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走れ!バカップル列車
第68号 小松島線廃線跡と特急うずしお(前編)



   三

 二○一五年五月三日、みつこさんと私は全日空283便で徳島阿波おどり空港に降り立った。空港ロビーにはクボさん一家が出迎えに来てくれた。みつこさんがご夫妻に会うのは三年ぶりである。トモコさんとみつこさんが同時に「キャー」と叫び合って、一瞬かなり騒々しくなった。私も叫びはしなかったが、懐かしい顔が元気で笑顔でいてくれて、本当にうれしい。
 小松島に引っ越したとき一歳だったタオちゃんもいまは三歳になって、ずいぶん女の子らしくなった。照れをごまかそうとしているのか、ジュースの缶を前歯でくわえたままでの出迎えだ。トモコさんに抱っこされてるハルちゃんは、まだ生まれて半年も経ってない赤ちゃんで、手も足も丸くてちっこい。髪の毛も細くてふわふわしている。
 さっそく、ケンさんの運転するハイエースで小松島に向かう。私が助手席に着き、後ろにトモコさんとハルちゃん、タオちゃん、みつこさんが乗り込んだ。大きな車体だから六人が乗っても中は広々としている。白いワゴン車は空港の駐車場を軽やかに滑り出した。
 王子にいたときは運転免許を持っていなかったケンさんが、いまやでっかいワゴン車を自在に操るのだから、ところが変われば人も変わるものである。地方都市はどこでもそうだが、鉄道は日常の交通手段としてはほとんど役に立たない。やはり自動車がないと生活ができないのだ。小松島に来たケンさんがいちばんにしたことが教習所に通うことだったという。
 ワゴン車は県道を南に進む。吉野川の鉄橋に差しかかった。吉野川橋といって車道が片側一車線ずつ、両側に歩道がある水色のトラス橋だ。川幅は地図で見るとほぼ一キロくらいある。あまりに広くて対岸ははるか彼方だ。しかも両岸とも河原がほとんどなく、鉄橋の下は満々と水を湛えた流れだ。河口付近といってもこれだけの川幅と水量がある川は日本ではほかに利根川ぐらいしか思い浮かばない。
「でかいですよねえ」とケンさんが私の驚きに答えてくれる。みつこさんがこの会話だけ入ってきて、「ホントだ。大きい!」などといっているが、後ろの席はタオちゃんを中心に世界が回っていて、みつこさんはタオちゃんにほぼかかりっきりである。突然ハルちゃんが泣き出してしまって、トモコさんがあやしているが、ケンさんはなんでもない顔をしてハンドルを握り続ける。
「正面に見える山が眉山ですね」橋の途中でケンさんが前方を指さす。
 水色のトラスの向こうに青々とした緑の塊がそびえている。標高は三百メートルほどとそれほど高くはないが、徳島の街を象徴するような山だ。山頂までロープウェイで登れて市内を一望できるという。
 吉野川を渡ると徳島市に入る。通過するだけかと思っていたが、ケンさんは小さな川のほとりでワゴン車を停めた。目の前のコンクリートの建物を指していう。
「この建物、安藤忠雄の設計らしいんですよ」
「えっ、マジで!?」
 私を安藤ファンと知って案内してくれるとは、なんともニクイ演出である。ケンさんがおぼえててくれたことも、内緒で探してきてくれたことも、なんだかうれしくて心に染みる。しかも私は徳島市内に安藤さんの建築があることをうかつにも知らなかった。こんなにうれしいサプライズは初めてだ。
 オモテの看板には「WITH」(ウィズ)とあって、ブティックとかカフェとかが入居する小ぶりの商業施設になっている。いてもたってもいられず、ほかのみんなを置き去りにして建物の中に入ってみる。
 狭い通路、縦長のスリット、排気口や配水管、ドアのデザイン……たしかに安藤さんの設計だ。中庭を利用した回廊型の通路、金属製の緩い曲線を描いた屋根などが京都・高瀬川のほとりにある「TIME'S」(タイムズ)に通じるものがある。「TIME'S」I期の完成が一九八四年だから、おそらくこの建築も一九八○年代半ばごろの作品だろう。コンクリートの風化具合からしてもだいたいそのくらいと推測できる。
 トモコさんとタオちゃん、ハルちゃん、みつこさんと合流して、最上階まで行ってみた。ケンさんは駐車場でお留守番だ。みんな途中までついて来てくれたが、私のあまりの食いつきっぷりに呆れて、先にワゴン車の方に戻ってしまった。一通り見学し、満足してワゴン車に戻ってみると、タオちゃんがシャボン玉で遊んでいた。

 遅めの昼は徳島ラーメンだった。
 最初は徳島市内の「いのたに」という有名店を案内してもらったのだが、あまりに行列が長いのでパスさせてもらった。
 小松島のケンさんのお店の近くにもおいしいラーメン店があるようなので、小松島へ移動した。お目当ては「岡本中華」という店だ。前の客を二、三人ほど待つだけだったのでここで食べることにする。「ラーメン(小)」を頼んだら、ふつうよりちょっと小さめのどんぶりでやってきた。白い豚骨スープにチャーシューと生玉子がのっている。生玉子をのせるのは徳島ラーメンの特徴らしい。うまい。豚どんも追加してしまった。
 おなかもココロも満たされて、本格的に小松島めぐりを開始する。
 行き先はケンさんのハンドルさばきにかかっている。なんだか細い山道に入った。どこへ行くのか。大丈夫とは思いながら少々不安に思っていると山の中から海が見えてきた。
 着いたところは大神子(おおみこ)海岸だった。浜辺で遊んでいる人やバーベキューをする人たちで賑わっている。タオちゃんはすやすや眠ってしまったので、ケンさんとみつこさんと私だけが海岸に出た。
 立て看板の前でケンさんが立ち止まる。「これ面白いでしょ」
《あぶない! 泳がれん》
 その文字の下に、泳いでる人にバッテンがかかったイラストがある。
「『泳ぐな』って、こう言うんだ」
「泳がれん」の横には「徳島県 徳島東警察署」とある。公的な文面に方言が使われるのは珍しいのではないだろうか。



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