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走れ!バカップル列車
第67号 寝台特急カシオペア(後編)



   三

 2時47分、定刻に「カシオペア」は青森駅を発車した。右に右にカーブして列車は津軽線を進んでゆく。機関車がすぐ前に連結されているから、揺れが直接伝わってくる。ガタゴト、ガタゴト。金属の軋む音とともに上下左右に激しく揺れる。
「揺れすぎでしょ、これ!」
 ベッドに戻ろうとするみつこさんが言う。この揺れのせいか、パノラミックウインドウに貼りついていた雪がガサガサガサッと落ちていく。おかげで前は見えやすくなった。もっとも視界のほとんどは赤い機関車が占めている。
 機関車は線路上に積もった雪をスノープラウで左右に掻き分け力強く進んでいる。蟹田に運転停車してから約十分後、新中小国信号場を通過。単線の津軽線と分岐し、ここから複線の海峡線になる。やがて上下線は大きく離れ、右にカーブすると上から北海道新幹線の高架橋が覆い被さるようにやってくる。「カシオペア」はその下をくぐり、緩やかな坂を登って新幹線の線路と合流する。薄明かりの中で目を凝らすと、上り線の線路は新幹線と在来線が共用できる三線軌条になっていた。新幹線の工事がここまで進んでいるのかと感心する。いま走っている下り線の線路も同じ三線になっているはずだ。
 3時40分ごろ機関車が長い汽笛を鳴らした。青函トンネルだ。軌道の状態が良いからか、とたんに揺れが少なくなった。私もベッドに横になる。
 起きているのか眠っているのかよくわからない状態のまま、列車がトンネル内を走り抜ける様子だけは感じとっている。3時50分ごろ竜飛海底通過。4時08分ごろ吉岡海底通過。4時21分ごろ、ピイィという汽笛とともに上り列車とすれ違う。明るい窓が連なっている。時刻からみて急行「はまなす」だろう。4時23分ごろ青函トンネルを出た。
 木古内には4時34分ごろ通過。トンネル内は雪が降っていないはずなのに、なぜか十三分ほど遅れている。木古内からは江差線に入り単線になる。
 函館が近づいてきたので、私は着替えた。
「どこか行くの?」
「うん、函館で機関車連結するとこ、見てくる」
「乗り遅れないでね」
「スイート」の個室を出て通路をひたすら歩く。函館駅で機関車の連結位置にすぐ近づけるよう、車内でなるべく最後部車両に移動しておくのだ。できればいちばん後ろのドアから出られるようにしたい。十二両編成の端から端まで、通路を歩いてゆく。車内はひっそりしている。こんな早朝に外を出歩くような酔狂な人はいない。そう思っていたら、三号車食堂車の通路まで来たとき、一階の部屋からスウェット上下を着た女のひとが出てきた。ウエイトレスさんかもしれないと思いつつ顔は見ないようにした。数時間の仮眠を終えて、朝食の準備にかかるのだろう。
 いちばん後ろのドアは十一号車だが、函館までまだ時間があるので十二号車の「ラウンジカー」で待機する。誰もいないかと思っていたが、先客が五、六人いる。夜が明けていれば津軽海峡を見渡せる景色の良いところだが、まだ外は暗くなにも見えない。五稜郭を通過し、函館本線と合流する。
 函館には十四分遅れの5時16分に到着した。時刻表には5時02分着、5時08分発とある。定刻でも六分しか停車時間がない。その間に十二号車側に函館〜札幌間を引っぱる機関車を連結する。
 ドアが開くと十二号車の連結器部分に駆け込む。ホームに出てきたひとは私を含めて三人しかいなかった。あとはラウンジ内から見学するようだ。駅員が線路に降りて、連結器周辺にあるジャンパ栓の雪を落としている。
 ヘッドライトを煌々と照らした青いディーゼル機関車が札幌方向から近づいてきた。凸型のDD51形を二両つなげた重連だ。客車の数メートル先で一時停止。誘導係がホームに降り立ち、機関士が側窓から顔を出し前方を確認している。そのままそろりそろりと近づいて、瞬く間にガチャンと連結した。
 連結が完了すると、再び一号車に急ぐ。ただでさえ遅延しているのだから、六分と言わず、準備できしだいすぐに発車するはずだ。
「寝台特急『カシオペア』号、まもなく発車します」というアナウンスが構内に響く。乗り遅れてはいけない。それでも車内の通路だと時間がかかるので私は六番ホームを走った。
 二号車のドアから乗り込む。急いで二号車と一号車を通り抜け、「スイート」の個室に戻った。みつこさんがほっとした表情で私を迎える。「間に合ったね」
 部屋に戻るなり、私は展望室ソファの前に立った。こんどはこちら側の赤い機関車と切り離すところを見たい。勝手にやってることだが、ずいぶん忙しい。
 函館駅では切り離す機関車をわざわざ動かしたりしない。連結器を外した状態で客車だけ札幌に向かって走り出せば、そのまま解結になるのである。
 5時23分、列車が動き出した。ED79が音もなく離れ、置き去りになる。庇や手すりにつららが垂れ、雪まみれ氷まみれになった赤い車体。三時間ほど共に走った機関車がみるみるうちに小さくなってゆく。
「カシオペア」は少しずつ速度を上げ、弓なりにカーブする函館駅のホームを後にした。



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