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走れ!バカップル列車
第80号 不思議の国の鶴見線



   二

 鶴見線の電車が走る区間は、鶴見〜扇町間(本線)七・○キロ、浅野〜海芝浦間(海芝浦支線)一・七キロ、武蔵白石〜大川間(大川支線)一・○キロである。すべて合わせても路線の長さは十キロに満たない。
 もとは鶴見臨港鉄道といって、川崎、鶴見の臨海工業地帯をつくった浅野總一郎らによって敷設された貨物線だ。陸上交通網の整備が遅れていたこの地域に、東海道線貨物支線の浜川崎から分岐する路線を計画したのである。
 一九二六(大正一五)年三月、浜川崎〜弁天橋間、大川支線分岐点〜大川間が最初に開業した。同年四月には石油支線分岐点〜石油間(現在は廃止)、一九二八(昭和三)年には浜川崎〜扇町間が開通している。
 一九三○(昭和五)年には仮鶴見〜弁天橋間が開業。このとき電化工事も完成し、仮鶴見〜扇町間で電車による旅客輸送がはじまった。同じくして複線化が進み、海芝浦支線なども開通して、おおよそ現在に近い路線網ができあがった。戦時中の一九四二(昭和一七)年に国有化され、戦後の国鉄時代を経てJR線となっている。
 南武支線浜川崎のホームは電車二両がやっと停まれる短いホームが申し訳程度にあるだけだ。八丁畷からつながる複線の貨物線はホームの北側を通っていて、ほんの少しのあいだホームに立ってるだけでも、コンテナをたくさん積んだ貨物列車が次から次へゴーゴー行き来している。
 鶴見線のホームは南武支線のホームとは離れている。いかにも別会社が遠慮がちに駅を設けた感じである。車内では「鶴見線にお乗り換えの方はSuicaにタッチしないでください」とアナウンスがあったし、ホームの掲示板にも「鶴見線は改札を出て右前方の階段をご利用下さい。」という古ぼけた張り紙がある。
「改札を出て」とあったが一般的な自動改札機のようなゲートはなく、詰所脇の通路にSuicaをタッチする簡易改札機がポストのように立ってるだけだ。Suicaはタッチしないで「改札」を出る。
 前の道に出ると、左手に貨物線を渡る踏切がある。踏切の左右を覗くと、右側に貨物駅の線路が何本にも広がっている。遠くにディーゼル機関車が一両ぽつんと停まっていた。

 いよいよ鶴見線のホームへ向かう。踏切から戻り、道を挟んで南武支線の駅の向かい側の跨線橋を昇る。屋根はあるが、駅舎らしきものはない。通路を進むとその先にSuicaをタッチする簡易改札機がある。その上に看板があって、左をまっすぐ進むと「JFE専用出口」につながり、右が「鶴見線のりば」と書いてある。
 正面の壁に時刻表が掲示されている。それを見て驚いた。
「みちゃん、たいへん!」
「どうしたの?」
「次の鶴見線、16時13分までない!」
 実は今回、当初の予定より早く家を出発していた。その分、一本ぐらい前の電車に乗って扇町で時間を取ろうと思っていたのだが、その計画は潰えてしまった。日中の電車は10時13分、12時13分、14時13分と扇町方面は二時間おきしかない。結局ここで予定の列車に乗ることになる。
 階段を降りてホームに出る。ベンチはたくさんあり、風も心地よい。電車が来るまで三十分ほどぼんやり待つことにした。島式ホームの幅は四メートルあるかないかでやや細めだ。屋根は木材を丁寧に組み合わせて作られた年代物。海風が当たる環境だろうに、よく現役で残っているものと思う。ホームの南側はJFEスチールの広大な工場敷地になっている。
 待つうちに浜川崎止まりの電車がやってきた。浜川崎までは一時間に一本程度の本数がある。扇町側にいったん引き上げてから、浜川崎始発16時4分の鶴見行きとなって上り線に入ってくる。ドアが開くと冷房の冷気がやってきてちょっと涼しい。
 ようやく扇町行きの電車がきた。16時13分発。鶴見線の電車はステンレス車体の205系電車だが、一両多い三両編成というところが南武支線と違う。
 車内は空いていてみつこさんは座ったが、私は運転席後ろの場所を陣取って前方の景色を眺める。列車は発車するとまもなく上り線と合流して単線の線路を東へ進む。北側には何本もの線路が敷かれている。さきほど踏切から眺めた貨物駅だ。
 一本だけになった貨物線が左に寄りそう。まるで複線のように並んで右にカーブし、南渡田運河を渡る。さらに右に曲がるカーブの途中で昭和に停車。ホームは鶴見線側だけにある。猫がいて時間を持てあましたおっちゃんがちょっかいを出している。
 駅の先の踏切を過ぎると貨物線と合流して単線になる。単線区間はほんの数メートルで再び貨物線と分かれる。貨物線はこんどは右側に出るから、電車の線路と貨物線が平面交差していることになる。南武支線も川崎新町〜浜川崎間で平面交差しているようなものだし、こういう区間で電車と貨物のダイヤを組むのはたいへんだろうと思う。
 右に分かれた貨物線の線路はみるみるうちに分岐して広い側線を持つ貨物駅になる。その左の片隅にひっそりホームが現れたかと思うと、それが終点の扇町だった。16時17分着だから、乗車時間は四分である。
 ホーム末端の階段を降りるとブロックを積み上げて出来た簡単な駅舎がある。通路の脇には簡易改札機もあるが、改札口に当たるところに小さな箱があって「きっぷはこの中へ」とある。
 通路を抜けると前の道に出るが、トラックが土煙を巻き上げながら頻繁に行き来しているので、早々に駅に戻ることにした。  扇町には猫がたくさんいるらしく、みつこさんが楽しみにしていた。そのために最初から電車を一本見送る予定でいたし、実際にきょう早めに出発したときも余った時間は扇町で過ごすつもりだったのである。
 ところが肝心の猫がいない。昭和にはいたのに。JR貨物の駅舎近くで黒猫が一匹、熱心に餌を食べているだけだ。



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