこしいが、御花畑、秩父両駅周辺がおおよそ秩父の中心街である。
 和銅黒谷のホームには「和同開珎」の像がある。知らなかったのだが、飛鳥時代から流通した和同開珎の銅はこのあたりで産出されたものらしい。秩父は七世紀以前、武蔵国とは独立した国だったといわれ、その後も独特の文化を築いてきたが、その繁栄は銅の産出と関係があったのかもしれない。
 電車は上長瀞の手前で荒川の鉄橋を渡った。
「川の中に入ってるひとが五、六人いたよ」とみつこさんが言う。私は見逃してしまったが、そんなことをするのは撮り鉄以外にいないだろう。

 長瀞に着いた。間に石灰岩を運ぶ貨物列車が停車しているが、逆三角形の貨車の隙間からSLパレオエクスプレスが見える。 「みちゃん、向こうのホームにSLがいるよ。乗ろう」
「SL!? 乗れるの」
 戸惑うみつこさんをよそにテキパキと荷物をまとめて立ち上がる。「大丈夫!」
 構内踏切を渡り、反対側のホームへ。貨物列車の向かいにSLに繋がれた茶色い客車が四両編成で停まっている。
 客車に乗り込むと自由席車輌は団体客で賑わっているが、一番前の指定席車輌は半分くらいが空いている。
「席、あるの?」みつこさんが訊くので、「あるよ」と言いながら内緒で取っておいたパレオエクスプレスの指定券を見せる。「じつは指定席券とっておいたんだ」
「この席だよ」
 座席は四号車7番C・D席。向かい合わせ四人がけの席だが、隣人はいない。みつこさんと二人だけでゆったり座れそうだ。みつこさんもようやく安心して席に着く。
 ボォー!!
 力強い汽笛が鳴り響き、列車がゆっくり動き出す。長瀞駅のホームは発車するSLを見送る人で溢れかえっていた。たくさんの人たちに見送られて、乗ってる私たちまでなんだか晴れがましい気分になる。
 SLパレオエクスプレスは東京から一番近いSL列車といわれている。運行開始は一九八八(昭和六三)年というから復活運転としてもかなり古い方だろう。土日を中心に午前中に熊谷から三峰口まで下り列車が、午後に三峰口から熊谷まで上り列車が運行される。
 なぜ私たちが乗り遅れたSLに乗れたのかというと、各駅に停まる普通列車でも電車の方がSLより速いからだ。三峰口で二七分の差が、秩父では一六分の差になり、ついに長瀞で追いついてしまう。それがわかっていたから、もしバスに乗り遅れたら後続の普通列車でSLに追いつこうとはじめから想定していたのである。
「見て。煙が流れてくよ」
 みつこさんは窓側の席に座って、外の景色を眺めている。初秋の日差しがやわらかく車内に降り注ぐ。カタンコトンと軽やかに響く車輪の音、時折聞こえるプシューッという蒸気の音が旅の気分を高めてくれる。
 JR八高線と東武東上線に接続する寄居で秩父の山から関東平野に出る。線路はまっすぐになり、列車のスピードもあがるが、並走する道路の自動車に微妙に追い抜かれてしまう。やはりガソリンエンジンと蒸気機関とでは蒸気の方が分が悪い。
 熊谷のひとつ手前の武川を発車。ここでも見送る人たちが後を絶たない。ホームばかりか、駅を離れた沿道や線路沿いの玄関先から手を振る人たちもいる。線路脇でカメラを構える撮り鉄たちもシャッターを押した後、こちらに手を振っている。
「あれ? あの人!」
 普通列車で向かいに座っていたぬいぐるみのお兄ちゃんが三脚を構えて立っていた。武川まで普通列車に乗って先回りしたのだろう。
「ぬいぐるみ持ってたね」
「持ってただけじゃないよ。ぬいぐるみと手を振ってたよ」
「ええええーっ!?」
 みつこさんの声が汽笛よりも響いた瞬間であった。


【参考文献】
「AXIS」(2019年4月号・vol 198)アクシス
「トラベルMOOK 新しい西武鉄道の世界」(2019年)交通新聞社



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