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走れ!バカップル列車
第73号 留萌本線増毛行き



   四

 次の礼受(れうけ)は大正時代から設置されているれっきとした駅だが、駅舎は車掌車を転用したものになっている。
 礼受の次は一キロほどで阿分に着く。「あふん」と読む。これも知らないと読めない。
「なんで北海道って変わった駅名が多いの?」
 みつこさんが訊いてくる。たしかに留萌〜増毛間だけみても、礼受(れうけ)、阿分(あふん)、信砂(のぶしゃ)、舎熊(しゃぐま)、朱文別(しゅもんべつ)など変わった駅名が続く。しかもどれもかなりの難読駅名だ。
 わかっている範囲でみつこさんの問いに答える。
「もともとアイヌ語の地名だからだよ。アイヌ語地名になんとかして漢字を当てはめて日本語の地名にしているんだ」
 たとえば「当別」という地名はアイヌ語の「トウ・ペッ」(沼から来る川の意)の音に漢字を当てはめて日本語地名にしている。旭川のように「チュプ・ペッ」(日の川の意)の意味に漢字を当てはめて日本語地名にした例もある。みつこさんがいうような変わった地名は圧倒的に前者に多い。
 走っているうちに唐突にタイフォンが鳴る。
「なんでタイフォン鳴ったの? トンネルでもないのに」
 みつこさんがまた訊いてくる。
「みちゃん、なかなかマニアックな質問してくるねぇ」
「だって、ひろさん、いつもいうじゃん」
「いまのはおらもわからないや。見えなかったけど、線路脇に保線の作業員が待避していたのかもしれないね」
 ホームが車両一両分にも満たない短さの阿分を過ぎると、留萌〜増毛間では唯一のトンネルを抜ける。その後しばらくの間線路は海から遠ざかり、海側にも街並みが広がってくる。
 信砂、舎熊、朱文別と続いて停車する。どれも変わった駅名だが、この区間のもうひとつの特徴は都会の通勤電車並みに駅間が短いことだ。舎熊〜朱文別間は一・七キロ、礼受〜阿分間、朱文別〜箸別間はともに一・三キロ、信砂〜舎熊間に至っては○・八キロと一キロにも満たない。礼受、舎熊以外はもともと仮乗降場だったからという理由もあるが、それを考えに入れてもなお短すぎる駅間である。
 うとうとしているうちに列車は朱文別を過ぎて海が再び近づいてきた。
 岬の突端にある箸別を発車すると、弓なりに曲がった海岸線に沿って列車は走る。ゆっくり過ぎるほど走るのは左側の斜面が崩れるおそれがあり、徐行区間を設けているからだという。ことし二月二三日から四月二八日まで留萌本線は雪崩と斜面崩壊の危険があるという理由で運転を休止していた。四月二九日から運転を再開したが、その際、留萌〜増毛間の所要時間が二十六分から三十分に増やされている。特に箸別〜増毛間は以前の四分が六分に増えており、徐行区間の多いことが窺える。
 ヨットハーバーがあり、続いて漁港が現れて、14時51分、終着増毛に到着した。

 下り4927Dとして増毛まで走ってきた同じディーゼルカーが上り4932Dとなって深川に戻る。私は列車を降りるとき、運転士に「帰りの列車はいつから乗れますか?」と訊いてみた。みつこさんのたっての希望通り、なんとかして座席に座りたいからだ。
「運転席が変わったら、すぐドアを開けますよ」
 と教えてくれた。反対向きの運転席の準備が整い次第すぐに深川行きとしてドアを開けてくれるというのだ。
 それなら、ということでみつこさんと私はホームに降り立つと同時に深川側の乗降口の前に向かった。すでに一人待っていたが二番乗りだ。屋根のないホームに雨が容赦なく降り注ぐが、ここでしばらく待って座れるのならどうということはない。
「うわっ、うしろすごいよ」後ろを振り返ったみつこさんが驚く。留萌駅で起きた現象と同じく、私たちが並ぶと周りにいた乗客たちもすぐさま後に続き、あっという間に長い行列になった。
 運転士は車内を点検しながら座席の背もたれを深川向きに切り替える。ワンマン運転だから運転士はなんでもやらないといけない。運転席の準備を終えるとドアを開けてくれた。
 一番乗りの人がどこに座ったのかわからないが、私たちは進行方向左側の二人席を確保することができた。みつこさんの願いはこれでようやく叶えられることとなった。
 増毛駅はホームが一面、線路が一本だけのもっとも簡単な構造の駅だ。列車停止位置の三○メートルほど先に車止めのある終点駅である。
 増毛駅滞在時間は五十分あるから増毛の街中をふらりと歩く時間がないわけではない。ただ、貴重品はないとはいえ座席確保のために車内に荷物を置いたままだし、なにより雨がザーザー降っていてふらりと街歩きをする気分にはなれなかった。列車の前に二人並んで記念写真を撮ることももちろんできない。
 駅舎前の庇の下ですごい勢いで駅弁を食べる若者が三、四人いたのに驚いたが、鉄道おたくたちはほぼ例外なく発車時刻の十五分以上も前からもう席に着いて静かに列車の出発を待っている。私たちも車内に乗り込む。みつこさんが小声でいう。
「おたくの人たちは電車のこと以外は興味がわかないんだね」
 もちろんその通り。それがおたくのおたくたる所以なのだ。
「こんな人たちばかりなら添乗員さんも楽だよね。みんなぜったい時間までに集まるもんね」
 そうこうしているうちに雨がやみ、空が晴れてきた。時計を見ると発車三分前。
「なんでいまごろ晴れるんだよォ」
 こんなギリギリの時間に晴れたって記念写真を撮ることもできない。もっと早く晴れてくれれば街歩きだってできたのに。こんな気持ちにさせるくらいなら、むしろずっと雨でいて欲しかった。悔しがっている私にみつこさんは「しかたないよ」と一言いって片づける。
 深川行きの普通列車が定刻通り15時41分に発車した。港を見ながら列車はゆっくりと左にカーブしてゆく。
 ふと見上げると海の上に虹がかかっている。
「みちゃん、すごいよ。虹、虹っ!」
「よかったじゃん、ひろさん。このためにさっきまで雨が降っていたんだよ」
 そんなことはないだろうと内心思ったが、雨によるいままでの不都合はこの虹に免じてすべて帳消しにすることにした。



第74号 ローカル線と通勤電車の札沼線 一
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