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走れ!バカップル列車
第67号 寝台特急カシオペア(後編)



   二

 一号車の個室に着いて、みつこさんは「酔いそうだ」といってベッドに横になった。
 私は展望室のソファに座って去りゆく後方の景色を見ていた。漆黒の闇夜という雰囲気だが、まだ七時前である。夜は長い。カンカンカンという微かな音とともに赤い光の点滅が遠ざかってゆく。
 18時45分ごろ白河を通過した。ここから東北である。
 みつこさんがカーテンの向こうから「アイス買うの忘れた」と声をあげた。車内探検から戻ってくるときに車内販売のワゴンとすれ違ったのにそのときは思い至らなかった。うかつだった。今夜中に車内販売が来なかったら食べられなくなってしまう。どうしよう。
 なにかありましたらインターホンでお呼びください、と言われたことを思いだし、「3」を二回押してみた。ウエイトレスさんが出たので、
「車内販売はもう一号車には来ませんか?」
 と尋ねてみた。「アイスがほしいんですが」とつけ加えると、
「バニラとストロベリーがありますが」と言われる。
「バニラとストロベリーをひとつずつください」
 と答えると、「確認してみます」といわれ、いったんインターホンを切った。
 しばらくしたら車内販売のおねえさんが直接アイスを届けてくれた。袋にバニラとストロベリーが一個ずつ入っている。やはり「スイート」はすごい。わざわざアイスを部屋まで届けてくれるなんて。その特権を存分に使えて気分がいい。
 みつこさんも起きてきて、展望室で二人、アイスを食べる。食べてる途中で郡山に停車した。水郡線か、磐越東線か、青と黄色のカラフルなディーゼルカーが隣のホームに停まっている。19時12分着、19時13分発。定刻の発車だ。
 窓の外を目を凝らしてみていたみつこさんが「雪だ」という。見ると、ふわふわと綿のような雪が夜の中に舞っている。
「どおりで寒いわけだ」
 みつこさんが言うが、たぶん寒いのはアイスを食べたうえに窓に近づいているからだ。外気の寒さが伝わってくるから、窓の近くはひんやりと冷たい。
 雪は次第に強くなり、やがて線路が白く覆われる。
「あれ、もう一つの線路はどこ走ってるの?」みつこさんが不思議そうにいう。東北線は複線だが、金谷川、南福島付近は上下線が大きく離れたところがある。
「ちょっと離れて走ってるんだよ。でもそのうち近づいてくるよ」
 そう言ってるうちに上り線が左から近づいてきて、横に並んで走るふつうの複線になった。福島を発車して、先にみつこさんがシャワーに入った。私がその後に入る。十八分使えるのだが、二人で八分しか使わなかった。
 雪は降り続いていて、仙台には五分遅れの21時02分に到着した。五分遅れのまま21時04分に発車。みつこさんはベッドに寝転がって中森明菜を歌っていた。さっきも「ちょっと酔ったかもしれない」といっていたから、気を紛らすためだろう。列車が走るうちに歌声は聞こえなくなった。
 閉めていたパノラミックウインドウのカーテンを開けたら、ガラス全体に雪が一、二センチほどの厚さで凍りついていて、後部はまったく見えなくなっていた。

 列車がスピードを落とす気配で目が覚める。横になりながらも盛岡まではぼんやりおぼえていたのだが、その後は眠ってしまった。深くは眠れなかった。青函トンネルもなにもかも寝過ごして、長万部まで眠りこけてしまうという夢を見た。恐い夢だった。
(いまどこなんだろう? まさか長万部? いやいやいや……)
 まだ空は暗いから、長万部ではないだろう。スピードの落とし方からして青森駅ではないか。
 時計を見ると一時四十五分。よかった。やはり青森だ。ベッドを抜け出し窓の外を見る。いちめんの白い闇である。真夜中にもかかわらず線路脇に除雪作業員が五、六人退避している。雪は二、三十センチほど積もっていて、かろうじて顔を出したレール面だけが二本の糸となって後方に続いている。
 ゆっくりと駅構内を進み三番線に停車した。ホームも線路も雪に覆われている。八分遅れの1時58分着。定刻では青森には1時50分から2時47分まで一時間近く運転停車して、函館まで走る青函トンネル専用のED79形電気機関車を連結する。
 青森〜函館間は進行方向が逆になるので、連結するのはこの一号車側だ。展望室のすぐ先に機関車が連結されるのである。
 せっかくこの一号車一番展望「スイート」が取れたのだから、青森での連結シーンは間近で見ておきたい。
 展望室のソファの前に立ち、窓に貼りついた雪の隙間から青森駅構内を見渡す。オレンジ色の照明のもと、数百メートル先に赤い機関車が待機しているのがかろうじて見えた。二灯のヘッドライトと一灯のテールライト。あれだ。あの機関車が「カシオペア」に連結されるのだ。
「いま、どこ?」
 みつこさんがベッドから起きてきた。
「青森だよ。みちゃん、見ててごらん。このすぐ前に機関車が連結されるよ」
「へえ、すごい」みつこさんはソファの上に立って、雪の隙間から外を眺める。
 しかししばらく見ていても機関車はやって来ない。よく見ると機関車の前で作業員が雪かきをしている。待機するうちに雪が積もってしまうのだろう。
「来た!」みつこさんが叫ぶ。見ると赤い機関車がかなりのスピードでこちらに近づいてくる。車体すそのスノープラウがブルドーザーのように雪を掻き上げている。
 機関車は展望室の三十メートルほど手前でいったん停止した。機関車の前につかまっていた誘導係がひょいと飛び降り、カンテラ片手にホームに登ってきた。展望室のすぐ足もとでも、カンカンカンという音がしている。連結器、ジャンパ栓の先端などに付いた雪を作業員が落としている。
 機関車が動き出す。ヘッドライトの光が鋭く窓から射し込んでくる。数メートル先で一時停止。小さな汽笛を二回鳴らして再び動き出し、ゆっくりゆっくりこちらに近づいてくる。作業員の持つカンテラの青い光が赤い車体に反射する。左右に光が揺れるほどに機関車は迫ってきて、やがて「ガクン」という音と振動。連結作業は完了した。



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