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走れ!バカップル列車
第68号 小松島線廃線跡と特急うずしお(前編)



   二

 小松島と聞いて、昭和の鉄道おたくなら、まちがいなく小松島線を思い出すだろう。牟岐線の中田(ちゅうでん)駅から分岐し、小松島を経て、小松島港(臨時駅)に至る一・九キロメートルの路線で、全国の国鉄線のなかでいちばん短い路線として知られていた。
 もともとは一九一三(大正二)年、阿波国共同汽船会社が徳島〜小松島間の軽便鉄道を開業したのがはじまりだ。その三年後の一九一六(大正五)年は途中駅中田から分岐してさらに南に進む阿南鉄道が開業。これがいまの牟岐線の前身で、一九四二(昭和十七)年には牟岐まで延長されている。
 小松島線も牟岐線も国有化されて、しばらくの間、徳島〜小松島間が小松島線、中田〜牟岐間が牟岐線となっていたが、一九六一(昭和三六)年、どういう訳か徳島〜中田間が牟岐線に編入されることになった。もとを正せば本家は小松島線で、分かれていった方が牟岐線(阿南鉄道)のはずなのに、小松島線は本家の座を牟岐線に奪われてしまったのである。
 残された中田〜小松島(小松島港)のみが小松島線を名乗ることになり、国鉄最短の路線となるのだが、後から考えれば、この路線名称・区間の変更が小松島線の運命を分けた。路線延長が短いゆえに、計算の上では収益性の悪い路線ということになり、一九八五(昭和六○)年に小松島線は廃止されてしまう。
 小松島線が廃止された当時、私は高校生だった。このころすでに鉄道おたくぶりを発揮していて、周遊券や「青春18きっぷ」を駆使して全国を乗り歩いていたが、巡り合わせが悪かったのか、小松島線には乗らずじまいだった。廃止される日もテレビのニュース映像で、旧型客車のさよなら列車が走る様子を指をくわえて眺めるしかなかった。
 このころ廃止された国鉄のローカル線は数多い。一九八○(昭和五五)年に施行されたいわゆる「国鉄再建法」により、一九八三(昭和五八)年に北海道の白糠線が廃止されたのを皮切りに全国の赤字ローカル線が次々にバスや第三セクター鉄道に転換されていった。三陸鉄道の開業(一九八四年)もそうした流れのひとつだ。
 数ある廃止路線のうち自分にとって強く印象に残っているのは最初の白糠線、三陸鉄道のほかに小松島線だった。路線としていちばん短かったのが注目されていたのと、四国に行った鉄道おたく仲間から小松島線の話を聞いたりしたからかもしれない。

「徳島に来ても、なんにもありませんよ」
 小松島に行きたいとケンさんに連絡したところ、最初にいわれたひと言がそれだった。関東に生まれ育ち、いまは奥さんの地元に暮らすケンさんにとって、謙遜と本音が入り混じったひと言だったろう。でも私はそれでいいと思っていた。仮に小松島が本当になんにもないところだったとしても、クボさん一家の顔が見られれば、それで充分だ。
 もちろん、実際なんにもないなんてことはない。ケンさんはときどきタオちゃんが公園や海岸で遊んでいる写真をネットにアップしているが、写真を見る限り、けっこう良さそうなところなのだ。
「小神子(こみこ)海岸とか、狸ひろばとか、あるじゃないですか」
 するとケンさんはなおもいう。「本当にそこだけですよ」
 もちろん、それでいい。それにもうひとつ、私には小松島での目的があった。ケンさんに髪を切ってもらうことだ。王子では、ケンさんに髪を切ってもらっていたのはみつこさんだけだったが、今回は私がケンさんの新しいお店の客になる。
 だいたいのプランとしては、一泊二日のうちの一日目は小神子海岸、狸ひろばに行き、その前後でケンさんの美容室におじゃますることになった。丸一日、クボさん一家におつきあいいただくことになるが、今回はケンさんたちに甘えてしまおうと思う。
 二日目は基本的に私たちだけで行動することにした。そこで行きたいのが小松島線の廃線跡だ。
 小松島線の廃線跡が現在どのようになっているのか、私はまったく理解していなかった。分岐駅の中田から小松島駅跡までの線路跡がどうなっているのかも、小松島駅がどこにあったのかも、なにもわかっていなかった。とにかく三十年も前に廃止された路線なのだ。放置されていれば完全に自然に回帰しているだろうし、都市部だったらビルや住宅が建ってしまって、形跡がまったく消されてしまっても不思議ではない。
 グーグルマップで確かめた。画面上で建物のカタチが出てくるくらいに地図を拡大してみると、小松島線が走っていたと思われるところには、きれいに建物がなかった。これには驚いた。線路の走っていたルートが地図から浮かんで来そうなくらい、一定の幅の空間が帯状にできている。
 ひょっとしたら廃線跡はけっこうきれいな形で残っているのかもしれない。さらに調べを進めると廃線跡はほぼ全線が遊歩道として整備されているということもわかってきた。廃線跡そのものをゆったり歩けるなんて、これ以上のことはない。
 それだけでも驚きだったのだが、さらに地図を見ていたら、もっと驚くべきことを発見した。
 遊歩道になっているであろう空間を中田から東へ東へとたどっていると「狸ひろば」にたどり着いた。「まさか!」とは思ったが、ウエブサイトなどで調べても間違いなかった。タオちゃんが遊んでいた「狸ひろば」はなんと小松島駅跡地だったのである。その隣にある「SL記念ひろば」と「狸ひろば」を合わせて「小松島ステーションパーク」というのだそうだ。一石二鳥とはまさにこのことだ。
 わずかな形跡をたどるだけかと想像していたのだが、小松島線の廃線跡をたどる旅はけっこう楽しくなりそうだ。



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