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走れ!バカップル列車
第85号 西武特急ラビューとSLパレオエクスプレス



   二

 二○一九年九月一日、みつこさんと私は六時半過ぎに本郷の自宅を出た。
 西武線の池袋駅に着いて、まず窓口でラビューの特急券を発券してもらう。ダメ元で一番後ろの八号車の一番後ろの席を希望したところ、一番後ろの席は埋まっていたが後ろから二番目の席を取ってくれた。
 特急ホームに出ると真新しい銀色の車体が私たちを出迎えてくれた。みつこさんにとっては初めてみる実物のラビューである。大きい窓の向こうに室内が見える。
「黄色い椅子がかわいい」みつこさんが指を差す。「窓もおっきいね」
 見ていると黄色い椅子は一列おきに飯能側にくるりと回転した。折り返しの運用なので車内整備中のようだ。
 ホームを歩いて八号車の運転席までやってきた。
「ホントに丸いね。ひろさんが撮った写真のとおりだ」
 みつこさんが驚く球体の形は、金属部分は鈑金ではなく、アルミを削り出してできあがるものらしい。窓は前方の視認性を確保しながらの3D曲面ガラス。それ以上の難題はそのガラス球面を滑るワイパーで、国産のものはついに見つからず、フランスから輸入したという。
 車内整備が終わり、ドアが開いた。「うわぁ、黄色い」とみつこさんが叫ぶデッキ部分を通って客室へ。
 室内は壁や天井は白、床面はグレイで落ち着きを持たせている。一番後ろの四席はお母さん、男の子の二人組とふつうのおばさんに占領されている。その手前の11番A・B席に着く。黄色いシートは座面と背もたれが一体化したソファのような構造だが、ボタンを押すと座面も一緒にリクライニングされる。
 デッキの壁・天井や座席が黄色いのは、黄色が妹島和世にとっての西武線のイメージだから。実家が西武線沿線にあったというから、黄色い車体の通勤電車を見ていたのだろう。発想としては大胆そのものだが、イメージそのままで細部にわたってインテリアとして完成させているところがすばらしい。
 そうこうするうちに定刻7時30分になり、ラビューは発車した。後ろの親子とおばさんのほかは、前方にカップルと家族連れがひと組ずついるだけだ。休日だが、早朝だからかなんとなく空いている。
 線路は右に曲がりながら、JR埼京線・山手線の線路を跨ぐ。椎名町、東長崎、江古田あたりはターミナル駅に近いながらも下町の雰囲気も醸し出す一帯だ。やがて線路は高架線・複々線になり、練馬から石神井公園までの区間を快調に滑ってゆく。
「畑があるんだね」朝ごはんのおにぎりを食べながらみつこさんがいう。すでに列車は大泉学園あたりを走っている。
「練馬だいこん作ってんのかな?」「わからん」
「あれっ、ひろさん?」こんどは私のしょうが焼き弁当のフタを取り上げた。「このお弁当『必ずあたためてください』って書いてあるよ」
「ええっ!」
「買うときあたためてもらわなかったよね?」
 家の近くのコンビニで買ったお弁当だ。そんな注意書きがあるとは気づかず、あたためてもらわなかった。言われてみればごはんはパサパサ、豚バラ肉はミルフィーユみたいに重なったままだし、あんまりおいしくないなと思っていたところだ。
「大丈夫なの?」みつこさんが私の顔をのぞきこむ。本音をいえば大丈夫じゃないかもしれない。かといっていまさらレンジであたためてもらうところもない。
「いいんだよ」開き直って、パサパサのごはんを食べ続けた。

「まもなく所沢に到着します」車内アナウンスがあった。
「もう所沢?」みつこさんが驚く。「意外に近いんだな」
 そうなのだ。ダサイタマだの、田舎だの、なにかと都民に揶揄される所沢だが、特急だと池袋から二十分の距離だ。利便性に優れながらもイメージが追いついていないので、住むには購入価格や家賃の面でけっこうお得なんじゃないかと思う。
 初めてラビューを撮影した秋津〜所沢間のカーブを左に曲がり、新宿線の線路と合流して所沢に停車。二、三人が新たに乗ってくる。
 発車すると新宿線の線路を跨ぎながらこんどは右にカーブする。所沢以東で池袋線は新宿線の北側を走っていたが、所沢以西では新宿線が北側になる。初めて西武線に乗る人はきっと混乱してしまうだろう。そのほかにも所沢、狭山周辺の西武線は狭山線、拝島線、多摩湖線、国分寺線などが複雑に錯綜している。路線図をみても、どこからどこまでなにが走っているのかわかりにくい。
 郊外の住宅地や航空自衛隊入間基地の間を抜けると入間市に停車。おっさんが一人乗ってきた。
 仏子〜元加治間の入間川の鉄橋は夏に何度か通った撮影地だ。いまある線路の三、四十メートルほど南側に赤く錆びた古い鉄橋が残されている。池袋線が武蔵野鉄道として開業した一九一五(大正四)年から、複線化され現在の橋になる一九六九(昭和四十四)年まで使われていた。そんな鉄橋も特急列車は数秒で通り過ぎてしまう。
 このあたりから少しずつ景色がおもしろくなるのだが、おにぎりを食べ終わったみつこさんは所沢で「意外に近いんだな」という台詞を残したあとは夢の国の旅人である。
 JR八高線の線路をくぐり、ゆるやかな上り坂を左にカーブすると右側から単線の線路が近づいてくる。この線路がこのあと通る秩父へ向かう線路だ。ポイントをガタゴトと渡り、8時9分、飯能に到着した。
 飯能は行き止まり式の駅なので、池袋方面から秩父方面を行き来する列車はすべてここでスイッチバックする。私がいちばん後ろの席を希望したのは、飯能からはこちらの八号車がいちばん前になるからだ。斜めうしろの親子連れはさっそく座席を回転させて前方の景色を楽しむ準備をしている。ところが私たちの真後ろのおばさんはしかめっ面で居眠りしたまま微動だにしない。
「こっちの席回転させたら、おばさんと向かい合っちゃうね」いつのまにか目をさましたみつこさんが言う。
 飯能からは後ろ向きで座るしかないと思いかけたが、幸い通路を挟んだ隣の席、つまり親子の真後ろの席は飯能を発車しても空席のまま。飯能を出たら、西武秩父のひとつ手前の横瀬まで停まらない。すかさず隣のシートを回転させて席を移った。



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