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走れ!バカップル列車
第69号 小松島線廃線跡と特急うずしお(後編)



   四

 定刻16時46分になり、特急「うずしお22号」が発車した。
 せっかく確保した最前列の席だが、ガラス窓の向こうは若者の青いリュックサックに塞がれてしまい、前方はほとんど見ることができない。
 地上駅の徳島を発車するとすぐに上り坂になり高架線になる。次の佐古までは阿波池田方面の徳島線の線路が並んで走る。
 都会的な高架駅の佐古を通過。左側を走っていた徳島線と分岐する。徳島線の方が歴史が古いので線形はまっすぐで、そのまま吉野川に沿って西へ進む。後に開業した高徳線は右にカーブして北に進む。
 いくつか小さな川を渡った後、吉野川の鉄橋を渡る。水量の多い大河に違いないが、道路の吉野川橋より三キロほど上流にあって川幅はやや狭い。
 田んぼと住宅が混在する平野を走り、池谷(いけのたに)で鳴門線と分岐する。「ト」の字形ではなく、「Y」字形の分岐だ。路線の歴史からすると、鳴門方面から板野方面への鉄道がいちばん先に開業した。その後、駅の位置と分岐する方向に変更を加えていって現在のような形に落ち着いたようだ。駅の手前で二つの路線が分岐しているところも珍しい。「Y」字の足の部分にホームがあるのではなく、左右の腕それぞれにホームがある。しかも駅舎は二本のホームに挟まれたスペースに建つ。「うずしお」は左側の高徳線ホームをゆっくり通過するが、やや離れた右側の鳴門線ホームには普通列車が停車している。16時55分発の徳島行きだ。
 線路は左へくるりとカーブして西へ進む。北側には讃岐山脈が東西に連なり、その南縁を吉野川に沿って走るような具合だ。
 徳島から十四分ほど走り続けて板野に停車。ここですれ違い(交換)予定の下り特急「うずしお19号」が遅れていてこちらも二分ほど遅れて発車した。
 板野を出ると急カーブで右に曲がり北に向かう。前方から讃岐山脈の山々が近づいてきて、いよいよこの山脈を越える「大坂越え」に差しかかる。
 特急は並行する県道とともに谷の奥に深く分け入ってゆく。二○から二五パーミル(‰)の急勾配が連続する難所だが、ディーゼルカーはエンジンを轟かせてぐいぐい登る。スピードの衰えは感じられない。振り子機構が働いて右に左にくねるカーブもすいすい抜けてゆく。
 阿波大宮を通過すると左右から森が迫ってくる。讃岐山脈の緑の壁が前方に立ちはだかり、いよいよ行き止まりというところでトンネルが口を開けていた。全長九八九メートルの大坂山トンネルだ。トンネルを入ってすぐのところが頂上で、ここから先は二二〜二五パーミルの勾配で讃岐相生まで一気に駆け下りる。
 大坂山トンネルを抜け、さらに列車は短いトンネルを出たり入ったりする。徳島県と香川県の県境はこの付近だ。右窓の茂みの向こうに瀬戸内海が見えてくる。見えたかと思うとまた次のトンネルに入ってしまうが、いよいよ山を下ってきたところで田んぼと静かな青い海を見渡す高台に出る。はるか沖合に岩場のような小さな島が二つ、三つ浮かんでいた。
 高徳線は高松に向かって北西方向に走る。だいたい海の近くを走るが海が見える箇所は鶴羽、讃岐津田付近などごく限られている。ため池の多い地域でもあるが車窓からはよく見えない。三本松に停車して、志度では「うずしお21号」、下り普通列車の二本と交換する。
 志度まで来るともう高松近郊の市街地で、琴平電鉄志度線、国道11号線と並行しながら列車は快調に飛ばしてゆく。山頂付近がサザエさんの髪型のようにもこもこ出っ張っている五剣山が右に見えてきて、それが過ぎると三角屋根の屋島が近づいてくる。
 高松市内に入ると線路は高架になって栗林に停車。市街地西端を半周するように右に右に回って東に向きを変え、予讃線やいくつもの線路と合流すると高松である。
 高松到着は一分遅れの17時45分。ここで進行方向が変わるため、乗務員たちがてきぱきと交替する。
 岡山までの列車ではあるが、高松で下車する乗客は多い。乗車するひとたちより多いような印象である。私たちの前に立っていた青いリュックの若者も高松で降りてくれた。窓からの眺めもこれで良くなる。

