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走れ!バカップル列車
第73号 留萌本線増毛行き



   三

 留萌の街は北海道のほかの都市と同じく、道路が碁盤の目状に巡らされている。道路が広い割に建物が低いのでどことなくだだっ広い印象だ。街中には鰊専門の小売店もあって、地方発送承りますといったのぼりが立っている。
 駅から寿司屋までの道はほぼ平坦だが、すぐ裏側にかなり急な坂道がある。地図を見ると市街地の南の方に留萌神社とか見晴公園などがあって、このあたりは坂の上の高台にあるのだろう。
 駅に戻ったのは次の列車の発車三十分ほど前だった。待合室が異様に混んでいる。どうやらパックツアーの団体客が廃止の決まった留萌〜増毛間だけ列車に乗るらしい。二十人くらいはいるだろうか。
 みつこさんの顔がさっと青ざめる。
「乗れるのかな?」
「どんだけ混むの?」
 待合室の椅子に座りながら、みつこさんが次々不安を口にする。
「ギュウギュウだったらどうしよう」
 いったん安心してもらった寿司屋での話など、どこかへ吹っ飛んでしまった。もはや座れるどころの話ではなく、朝ラッシュ時の山手線の車内を想像しているかもしれない。
 私は改札口を見た。改札口はまだ閉まっていて、その前にはまだ誰もいない。「やった!」と思う。北海道の駅の改札は列車ごとに開くので、列車の来ない間は勝手にホームに出ることはできない。だから一番に改札してもらえば一番にホームに出られる。当然、座れる確率も高くなる。
 いまなら自分が一番乗りになれる。私は席を立ち上がり、荷物を持って改札口の前に並ぶことにした。みつこさんもついてきた。
 それを見た待合室の客が次から次へと私たちの後ろに並びはじめてすごい行列になった。駅舎内が騒然となったのでパックツアーの添乗員さんが慌ててツアー参加者を待合室に連れ戻した。個人旅行でふらふらしている私たちと鉄道おたくのお兄さん二人だけが残ることになった。
 みつこさんもとりあえずほっとしたところで、駅舎内をきょろきょろ見回してみる。留萌にはほとんど関係ないだろうに北海道新幹線のポスターがあちこちに貼ってある。数の子をかたどった黄色いゆるキャラ「KAZUMO」ちゃん、二メートルはあろうかという巨大な木彫りの数の子像など不思議なものもが目に入る。木彫りの数の子像は近くの高校生が制作したものらしい。その努力と情熱はすばらしいがぶつぶつの苦手な私にはちょっときつい。
 列車到着五分前になって改札がはじまった。駅員に乗車位置を聞いてホームに出る。ワンマン運転なので一箇所しかない。その先頭に並ぶことが出来た。
 留萌駅は改札に面したホームが一番線になっている。跨線橋を渡った向こう側にもホームがあって線路が一本ある。あちらは二番線のようだ。
 二番線の向こうは芝生敷きのきれいな公園が広がっている。いまは駅の敷地ではないが、かつては貨物線や機関区の線路が敷き詰められ、羽幌線の乗り場もあった場所だ。貨物線と機関区を、留萌線と羽幌線のホームが「V」字形に挟み込むような構造で、羽幌線のホームは改札から百メートルほど離れていたという。残念ながら、いまある広大な空き地からは当時の面影を想像することはほとんどできない。
 14時19分になって増毛行きの列車が銀色のディーゼルカー一両で到着した。ここで二分停車する。
 降りる客を待って一番に乗り込み、横向きロングシートの二席を確保した。これでみつこさんも安心である。パックツアーの団体客もだいたい席に座れたようだ。深川からの乗客がそれほど多くなかったからかもしれないが、待合室のあれだけの人数が乗っても、とうてい山手線のような混雑にはならないのだから、鉄道車両の収容能力はやはりたいしたものである。

 増毛行き普通4927Dは定刻14時21分に留萌駅を発車した。
 空席もちらほらあるが若い鉄道おたくのお兄ちゃんたちはあえて座らず立っている。あとの人たちもだいたい鉄道おたくたちであるが、みんな静かに席に着いている。
 留萌駅を出ると留萌港がちらりと見える。三万トン級の大型船が接岸できる岸壁があるらしい。重要港湾の中でも道内で八つしかない特定港の一つだという。
 細い水路をトラス鉄橋で渡る。鉄橋は同じ形のものが二本あって、ひとつはこの留萌本線が通っているがもうひとつは線路が剥がされている。あとで調べたところによると留萠鉄道臨港線の跡とのこと。いずれはこちらの線路も剥がされ、使われることのないトラス橋が二つ残ることになるのだろうか。
 線路は留萌市街を外縁から取り囲むように左にカーブする。五、六メートルはあろうかという深い切り通しを抜けると海が見えてくる。ここから線路は増毛に向かって南西に進む。日本海沿いの景色の良い区間だ。
 車内放送が次の駅は瀬越(せごし)と伝える。
「てごし?」
 みつこさんが聞き間違える。ジャニーズのグループに手越君というアイドルがいるが、その人と同じ名前の駅があると勘違いして糠喜びしたようだ。残念ながら次の駅は瀬越である。
 瀬越はかつて臨時駅だった。留萌〜増毛間の駅は、礼受(れうけ)、舎熊(しゃぐま)だけしかなく、全国版の時刻表には「(臨)瀬越」も含めた三駅しか載っていなかった。
 ところが現実にはこのほかにも阿分(あふん)、信砂(のぶしゃ)、朱文別(しゅもんべつ)、箸別が仮乗降場として設置されていた。深川〜留萌間でも、北秩父別、真布、東幌糠(二○○六年廃止)、桜庭(一九九○年廃止)が仮乗降場として誕生している。
 こうした臨時駅・仮乗降場は、地元の利便性のために旭川鉄道管理局(現在のJR北海道旭川支社)が設置したもので、国鉄本社は認可していないという位置づけだった。だから全国版の時刻表にはその存在すら記されておらず、『道内時刻表』だけが乗降場名と停車時刻を伝えていた。留萌本線のこれらの臨時駅・仮乗降場はJRになってからすべて駅扱いになったが、桜庭、東幌糠のように結果的に廃止されてしまったものもある。
 瀬越を出て海岸を右に見ながら走る。並んで走っている道路は国道231号線だ。海を見ると、そこだけ浅瀬になっているのか、一部だけ高い白波が立っている。
 ずいぶん涼しい気候になってきてはいるが、サーフィンを楽しむ強者が一人、二人いて驚いた。窓の左側は丘になっていて、風力発電の風車がくるくると回っている。



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