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走れ!バカップル列車
第68号 小松島線廃線跡と特急うずしお(前編)



   四

 ゆっくり遊べそうな大神子海岸だったが、ケンさんはあっさり次に行こうとワゴン車に戻る。
 次はどこに向かうのか。ワゴン車はなおも山道を進む。道路は先ほどよりもさらに細くなり、一台がどうにか走れる幅しかない。対向車が来たらどうするのだろう?
「向こうからクルマは来ないです」そう言い切って、ケンさんは平然とワゴン車を走らせる。また海に出た。小神子海岸だった。
「ここが小神子海岸かぁ!」
 タオちゃんがここで遊んでいる写真を何度となくネットで見ていた。その実物にようやくたどり着いた感慨がこみ上げてくる。大神子海岸と同じように弓なりの浜なのだが、「大」「小」と区別されているように小神子海岸の方がひと回り小さい。地図で見ると大神子海岸が長さおよそ五百メートル、小神子海岸が長さおよそ三百メートルである。
 小神子海岸がいいのは、私たち以外、人が誰もいないことである。
 名前も対になっているし、場所も近いし、似たような海岸だし、共通点がかなり多いのに、なぜか小神子海岸にはほかに人がいない。
「泳がれん」の看板はないが、ここも遊泳禁止らしい。水深が急に深くなっていて危険なのだそうだ。
 タオちゃんも目が覚めて、全員で海岸に出た。全員集まっても、ここにいるのは六人だけだ。雨がぱらぱら降ってきたが、誰も気にしていない。
「ここも石のカタチが細長いね」
 みつこさんが足もとを指さしていう。浜辺の石のカタチは大神子海岸に似ていて、どれも細長くて薄っぺらい。よくみるとミルフィーユみたいな筋がいくつも走っている。おそらく薄い層がたくさん重なった岩が砕けるときに、この層に沿って砕けたからこのように薄っぺらく、しかもこの層の垂直方向には砕けにくいから細長くなったのだろう。浜は同じような石が一面に敷き詰められていて、砂浜にはなっていない。タオちゃんが小さな体を丸めては石や貝殻を拾ってきて、みつこさんや私に戦利品を見せてくれる。
 ケンさんが石を拾っている。どうするのかと思っていたら、海に向かって投げ出した。「水切り」だ。水切りにはこの浜にあるような薄っぺらい石がちょうどいい。水面ギリギリに投げられた石はぴょんぴょんぴょんと三、四回跳ねた。
「わっ、うまい!」
 楽しそうなので、私も石を拾って投げてみたが、一度も跳ねることなくドボンと沈んだ。
「気分が落ち込んだときは、よくここに来たんですよ」ケンさんがぽつりと言う。
 移住から一年余り経ってようやく美容室を開店することになったが、物件が見つかるまでの間、苦しい時期を過ごしたようだ。ときには東京に戻りたいと思ったこともあっただろう。
「そういうときもありましたけど、もう、どうにもならないとこまで来ちゃってましたからね」
 わずかに水の残った水筒一つで砂漠に取り残されたような感じだろうか。行く先が見えないばかりか、来た道も閉ざされてしまったのだ。

 細い道で山を越えて街に戻る。次に案内されたのは、「小松島ステーションパーク」。まさしくここが小松島線小松島駅の跡地である。北西から南東に広がる細長い敷地のうち、ここを横切る県道を挟んで北西側が「SL記念ひろば」、南東側が「狸ひろば」になっている。
 昭和四十七年ごろの地図と見比べてみると、北西側にある「SL記念ひろば」は、かつては機関区だった。現在は白っぽい土が敷き詰められていて、学校の校庭のようになっている。広場には『小松島駅』と書かれたかつての駅を再現した一角がある。五十メートルほどのプラットホームを重厚な設計の木造の屋根が覆っていて、ホームに接してC12形という小さな蒸気機関車とオハフ50形という客車が留置されている。車両の上には屋根はなく、雨ざらしになっているのがちょっと寂しい。
 ホームも車両もなぜかかつての線路とは垂直の向き(南西から北東の向き)だ。広場も復元された駅もあまりに整備が行き届いていて、かつての駅の面影は逆にまったくといっていいほど消されてしまっている。
 県道の南東側の「狸ひろば」にも行ってみた。旅客の小松島駅があったのは、むしろこちらの方だ。ホームは二本ほどだったらしいが、それ以外にも客車や貨車の車庫が併設されていて敷地は広かった。「SLひろば」同様、こちらも広場として整備されている。大小合わせていくつものたぬきの像が置かれているが、かつての駅の面影はない。広場の南東側には巨大なたぬきの銅像がいる。この地方の民話『阿波狸合戦』に登場する金長たぬきを模しているという。ジブリ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』の元ネタにもなったらしい。
「このたぬき、すごいんですよ」
 ケンさんが意味ありげににやにや笑っている。「たぬきの前で手を叩いてみてください」
 トモコさんもどんなしかけかは教えてくれない。わけもわからないままにみつこさんと私とでパンパンと手を叩いてみる。タオちゃんも前に出てきて小さな手をパチパチやってくれる。
 すると、突然、たぬきの背にある岩の上から水がジョロジョロと落ちてきた。
「なんだこりゃぁ!?」
 最初、右上からジョロジョロぐらいだったのが、下まで落ちてきてジャージャーとなり、左からも水がザーザー落ちてきて、最後はたぬきの背後全体が滝になってしまった。
「きゃー、なにこれー!」みつこさんも大騒ぎ。タオちゃんはこれで遊ぶのが大好きらしく、小さい体をぴょんぴょんさせて喜んでいる。
「すごいでしょ」ケンさんが笑う。
「水の無駄遣いじゃないかって罪悪感出てきちゃうほどなんですけど、水は循環させてるみたいなんですよ」
 トモコさんが説明するには、一九八○年代後半にふるさと創世と称して各自治体に一億円が配られたが、小松島市はその一億円で、このたぬきの銅像と滝をつくったそうだ。
 世界一大きいといわれるたぬきの銅像。手を叩いて膨大な水量の滝が流れてくるというただそれだけのしかけ。あまりにアホくさいが、個人的にはこういうアホくささは大好きである。
 この日最後に訪れたのは、今回の最重要目的地であるケンさんの新しいお店だった。
 小神子海岸での話を聞いたあとでもあり、またこの数か月、ときどきネットにアップされる内装工事の写真を見てきたこともあり、さらに王子で過ごした日々のことまで思い出されてきて、このお店で立ち回るケンさんを見ていると胸に熱いものがこみあげてくる。
 店内の隅のほうではベビーカーに乗せられたハルちゃんをトモコさんがあやしている。タオちゃんはキャッキャと笑いながら広い店内を走り回っている。小松島に移住したケンさんがようやく手にした自分の居場所だ。
 ここに来ると決めてから、私はいっさい髪を切らなかった。ぼっさぼさに伸びてしまった髪は、ケンさんの丁寧なカットですっきりきれいになった。足もとには白髪交じりの残骸が山のように積み重なっている。



第69号 小松島線廃線跡と特急うずしお(後編) 一
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