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走れ!バカップル列車
第73号 留萌本線増毛行き



   二

 恵比島を出ると列車は山の中に入る。左右にちらほら紅葉がはじまった森を見ながら坂道を登ってゆく。標高は低く、それほど険しくもないが、峠越え区間である。左にカーブしたところで短いトンネルを抜ける。ここが空知総合振興局(旧支庁)と留萌振興局の境界にもなっている。トンネルの手前の川は雨竜川に流れ、石狩川を経て百キロ近く南の石狩湾に注ぐ。トンネルの向こう側の川は留萌川に流れ、二十キロほどで日本海に注ぐ。
 右に左に逆S字形にカーブしながらこんどは下り坂になる。はげ山に植林されたばかりの小さな苗木が規則的に並んでいる。二つ目のトンネルをくぐる。だいだい、黄色に染まった木々のなかに蝦夷松なのか常緑樹も混じっていてパッチワークのようにカラフルだ。
 さらに坂を下って峠下に到着。留萌以外ではただひとつ残されたすれ違い設備のある駅だ。その唯一の交換可能駅ですら、すれ違い列車はない。それほどまでに留萌線の列車本数は整理されている。
 黄色や緑のカラフルな林を抜けると田んぼが現れ、街並みが見えてくると幌糠(ほろぬか)である。待合室は車掌車だ。駅名標を見ると隣の駅は「とうげした」というシールを貼ったものだ。峠下〜幌糠間には東幌糠という駅があったが、二○○六(平成一八)年に廃止されている。その駅名がシールで隠されてしまった。
 留萌川、国道233号線に並んで坂を下る。藤山付近にはまだ稲刈りされていない田んぼがあって黄金色の稲穂が続いている。大和田前後では留萌川の蛇行に沿って国道も線路もぐるりとカーブしている。大和田の駅の裏は草ぼうぼうで、ススキが風に揺れている。
 居眠りしていたみつこさんが目を覚ました。窓の外を見るなり、
「あ、笹だね」
 というので、「違うよ、ススキだよ」と言い返すと、
「ススキだねって自分では言ってるつもりだったんだよ。ススキ、ススキ!」
 と自分でけらけら笑っている。
 ふと右の車窓を見ると高速道路の建設工事中で、路盤となる茶色い盛り土が続いている。鉄道が廃止の危機に晒されているこの過疎地域に新たな高速道路をつくってどれだけの収益が見込まれるのだろう。
 国鉄の末期、昭和四十年代、五十年代には黒字になる見込みのないローカル線が次々と建設されていた。高度成長期の勢いが止められなかったのだろうし、政治と人びとが鉄道を求めている時代でもあった。その行き着く先は赤字経営とローカル線の廃止だ。これとまったく同じことが高速道路でいずれ繰り返されるのではないだろうか。止まらないバブルの名残。このあとも鉄道と同じ道を歩むとしたら、行き着く先は赤字高速道路の廃止なのか。
 国道232号線の陸橋をくぐったあたりで忽然と市街地が現れる。留萌の街並みだ。留萌川を渡り12時04分、留萌駅一番線に到着した。ここで十分間停車する。降りる乗客は多い。停車時間中にホームに降りただけなのか、降りて別の列車に乗るのかはわからない。私たちは留萌からは次の列車に乗るつもりだ。
「ぜったいおそば屋さんがあるよね」
 ホームに降りた瞬間にみつこさんがいう。たしかにそばつゆのいい匂いがあたりに漂っている。「近くにおそば屋さんがあるよ」
 みつこさんはまだおそば屋さんの話をしているが、私は記念写真を撮っておきたい。あまり乗り気でないみつこさんにしかたなく、
「二人揃って留萌に来ることなんて、もうないはずだから」
 みつこさんは一瞬寂しそうな顔を見せて、停車中のディーゼルカーの前に立ってくれた。

 私たちが記念撮影をしている間に二両編成のディーゼルカーは切り離され、二メートルほどの間隔を開けて停車している。私たちが乗っていた先頭車両は引き続き4925Dとして増毛に向かう。小学生の団体が乗っていた後方車両は上り深川行き4928Dに変身する。
 12時14分発の増毛行きが一足先に発車した。いったんホームに降りていた鉄道おたくたちが再び乗り込んだのか、立ち席客も出るほどの混雑ぶりだった。
 その一分後、こんどは15分発の深川行きが反対方向に発車。こちらは数人の乗客がぽつぽつと座っている程度。
 改札を出ると左側の待合室に立ち食いそばの店があった。ホームに降り立った瞬間から漂っていたそばつゆの香りはこの店のものだ。そういってそば屋を指さすが、みつこさんは心ここにあらずといった風だ。
「けっこう乗ってたね。立ってる人もいたよね」
 みつこさんが不安げな顔で言う。先ほどの増毛行きが混雑していたことが、どうも気になっていたようだ。
 次の増毛行きまでの二時間でお昼ごはんを食べる。ネットで調べた街中の寿司屋に行くことにした。留萌に着いたころパラパラと降り始めた雨は歩きはじめたとたんに強くなってきた。
 駅から十分ほど歩いてたどり着いた寿司屋は居酒屋も兼ねたような少し広めの店だった。板さんがどこにいるかもわからないまま座敷に通される。鰊漁の街だから数の子や鰊がたくさん出てくるのかと思っていたが、そんなことはなく、ごくふつうのお寿司だった。
 食べながら、みつこさんがいう。
「留萌から増毛まではどのくらいかかるの?」
「三十分ぐらいかな」
「増毛から深川まで戻るのは?」
「一時間半ぐらいかな」
「そっか……」つぶやくようにそういうと「増毛までは混んでて座れないよね?」
 みつこさんはさきほど発車した増毛行きの列車が混んでたのをずっと気にしていたようだ。
「まあ、わかんないけど……」
「せめて帰りは座ろうよぉ」懇願するように私に訴える。「帰りの電車では座りたいよぉ。一時間半立つのなんてやだよォ」
 みつこさんが不安なのはいつものことだが、私だって次の列車の混雑具合なんてわからない。
「だいたい次の列車が混んでるって、みちゃんはなんで知ってるの? さっきの列車は混んでたけど、次の列車は空いてるかもしれないよね」
「まあ、そうなんだけど」
「立ってる人がいるくらい混んでるとして、なんで自分たちが座れないっていまから決めつけるの?」
「帰りも一時間半立つのやだし」
「おれだってやだよ」
 その場に行かなきゃわからないことだってある。その状況の中でなんとか座るように方策を考えるしかない、ということを話してどうにかわかってもらう。



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