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走れ!バカップル列車
第70号 上野東京ライン



   三

 東京駅では品川方面の南行が九・十番線、上野方面の北行が七・八番線を使用する。みつこさんと私は七・八番線ホームへ昇る階段下までやって来た。階段脇にある列車の種別・行先を示すLED表示を見るだけで心が踊る(実際には「G」とあるところにはグリーン車のマークが表示されている)。
「普通 15両 14:09 籠原  G 7番線」
「普通 15両 14:20 小金井 G 7番線」
「特急 10両 14:23 勝田  G 8番線」
「普通 15両 14:26 勝田  G 7番線」
「普通 15両 14:29 古河  G 7番線」
 かつては上野駅でしか見られなかった行き先表示が東京駅で見られる日が来るなんてまるで夢のようだ。しみじみと感慨にふけっているのだが、みつこさんはとくに用事もないはずなのにとにかく先を急ごうとする。
 せかされるようにして七番線ホームに上がった。当然、先頭車両から前方の眺めを見たいので最前部(神田側)にやってきた。14時09分発の高崎線籠原行きはすでに発車していて、次の20分発東北線小金井行きを待つ。上野方面からやってくる常磐線特急「ときわ」にいちいち感動したりするうちに、小金井行の到着が近づいて来た。乗務員は東京駅で交替するようで、この先乗務する運転士が先頭位置で待機している。
 小金井行き電車のドアが開いてあっけに取られた。先頭車両の最前部、運転室の後ろだけぎゅうぎゅうに混んでいるのである。
「こわ〜い」見た瞬間、みつこさんがあからさまに叫んだ。
 予想外だったのは、一見して私たちの仲間である鉄道おたく風のひとたちではなく、みんな黒か紺のスーツを身にまとったサラリーマン風の男たちであるところだった。ぱっと見た感じ通勤ラッシュのように見えなくもないが、よく見ると全員、前方を凝視している。ただの偶然ではない。営業などの移動の合間にこの電車に乗り込んだであろう鉄道好きのサラリーマンが上野東京ラインの最前部に結集したのである。平日だからさほど混んでいないだろうと読んでいた私が甘かった。
 下車する人などほとんどいない。ここに乗り込んでもとても前方は見えそうにない。私は小金井行きは見送ることにした。三分後にやってくる勝田行きの常磐線特急「ときわ」が発車するところも見てみたかった。
「ときわ65号」を見送り、次に発車するのは同じく常磐線勝田行き普通列車である。しかしこの電車の先頭もさきほどと同様、鉄道好きサラリーマンなどの隠れおたくたちで埋め尽くされていた。勝田行きも見送ることにした。
「どの電車に乗るのよぉ?」
 ついにみつこさんが痺れを切らした。無理もない。さきほどから列車は次から次へと発車するのに、私はいっこうに乗ろうとしないのである。
「じゃあ、次のに乗るよ」
 この次は14時29分発の東北線古河行き(小田原始発)である。先頭の混雑具合はどれも同じようなものだろう。前方はよく見えないかもしれないが、これ以上待ったとしても、見えやすい位置を陣取ることはできそうもない。
 古河行きの電車が来た。さきほどの勝田行きよりやや混んでいた。少し後悔したがどうしようもない。みつこさんに宣言したこともあり、覚悟を決めて乗り込んだ。
 運転室後ろのかぶりつきスペースはたいへんな混雑ぶりだが、シートはまったく空いている。
「私は座るから。ひろさんはがんばって」
 まるで他人事のように、まあ実際、他人事なんだけど、みつこさんはこの先の私の苦労など気にするそぶりも見せず、ぽっかり空いてる三人掛けシートに悠々と座った。
 発車メロディが鳴り終わり、ドアが閉まった。交替したばかりの運転士が緊張気味にノッチを入れる。

 東北線古河行き普通1592E列車は東京駅を発車した。いよいよ待望の上野東京ラインが動き出す。
 かつて「回送線」だった線路が「本線」に線路改良され旅客列車が走ることに感動する。列車は少しずつ加速してスピードを上げてゆく。それほど早くはない。時速七十〜八十キロといったところだ。サラリーマンやおっさんの頭や肩の隙間からわずかに見える前方の線路を凝視する。
 発車して六百メートルほど進んだところで首都高速都心環状線の陸橋をくぐる。くぐるかくぐらないかくらいのところから登り勾配が始まる。右を走る東北新幹線がだんだん下になって行く。勾配は約三十五パーミルとは聞いているが、厳密に何パーミルなのかは勾配標の数字が小さすぎて読めなかった。
 アプローチ部三百五十メートルほどの急勾配を登り切り、水平区間に入った。ちょうどここが新幹線の直上を通る重層部である。新幹線の線路との重なり具合を調整しているのか、あるいは斜め下にある京浜東北線・山手線神田駅のホームの形に沿っているのか、アプローチ部にも重層部にも微妙なカーブがあってわずかに右に曲がったり、左に曲がったりする。線路のすぐ脇をビル屋上の広告看板が通り過ぎてゆく。私の右前にいるおっさんは東京駅を発車したときから横のドアの方を向いて外を眺めているのだが、ときどき振り向いては前方を覗く。そうするとおっさんの野球帽が邪魔になり、前方が見えにくくなる。「頼むからドアの方を見ていてくれよ」と内心願いながら、私も必死で前方の視界を確保する。
 六百メートルほどの重層部が終わると秋葉原に向かって左にカーブしながら急勾配を下ってゆく。こちらも三百五十メートルほど、約三十五パーミルの下り坂だ。左に京浜東北線の線路が近づいて来ながら、総武線ホームの下、頭上ぎりぎりのところをかすめるように電車はくぐる。関係ないのに、思わず首をすくめてしまう。
 秋葉原を通過すると新幹線は地下に潜って見えなくなる。ここからの一・六キロは留置線・引上線を改良した部分である。東京駅から続く「下り線」「上り線」の右側にもう一本、「引上線」が加わって計三線で上野に向かう。「引上線」の末端は四本の電車が留置できる車庫になっている。
 列車のスピードは徐々に下がり御徒町を通過する。左に、右に、S字状のカーブを曲がり、ゆっくりと上野駅に進入する。
 五番線には上野から乗車する人たちがずらりとホームに並んでいる。運転士はブレーキを細かく操作し、停止位置に停車。三・六キロ、およそ四分十五秒のバカップル列車であった。
「ひろさん、前、見えたぁ?」ホームに降り立つと、みつこさんが話しかけてきた。
「う〜ん、あんまり……」
「右にいた野球帽のおじさん、ときどきひろさんの前に出てきて前の景色見に来るから、見えなくなるんじゃないかって思ったんだよ」
 他人事のように座っていたみつこさんだが、いちおう私のことも気にしてくれていたようだ。
 駅構内の通路を歩いていたらLED掲示板に「伊東行き」という表示がある。上野駅で東海道線方面の掲示板もいままでなかったから新鮮な光景だ。
「あ、伊東行きがある!」
 私が叫んだら、みつこさんが「せっかくだから、伊東行っちゃう?」などとやけに乗ってくれた。



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