 定刻17時47分に高松を発車。複線電化された予讃線を西へ走る。
 宇多津(うたづ)までは進行方向が逆になるが、短い区間なので座席は反転しなかった。景色が前方へと流れてゆく。ぽこぽこした山に見える古墳跡やため池を見ながら十六分走って宇多津に着く。
 宇多津は坂出と丸亀に挟まれた小さな駅だったが、瀬戸大橋のおかげで一変した。線路は宇多津の二キロほど手前からコンクリートの高架線になる。本州側児島方向からの線路が坂出方向と丸亀方向に分かれ、それぞれ予讃線と合流して三角線を形成している。三角線の丸亀方向の頂点が宇多津だ。
 特急「うずしお22号」は宇多津に八分停車し、高知からの特急「南風22号」を後方に連結する。
「うずしお」が着いた四分後の18時07分に「南風」が到着。運転士と作業員の連携で連結作業はスムーズに完了した。
 定刻18時11分に特急「南風22号・うずしお22号」が発車する。
 進行方向が再び変わって、私たちの座席が一番前になる。五両編成のディーゼル特急は高架線をみるみる加速する。ここからは瀬戸大橋区間の本四備讃線(愛称・瀬戸大橋線)だ。次の停車駅、児島までの一八・一キロを十二分で走破する。
 坂出方面への予讃線が右に分かれ、代わりに坂出方面から児島方面の三角線が合流する。さらに右から瀬戸中央自動車道が近づいて来て線路の頭上に重なった。大きな屋根が載ったようで視界は暗くなる。右は埋立地の工業地帯、左は瀬戸内海と海に浮かぶ島々。日の長い季節なので、この時間まで空が明るいのはありがたい。
 高架橋は左に右に微妙にカーブしてその先に瀬戸大橋の大きな吊り橋が見えてくる。
 いよいよ瀬戸大橋に差しかかるはずなのだが、列車からだとどこまでが地上の高架橋で、どこからが海上の吊り橋なのか、境界がよくわからない。おそらく揺れて伸縮する吊り橋の線路と地上の線路を調整する区間みたいなところを通過して、上下線の間に橋桁の支柱が連なるところが吊り橋なのだろう。
 四国から本州までつながる瀬戸大橋は六つの橋からなる。最初の吊り橋が南備讃瀬戸大橋(一七二三メートル)、三つ子島を経て二つ目の吊り橋が北備讃瀬戸大橋(一六一一メートル)だ。どちらも巨大な吊り橋で、まさしく瀬戸大橋のハイライト。橋桁の線路が敷いてある箇所以外は骨組みだけなので、足もとには青々とした海面が見える。桁下は六十メートルほどだから目もくらむような高さだ。すぐ下を中型の貨物船が引き波を八の字に広げながら進んでゆく。
 北備讃瀬戸大橋を渡り終えると与(よ)島島内をしばらく走る。瀬戸大橋の中継点になっている島の中ではもっとも大きな島で、高速道路のパーキングエリアもある。与島から羽佐(わさ)島までの与島橋(八七七メートル)はゆるやかに右にカーブするトラス橋だ。
 羽佐島から岩黒(いわくろ)島までは岩黒島橋(七九二メートル)、岩黒島から櫃石(ひついし)島までは櫃石島橋(七九二メートル)が架かっている。同じ長さの斜張橋が対のように並ぶ。どれも美しい橋なのだろうが、列車からその姿の見えないのが残念だ。
 櫃石島からは瀬戸大橋最後の橋、下津井瀬戸大橋(一四四七メートル)を渡る。この橋が香川県と岡山県の県境にもなっている。瀬戸内の島々が近くに遠くに横たわり、その向こうに太陽が沈もうとしている。波が夕陽を反射してキラキラと黄金色に輝いている。
 みつこさんと瀬戸大橋を渡るのははじめてではない。二○○二年に寝台特急「サンライズ瀬戸」に乗っている。ただ「バカップル列車」としては初なので、この眺めを一緒に見てほしかったのだが、隣に座るみつこさんは列車が岡山に着くまで一度も目を覚ますことなくひたすら眠り続けていた。



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