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走れ!バカップル列車
第66号 寝台特急カシオペア(前編)



   三

 暮れも押し詰まった二○一四年十二月二十二日、みつこさんと私は昼下がりの上野駅にやってきた。冬至の翌日とはいえ、夕暮れにはまだ早い。時計はまもなく十五時半になろうとしている。私たちは足早に中央改札を抜け、左前方の十三番線へ急いだ。
 寝台特急の出発になぜこんな時間にやってきたかといえば、「カシオペア」の出発が16時20分と夜行列車にしては早い時間だからである。しかも車庫からホームに回送されてくるのが15時35分と発車時刻の四十五分も前なのだ。
 入線時刻が早いので十五時半には十三番線に着いておきたかった。十三番線は中央改札の目の前にある地上ホームだから数十秒でホームの終端にたどり着く。すでにカメラをかまえた鉄道おたくの人たちや、ゴロゴロカートを手にした乗客たちがホーム周辺で列車到着を待っている。
 三号車食堂車の停車位置には、食堂車のクルーが五名ほど整列して回送列車の入線を待っている。大阪駅で「トワイライトエクスプレス」が到着するときと同じだ。列車が到着したとき、列車に向かって最敬礼する。
 食堂車のクルーが列車を迎える様子を見ておきたい。私たちはここで列車の到着を待つことにした。
 まもなくして「カシオペア」の回送列車が姿を現した。私たちが乗る一号車を先頭にゆっくりゆっくり入ってくる。
 上野駅の地上ホームは行き止まりの頭端式となっているため、停車中に機関車のつけ替えができない。だから札幌へ向かって走るときに機関車がそのまま先頭になるよう、尾久の車庫から上野まで機関車が十二両の客車を後押ししてやってくる。機関士は最後部の機関車にいる。自動車でいうバック運転のようなものだ。このような運転方法を「推進運転」といい、機関車が先頭で引っぱるより不安定な方法なので時速四十五キロに速度が制限されている。回送時に先頭になる一号車「スイート」の展望室には乗務員二名が乗り込んでいる。いつでも非常ブレーキが押せるような安全対策のためである。
 一号車が目の前を通るとき、食堂車のクルーは揃って最敬礼し、列車は定位置で停車した。停車するや否やクルーたちは非常ドアコックを使って食堂車車内に乗り込み、薄緑色の作業服を身にまとった作業員たちが食材を搬入したり、あるいはリネン類の入った大きな袋を積み出したり積み込んだりしている。リネン類は全車両分を行うから作業量は多く、また積み出された大量の袋を台車に載せて運び出す。最近は始発駅でも発車ギリギリにならないと列車が入線してこないことが多いのに、こんなにも早くやってくるのは発車前のこの準備に時間がかかるからだろう。
「台車通りまあす、台車通りまあす」という叫び声が飛び交い、ホームはにわかに活気に満ちる。

 長距離列車に乗るときは、時間の許す限りその列車の先頭から最後部までの車両を眺めておきたい。先頭の機関車があるところまでみつこさんと歩くことにする。機関車を含めて十三両編成分となると二百五十メートルにもなり、かなりの距離になるが、きょうは時間はあるので各車両を眺めながらゆっくりと歩く。
「カシオペア」専用客車のE26系はJR東日本が導入した新形式車両である。客車には珍しいステンレス製で、外装は無塗装の銀色に、紫、だいだい、黄色など五色の帯がめぐらされている。新形式といっても一九九九(平成十一)年製造だから、もう十五年経っている。
 寝台車はいずれもグレードの高い個室A寝台で統一されていて、車端部を除いて基本的に二階建て構造である。最後部一号車が「カシオペアスイート(展望室)」一部屋と「カシオペアスイート(メゾネット)」三部屋、二号車が「カシオペアスイート(メゾネット)」三部屋と「カシオペアデラックス」一部屋、三号車が食堂車である。食堂車は二階が食堂で、一階部分はクルーたちの控え室らしく、通路の窓からコックさんやウエイトレスさんたちが慌ただしく仕度をしているのが見える。四号車から十一号車までは「カシオペアツイン」が九部屋ないし十部屋配置されている。
 客車の先頭部になる十二号車は「ラウンジカー」である。共有スペースのラウンジや売店のある車両で、一階部分には全編成の電気をまかなう発電機がある。だから十二号車付近は重厚なエンジン音が鳴り響き、付近はほんのり排気ガスの匂いが漂っている。
 ようやくホーム先端部(札幌寄り)にやってきた。先頭の機関車はEF510形500番台という二○○九(平成二一)年に製造された新形式の交直流電気機関車である。もともとはJR貨物が貨物列車牽引用として開発したもの(0番台)だが、のちにJR東日本において「北斗星」「カシオペア」専用機として十五両が導入された。このうち509・510号機がE26系の車体色に合わせた銀色となっている。きょうは510号機が列車の先頭に立っている。
 機関車付近はこの姿を写真におさめようとする鉄道おたくや乗客が集まっていて、かなりにぎやかな状態である。機関車だけを撮ろうとしてもどうしてもフレームのどこかに人が写り込んでしまう。それでもなんとか記念写真を撮って最後部の一号車側に戻った。
 最後部も展望室周辺をカメラに撮ろうと賑わっている。みんなの邪魔になってはいけないと早々に室内に入るのは控えていたのだが、発車時刻も近づいてきたことだし、そろそろ乗ってもいいだろう。
「ひろさん、部屋に入りなよ。あたし、ここから写真撮ってあげる」
 みつこさんが展望室にいる私をホームから撮ってくれるという。
 いよいよ車内に乗り込む。感動を味わう余裕もなく、とにかく無我夢中である。前側のドアから入り通路を歩いていちばん後ろの個室に入る。荷物を入口の脇に置いて、最後部の窓からホームをのぞく。みつこさんが写真を撮ってくれている。
 次はみつこさんの番だ。入れ替わりに私がホームに出ると、みつこさんが展望室の窓に現れた。
「発車が近づいてるけど、間に合うかな」私が写真を撮っていると、そう言いながら車掌が一人近づいてきた。「二人並んでいるところを撮りますよ」
「では、お願いします」
 カメラを託して私も「スイート」に乗り込んだところで、ホームから写真を撮ってもらった。車掌に礼をいって再び車内へ。
 二人揃って改めて室内を見回す。やはり、広い。車端部だから通路として使っているスペースを含め車体幅すべてが個室になる。十一・五平方メートルというから、六畳間ぐらいか。入口の脇にはトイレ・シャワー室があり、部屋の手前側にツインベッドが枕木方向に並んでいる。奥のいちばん車端部分が展望室になっていて、二人掛けのソファがある。ソファの前は後方を中心として左右に回り込む巨大な曲面ガラスを使ったパノラミックウインドウ。
 そうするうちに発車時刻16時20分になった。
「あ、動いた」みつこさんがコートをクローゼットにしまいながらいう。



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