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走れ!バカップル列車
第67号 寝台特急カシオペア(後編)



   一

 夕空がやがて群青色一色に塗り替えられるころ、みつこさんと私は三号車の食堂車へ向かった。
「北斗星」の食堂車は「グランシャリオ」、「トワイライトエクスプレス」は「ダイナープレヤデス」とそれぞれ格好いいレストランの名前がついているが、「カシオペア」の食堂車は「ダイニングカー」としか案内がない。
 そうはいっても豪華寝台特急にふさわしい設備とインテリアを備えている。ほかにはない特徴はなんといっても二階建てになってるところで、二号車と四号車とを通り抜ける通路が一階にあるため、二階の食堂は通り抜けだけの乗客が来ない構造になっている。上野側から車両の三分の一ほど進んだところに階段があり、そこが食堂の入口だ。登ったところにレジがあって、その手前上野側は厨房で、からからと揚げ物をする音が聞こえてくる。
 二人でレジのところまで来ると、さきほどのウエイトレスさんがいて、入口にいちばん近い四人がけテーブル席に案内してくれた。
 食堂は入口から札幌側に広がる。進行方向右側には四人がけのテーブルが三組、その奥(札幌側)に二人がけのテーブルが三組、進行方向左側には二人がけのテーブルが三組と奥に二組と分かれて並んでいる。左側手前三組の二人がけ席はほかの席より一段高くなっている。この席の下はちょうど通り抜け通路だから通路の天井高確保のためだろう。
 テーブルよりもさらに大きな窓は屋根上まで張り出す曲面ガラスになっている。すでに外は真っ暗で、街灯が寂しく通りすぎてゆく。
 生ビールとウーロン茶で乾杯し、しばらくするとウエイトレスさんが「懐石御膳」を運んできた。六角形の小さな箱が二段重ねになっている。ルームサービスにもなるメニューだし、高級なお弁当ぐらいかなと思っていたらぜんぜん違う。箱の中には宝石のようにきらめく料理がぎっしり詰まっていた。その箱とは別に御飯とお吸い物があって、さらにその後天ぷらが別のお皿でやってきた。さきほど厨房で揚げ物の音がしたのはこれかと納得する。
 テーブルに用意されていたメニュー表とひとつひとつ見比べながら、箸をつけてゆく。

 お造り……サーモン、カニ、ホタテ、キス昆布〆、アジたたき、あしらい
 先付け……くるみ豆腐田楽味噌添え、湯葉有馬煮
 焼八寸……サーモン味噌漬焼、江戸巻、有頭海老、牛タン塩焼南蛮味噌添え、貝雲丹焼串、若桃蜜煮、きのこ柚子和え
 強肴……貝柱と野菜のバター醤油焼、ホタテ貝柱、ズッキーニ、じゃが芋、二色パプリカ
 変り鉢……五色野菜のミルフィーユ、ブロッコリー、合鴨スモークオレンジ添え
 炊合せ……ひじき射込み高野、里芋、筍、蓮根、蕗、飾り人参
 揚物……蟹磯部揚、海老天ぷら、アスパラガス天ぷら
 季節御飯、お吸い物、甘味

 みつこさんは食事の時間が一時間しかないからと少し焦り気味で食べている。
「天ぷらにも驚いたけど、食堂車でお刺身が出るのはすごいよね」食べながらみつこさんがしみじみいう。
 メニュー表のお造りというのがそれだ。サーモン、ホタテなど六種。駅弁にはお刺身は入っていない。いや、食堂車でさえお刺身は珍しいはずだ。少なくとも私はいままで食堂車でお刺身にお目にかかった記憶はない。
 17時46分、宇都宮に着いた。こちらはのんきに豪華な夕食をいただいているが、ホームには家路に就く通勤・通学客が並んでいる。なんだか勝手に申し訳ない気分になる。二分停車して発車した。食堂に来てまだ三十分だが、もうほとんど食べてしまった。一時間しかないことを心配していたみつこさんも安心した顔になる。
 ウエイトレスさん、ウエイターさんは食事の給仕が済んだあとも休むことなく立ち回っていて、お客さんの写真を撮ってあげたりしている。私たちも一枚撮ってもらった。
 甘味は、白あんをチョコレートで包んだもので、北海道のお菓子らしいのだが、「なんか『かもめの玉子』みたいだね」と言いながら食べた。
 最後に緑茶も出てきた。矢板を通過したころ、「ダイニングカー」を出た。

 晩ごはんの後は腹ごなしも兼ねて車内探検だ。発車前は車外から全編成を眺めたが、乗車後は車内を最後部から先頭まで歩くのである。
 四号車上野寄りの車端部は「カシオペアコンパート」という車椅子対応の個室だ。車椅子でも出入りしやすいように四号車のドアはほかの車両より幅が広い。
 通路の壁面などは薄茶色の木目調で揃えられている。これは個室室内なども含めて編成全体で統一されているようだ。
 その先、十一号車まではスタンダードタイプの「カシオペアツイン」が並んでいる。床下に車輪のある車端部は平屋の「ツイン」とミニロビー、共用トイレ、共用シャワー室などとなっていて、中央部には上下四室ずつ計八室の「ツイン」がある。車端部や一階の「ツイン」にはところどころ空室がある。
 車両と車両の間の扉、デッキから室内に入る扉をいくつも通り抜けながら、五号車、六号車、七号車……と歩いてゆく。
「遠いなぁ」みつこさんがため息交じりにつぶやく。ただでさえ揺れる車内を歩くのはたいへんなのに先は長い。
 ようやく十二号車に着いた。上野寄りには売店があって、「カシオペア」グッズなどを売っている。
 その先、階段を数段登ったところが「ラウンジカー」だ。インテリアは未来的なデザインや色遣いになっていて、左右窓側に明るい青や緑のソファが並んでいる。カップルは語り合い、おばちゃんたちはおしゃべりに興じ、鉄道おたくのお兄ちゃんはお弁当を食べたりして、過ごし方はそれぞれだ。
 一番前は「スイート」最後部と同じくパノラミックウインドウになっていて、窓の向こうには銀色の電気機関車が揺れている。全体を見渡しても二人並んで座れるスペースがないので、左側と右側とにあるひとり分の隙間に向かい合って座る。ピーイッと汽笛が鳴り、黒磯を通過した。窓の外を蛍光灯の白い光が流れてゆく。
 なんとなく落ち着けないからか、五分もしないうちにみつこさんが「帰ろうよ」というので、再び揺れる通路を歩いて一号車に戻った。



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