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走れ!バカップル列車
第69号 小松島線廃線跡と特急うずしお(後編)



   一

 翌二○一五年五月四日、朝、起きてみると雨の心配はなさそうだった。空は雲に覆われているがときおり薄日が差すくらいだ。ザーザー降りだったら牟岐線と阿佐海岸鉄道で甲浦まで行こうとも考えていたが、当初の予定通りみつこさんと二人で小松島線跡地の遊歩道を巡ることにした。
 宿から徒歩五分、徳島駅には九時ごろに着いた。駅前広場には、ワシントン椰子と呼ばれる背の高い椰子の木が並んでいて、南国らしさを感じさせる。
 新しくて大きな駅ビルの一階に入るとその奥が改札口になっている。駅ビルは近代的だが駅構内は国鉄時代の地上駅そのままだ。改札口を抜けるとその正面は二番線ホームになっていて、階段を昇り降りしなくても列車に乗ることができる。三番線、四番線だけは跨線橋を渡らなければならないが、特急列車はなるべく二番線から発着するようだ。四番線の向こう側には側線が何本も並んでいて車両基地が併設されている。一番線は、二番線の北側(佐古寄り)を切り欠いてそのスペースに線路を敷いたこぢんまりしたホームで、主に阿波池田方面の徳島線列車が発着している。
 なにもかもが鉄道全盛期の地方主要駅の典型的な構造で、駅構内をただぼんやり眺めているだけでも懐かしくてうれしくなる。いまはどの駅も高架化されてしまってこうした味わいのある駅は少なくなってしまった。徳島駅のこの構内はいまや貴重品だ。
 阿南行きの牟岐線普通列車は橋を渡った三番線から発車する。一両だけのディーゼルカーがすでに入線していた。車内はボックス席とロングシートがちどりに配置されていて、ボックス席には誰かしらが座っている。しかたないので、車両後方のロングシートに座ることにした。ロングシートは窓を背にして座らなければならないから、本当は嫌いである。
 牟岐線4535D列車は定刻通り9時20分に徳島を発車した。車両基地は駅の南側にも広がっていて、いろんな色のディーゼルカーが十数両は並んでいる。その向こう側には駅近らしからぬ雰囲気の木々が繁っているが、徳島城趾でもある徳島中央公園の緑である。
 新町川の鉄橋を渡り、阿波富田に停車。徳島市の中心街は徳島駅付近から阿波富田付近にまで広がっている。
 二軒屋、文化の森と南へ進むにしたがって車窓は市街地から田園風景へと変化してゆく。我慢しきれなくなって、一番前の運転室の横に来た。前方の左隅だけが運転室なので、乗客もその横の窓から前方を眺めることができる。運転士の顔をちらりと見ると高橋克典みたいなお兄さん。京阪の石山坂本線で出会った運転士はオダギリ・ジョー似だったが、その人に負けずと劣らないイケメン運転士である。
 田んぼの中を単線の線路がまっすぐ伸びている。ディーゼルカーは適度に車体を揺らしながら、レールの上を快調に滑り続ける。地蔵橋を発車し、左にゆっくりカーブして勝浦川を渡る。国道55線の陸橋をくぐると中田(ちゅうでん)である。いまは牟岐線を名乗っているが、もともと中田までは小松島線として開業したのだから、私たちだって小松島線に乗ったといえなくもない。
 中田で上り列車を待ち合わせるので四分ほど停車する。上り列車には高校生が大勢乗り込んでいく。9時41分、上下列車がほぼ同時に発車。住宅がちらほら並ぶ中を進み、三分ほどで現在の小松島市の中心駅である南小松島に到着した。
 構内踏切を渡っていったん駅舎内に入り改札口を出る。
 駅舎はこぢんまりした平屋建てで建物内に観光協会のカウンターがある。カウンターのおばちゃんに、みつこさんが小松島付近の案内地図ありませんかと尋ねたところ、おばちゃんが張り切って「こんなにもありますよ〜。こっちもどうですか〜」と狸のイラストが描かれたパンフレットを何冊も取り出して袋に入れてくれた。二人で恐縮しながら駅を出る。小松島は狸を観光資源として推したいらしく、駅前広場に狸の家族の像が立っている。
 パンフレットの中から便利そうな地図を一枚選び出し、それを片手にふらふらと歩きはじめる。商店街というほどの賑わいもない駅前通りを抜け、八千代橋で川を渡ると小松島港一帯に着く。この周辺に小松島線の終点であった小松島駅、その三百メートルほど東側に進んだ臨時駅の小松島港駅があった。小松島の市街地はもともと川の南側(南小松島駅側)で、北側(旧小松島駅側)は港湾地区だった。最初の鉄道は港湾地区への連絡を優先したのである。
 小松島駅は昨日も訪れた「小松島ステーションパーク」(「SL記念ひろば」と「狸ひろば」)であるとして、きょうは小松島港駅がどのあたりにあったのかを確かめておきたい。
 八千代橋のたもとの信号をはす向かいに渡ると「ミリカホール」という施設があり、その先の古い公務員宿舎の裏手に東西に帯状に伸びる空き地がある。単線の線路が走るのにちょうど良い幅だ。おそらくこれが小松島駅から小松島港駅へ伸びる線路跡だったのだろう。
「これ、みるからに線路の跡だよね」
「へー、ホントだ」いちおう話は合わせてくれるが、みつこさんはあまり関心がなさそうである。
 空き地の先には道路が斜めによぎっているが、さらにその先を真東方向に見てみると、ワシントン椰子の並木と倉庫との間に駅にちょうど良さそうな空間が細長く残っている。その先は海だ。
「きっとあのあたりが小松島港駅だったんじゃないかな」
「ふうん、そうなの」
 道路の向かいの食堂の店先でおっさんが掃除していたので、昔ここに線路が走っていたのか尋ねたところ、
「おう、そうだ。ここに線路走ってた」
 と、いま私たちが確かめた空き地とワシントン椰子のあたりまでを指さした。
「ステーションパーク」が北西から南東方向へ細長く延びているのに、小松島港駅への線路が真東に走っているのは、小松島駅と客貨車区の線路が「SL記念ひろば」と「狸ひろば」の境の県道付近をかなめに南東から東の方向へ扇状に広がっていたからだ。末広がりの線路のいちばん北側の一本が小松島港へと真東に延びていたのだろう。
 それとは対称的に機関区の線路は県道付近をかなめにいまの「SL記念ひろば」一帯に北西方向へ扇状に並んでいたということになる。



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