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走れ!バカップル列車
第74号 ローカル線と通勤電車の札沼線



   四

 石狩月形の次の知来乙(ちらいおつ)で女学生が一人乗ってきた。新十津川を発車してはじめてのまともな乗客である。林を抜け左右には畑が広がっている。月ヶ岡は小さな駅だが駅舎は屋根の形がおしゃれなログハウスだ。
 南西に進んでいた線路は正面の丘を避けるように左に曲がり、南へ進むと中小屋だ。左右の田んぼは稲刈りがほぼ終わっている。このあたりが札沼線と函館本線がいちばん離れるところで、おおざっぱにいって二○キロ近くの距離がある。ここから地図を真東にたどると美唄付近、南東にたどると岩見沢付近にあたる。
 列車は石狩平野の西端を走り続ける。窓の右側は再び丘の連なりとなり、左側には田んぼが続いている。
 石狩金沢あたりから桑園まで札沼線の線路はだいたい南西方向に進んで行く。
 やがて丘の影から忽然と巨大な建物が現れ、北海道医療大学に到着。駅前にあるこの巨大な建物が北海道医療大学だ。大学は大きいし、ここから電化区間となるので、駅もさぞ立派だろうと思ったが、駅舎らしきものは見当たらず、ホームの屋根を改札口付近まで延長したような感じの簡素な設備しかない。乗客もここからぞろぞろ増えるのかと思ったが、学生らしき人など誰もいない。
 ディーゼルカーが停車したホームの向かいにもう一本行き止まり式のホームがあって、三両編成の銀色の電車が停まっている。これがこのあと石狩当別から乗る札幌行き普通列車558Mだ。発車までまだ三十分以上あるので乗客は誰も乗っていない。
 北海道医療大学を出てしばらく走ると、戸建て住宅や三階建てアパートなどが見えてくる。ゲートボールを楽しむお年寄りを見送り踏切を過ぎて、11時03分、この列車の終点石狩当別に到着した。
 石狩当別はホームが二面、線路が三線ある。私たちが乗ってきた列車は一番線に到着したが、反対側ホームの三番線にはもう一両ディーゼルカーが停車している。あちらは11時15分発の新十津川行きだ。
 さきほど北海道医療大学で停車していた電車が石狩当別を発車するのは11時37分である。三十分ほど時間があるのでいったん改札口を出ることにした。
 駅舎は跨線橋と一体化した橋上駅舎で、南口と北口とを結ぶ自由通路が設けられている。北海道医療大学とは打って変わってだいぶ立派な建物である。
 みつこさんと通路をうろうろしていたら、独り言のお兄さんが話しかけてきた。
「どこ行くんですか?」
「札幌です」
「どこから来たんですか?」
「旭川から滝川まで函館線で来て、滝川からタクシーで新十津川へ」
「次の列車でもう一度、新十津川へ行くんです」おにいさんは訊いてもいないのに自分のことを話しはじめる。
「さっきは雨で、写真撮れなかったから。こんど行けば晴れてますよ」
 あなたたちももう一回乗れといわんばかりだが、その答えを待たずにお兄さんは言いたいことだけ言って改札口の向こうへと消えていった。いまのも独り言だったのだろうか?

 札幌行きの改札がはじまったのでホームに降りることにした。階段を降りきってホームに出るところに風よけ用のドアがある。私たちより前に改札を抜けた地元の女の子二人は互いに距離を置きながらドアの手前で静かに列車を待っている。ホームに出ると寒いので列車の来る直前まで、あったかいところで待つのだろう。
 私たちは寒くてもホームに出ることにした。やがてまっすぐ続く線路の彼方から銀色の電車が三両編成でやってきた。すべてロングシートの通勤型電車だ。
 車内はまだがらんとしているが、学生、サラリーマンなどがぱらぱらと乗ってくる。
 札幌行き普通列車558Mは石狩当別に四分停車して11時37分に発車した。
 駅近くにはアパートなどが建ち並んでいたがまもなく一面の田んぼになった。みつこさんが「なんにもないね」という。
 突然戸建て住宅の団地が現れ石狩太美着。若者が数名乗ってくる。席は空いているが彼らは乗務員室の前に立ってスマホいじりをしている。
 全長一キロ以上もある石狩川橋梁を渡ったはずだが、あまりにぼーっとしていて気がつかなかった。うかつであった。川を渡ると札幌市である。
 あいの里公園は釜谷臼(かまやうす)が宅地開発に合わせて改称した。ここから札幌までは十五〜二○分間隔で電車が走る。一九八○年代以降に新たに設置されたあいの里教育大からは複線区間だ。拓北も東篠路が改称した駅。この周辺から駅間が短くなり、新しい住宅が次の駅まで途切れることなく続くようになる。
 篠路まで来ると十階建てぐらいのマンションが現れる。駅と駅の途中で下り列車とすれ違った。百合が原、太平と新駅が続き、停まるたびに乗客が増える。
 新琴似の手前で高架線になる。眼下に札幌の整然とした市街地が広がっている。
 コンクリートの斜張橋で札樽自動車道のさらに上を跨ぎ、新川、八軒と停車する。また対向列車とすれ違う。単線の線路をディーゼルカー一両が走っていた区間からほんの十数キロで通勤電車が複線電化の高架線を走っている。この急激な車窓の変化は札沼線独特のものだろう。
 立ち席客はすでに三十人を超え向こう側の窓の景色がなかなか見えない。私たちの前に立つのは新川からの高校生らしき女の子二人で、乗ってきたときからずーっと恋バナをしている。それ以外の世の中の出来事にはまったく興味なしというくらいの熱中ぶりだ。
 八軒からはまた単線に戻るが高架線は続く。桑園で函館本線と合流するが線路は札沼線専用の単線線路が続いている。もはや視界に入るのは車内の乗客ばかりだが、札幌駅に入る手前で旧北海道庁の赤レンガ庁舎がちらりと見えた。
 新十津川から乗り換え時間を含めて二時間三十四分、石狩当別から四十六分、札沼線の上り普通列車は12時15分に終点札幌駅に到着した。

 旅から帰着してひと月半ほど経った十一月二十七日、JR北海道は来年三月のダイヤ改正で乗客の少ない各線の普通列車七九本の廃止を検討していると発表した。鉄道は新幹線と通勤電車ばかりになり、夜行列車とローカル線は消えてゆく。この時代の流れの先頭をJR北海道は走っている。
 札沼線の浦臼〜新十津川間については三往復のうち二往復が廃止され、残るのは朝の一往復だけとなる。私も長いこと鉄道おたくをしているが、一日に一往復しか列車が走らない路線というのは初めて聞いた。ふつうならその一往復もなくして路線ごと廃止するだろう。
 まさかとは思うが、新十津川の園児のために朝の列車だけ残したのだろうか。



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